パーティ会場のレストラン「ドレ・ドル」に着いたのは、七時四十分だった。
会社でもたついてしまったため、結局何も食べる事ができなかった。それでも西川は「パーティ会場にも食べる物はあるだろうから、折を見て食べるとするか」と言っていた。コーイチもそうするつもりでいた。
レストランに到着すると、入り口の自動ドアの前に、タキシードに蝶ネクタイをした林谷が立っていた。その隣には同じような格好をした中年男性がいて、林谷にすがりついていた。
「おや、やっと主役のお出ましですね」
林谷は西川とコーイチに手を振りながら言った。
「主役とは言い過ぎだぞ!」
西川は文句を言う。しかし、林谷は平気な顔をしている。
「林谷さん、その格好は?」
コーイチが興味深げに林谷を見た。林谷は蝶ネクタイの位置を直す仕草をしながらコーイチにウインクして見せた。
「なんと言っても、今日の主催者はこの僕だからね。お客さんを迎えるのは当然だし、相応しい格好をしないとね」
「で、そちらの方は?」
コーイチは膝を歩道につけんばかりにしている隣の人物を見ながら言った。
「こちら? こちらはこの店の支配人さんだ。ボクが入り口に立つと言ったらそんな事させられない、なんて言ってね」
「左様でございますよ、林谷様」
支配人は額から汗を流していた。必死に林谷を説得していたのだろう。
「いつもご利用頂いております林谷様が、外にお立ちになるなど、とんでもない話です! このような事は私共でさせて頂きます。それに、会の方も始まるお時間ですし、主役様もお越しとか。是非、会の方へお運び下さいませ!」
林谷はやれやれと言った顔で支配人を見た。
「分かりました。そこまで言われちゃ、しょうがないや。じゃあ、後はよろしく!」
林谷は西川とコーイチの背中を押しながら店の中へと入って行った。ちらりとコーイチが振り返ると、ワイシャツの襟元に指を入れて拡げ、大きく息をついている支配人が目に入った。何だか分かんないけど大変だなぁ…… コーイチは思った。
店に入るとすぐに若い女性が三人寄って来た。林谷は三人を順に指差しながら言った。
「このお嬢さんたちは、ヘアメイクさん、メイクさん、スタイリストさんだ。主役をより主役らしくしてくれる。と言うわけで、西川新課長(「仮課長だ!」すかさず西川が言う)、この三人について行って下さい。ボクはちょいと用があるから、コーイチ君は先に会場へどうぞ」
三人の女性に囲まれた西川はそのままどこかへ連れて行かれた。林谷は「では後ほど」と軽やかな足取りで行ってしまった。林谷さん、本当にパーティが好きなんだなぁ。自称「宴会魔王」の友人、名護瀬富也と勝負させたら面白いかも……
その時、ひとり残されたコーイチは、はっと気がついた。
「どこでパーティをやるんだろう……」
「本日の催し」と言った類の掲示板は見当たらない。ひょっとすると林谷さんは入り口に立って来る人来る人に「何階のどこそこ」と会場の場所を教えていたのかもしれない。仕方がない、外にいる支配人さんに聞いてみよう。
コーイチが回れ右をすると、この店のウエイトレスの制服を来た女性が深々と頭を下げていた。
「会場は五階のA広間ですわ、お客様」
「あ、それはご丁寧に、どうも」
コーイチも深々と頭を下げる。
「もう始まっちゃうわよ、コーイチ君。んふふふふ」
その声にコーイチははっとして頭を上げた。引き出しや階段で見かけ、財布を拾ってくれた赤い服の彼女の声だったからだ。しかし、目の前には誰もいなかった。
「一体何がどうなっているんだろう……」
泣き出しそうな声でコーイチがつぶやいた。と同時に腹の虫もぐうと鳴いた。
つづく
会社でもたついてしまったため、結局何も食べる事ができなかった。それでも西川は「パーティ会場にも食べる物はあるだろうから、折を見て食べるとするか」と言っていた。コーイチもそうするつもりでいた。
レストランに到着すると、入り口の自動ドアの前に、タキシードに蝶ネクタイをした林谷が立っていた。その隣には同じような格好をした中年男性がいて、林谷にすがりついていた。
「おや、やっと主役のお出ましですね」
林谷は西川とコーイチに手を振りながら言った。
「主役とは言い過ぎだぞ!」
西川は文句を言う。しかし、林谷は平気な顔をしている。
「林谷さん、その格好は?」
コーイチが興味深げに林谷を見た。林谷は蝶ネクタイの位置を直す仕草をしながらコーイチにウインクして見せた。
「なんと言っても、今日の主催者はこの僕だからね。お客さんを迎えるのは当然だし、相応しい格好をしないとね」
「で、そちらの方は?」
コーイチは膝を歩道につけんばかりにしている隣の人物を見ながら言った。
「こちら? こちらはこの店の支配人さんだ。ボクが入り口に立つと言ったらそんな事させられない、なんて言ってね」
「左様でございますよ、林谷様」
支配人は額から汗を流していた。必死に林谷を説得していたのだろう。
「いつもご利用頂いております林谷様が、外にお立ちになるなど、とんでもない話です! このような事は私共でさせて頂きます。それに、会の方も始まるお時間ですし、主役様もお越しとか。是非、会の方へお運び下さいませ!」
林谷はやれやれと言った顔で支配人を見た。
「分かりました。そこまで言われちゃ、しょうがないや。じゃあ、後はよろしく!」
林谷は西川とコーイチの背中を押しながら店の中へと入って行った。ちらりとコーイチが振り返ると、ワイシャツの襟元に指を入れて拡げ、大きく息をついている支配人が目に入った。何だか分かんないけど大変だなぁ…… コーイチは思った。
店に入るとすぐに若い女性が三人寄って来た。林谷は三人を順に指差しながら言った。
「このお嬢さんたちは、ヘアメイクさん、メイクさん、スタイリストさんだ。主役をより主役らしくしてくれる。と言うわけで、西川新課長(「仮課長だ!」すかさず西川が言う)、この三人について行って下さい。ボクはちょいと用があるから、コーイチ君は先に会場へどうぞ」
三人の女性に囲まれた西川はそのままどこかへ連れて行かれた。林谷は「では後ほど」と軽やかな足取りで行ってしまった。林谷さん、本当にパーティが好きなんだなぁ。自称「宴会魔王」の友人、名護瀬富也と勝負させたら面白いかも……
その時、ひとり残されたコーイチは、はっと気がついた。
「どこでパーティをやるんだろう……」
「本日の催し」と言った類の掲示板は見当たらない。ひょっとすると林谷さんは入り口に立って来る人来る人に「何階のどこそこ」と会場の場所を教えていたのかもしれない。仕方がない、外にいる支配人さんに聞いてみよう。
コーイチが回れ右をすると、この店のウエイトレスの制服を来た女性が深々と頭を下げていた。
「会場は五階のA広間ですわ、お客様」
「あ、それはご丁寧に、どうも」
コーイチも深々と頭を下げる。
「もう始まっちゃうわよ、コーイチ君。んふふふふ」
その声にコーイチははっとして頭を上げた。引き出しや階段で見かけ、財布を拾ってくれた赤い服の彼女の声だったからだ。しかし、目の前には誰もいなかった。
「一体何がどうなっているんだろう……」
泣き出しそうな声でコーイチがつぶやいた。と同時に腹の虫もぐうと鳴いた。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます