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妖魔始末人 朧 妖介 76

2010年05月02日 | 朧 妖介(全87話完結)
 エリは『斬鬼丸』の刀身が指し示す方へと進む。
「・・・それにしても広いわねぇ・・・」エリは周囲を見回して呟く。「すぐに会えると思っていたのにさ。これじゃ、まるで砂漠の中にぽつんと一人置かれたみたいじゃない!」
 エリは頬を膨らませながら歩く。葉子の『斬鬼丸』は刀身をさらに光らせ、先を急ぐ。
 エリの足が止まった。呆れたような顔をしている。しかし、『斬鬼丸』はさらにその先を示し、進もうとする強い衝動が、握り締めるエリの手を通じて全身に伝わる。
「ちょっと待ってよ!」エリは『斬鬼丸』に目を落とし、言い聞かせるように言った。「あんたには分かんないだろうけど、目の前が壁になってるのよ! 分かる? 見えるところが端から端まで、ずーっと壁になってるの! 先へは行けないの!」
 妖魔の作る赤い瘤が壁となってそそり立っていた。エリの言うように、壁は左右に際限無く伸びている。『斬鬼丸』は、エリの思いを全く無視しているかのように、壁の奥を示して震えている。
「分かった、分かったわよう! どうしても先に行くわけね。・・・個人的には妖魔の中なんか進みたくないんだけどなあ・・・」仕方無しにエリは壁に『斬鬼丸』を刺す。『斬鬼丸』が勝手に深く埋まって行った。「うわうわうわ・・・!」
 慌てたエリは『斬鬼丸』を抜こうとしたが出来なかった。埋まった『斬鬼丸』を中心に周りの壁が黒い霧となって消えて行く。エリが立ったまま通ることが出来る穴が壁に開いて行く。
「やっぱ、中を通るんだ・・・」エリは溜め息をついた。「埋められちゃったりしないわよね? これ以上妖魔臭くなりたくないから」
 エリはいやいやながら進んで行く。霧散した妖魔の黒い靄が全身に絡む。むせ返るイヤな臭いが続く。エリは目を閉じ『斬鬼丸』に導かれるままに歩んだ。
 どれくらい進んだのか、不意に絡みつく靄と臭いが消えた。・・・貫けた! エリは目を開けた。
 離れた所に二人の姿が見えた。上半身が裸でうつ伏せになって身動きをしない男と、ずたずたに裂けて用をなしていない服を纏い立ち、全身から白い揺らめきを立ち昇らせている全裸の女だった。
「お姉さん・・・? 妖介・・・? ・・・うわああああああ!」
 エリは二人が誰なのかを知ると叫び出した。葉子の『斬鬼丸』を放り出し、駆け出した。
「妖介ぇ!!」
 エリの周囲に赤い瘤が盛り上がり、塔が幾本も出来た。行く手を遮っているようだ。
「退けえ!」エリはバッグから自分の『斬鬼丸』を取り出し、振り上げた。白い刀身が頭上高く伸び、三条に分かれた。「失せっちまえ!」
 エリは跳ね上がり、鞭と化した『斬鬼丸』を振るいながら宙で一回転をした。塔は霧散した。
 エリは再び駆け出した。足元の瘤が霧散し、黒い靄が土煙のように舞う。
 不意にエリが前のめりに倒れた。足首を何者かに掴まれた感じだ。倒れたまま首を返してみると、緑色の蔦のようなものが、足元の瘤の中から伸びだし、両足首にそれぞれ絡み付いていた。
「放せええ!」エリは蹴りつけるように足を動かす。しかし、放れない。余計に強く絡み付いてくる。エリは『斬鬼丸』を振り上げた。「消えっちまえ!」
 絡みついた蔦が伸びだした瘤の辺りが、勢い良く塔のように盛り上がって行く。エリは反動で『斬鬼丸』を取り落としてしまった。塔が盛り上がると、エリは塔に正面を向けたままで吊り下げられていた。スカートが垂れ下がり、黒い下着と白い脚が剥き出しになる。
「放せえ! 臭いんだよお!」エリは拳を作り、塔の表面を叩きながら叫ぶ。「それに、恥ずかしいだろう!」
 蔦がさらに二本伸びだし、エリの背後から迫ってくる。蔦はエリの両手首にそれぞれ絡みついた。絡みつくと、蔦は短くなって行く。それに連れて、エリのからだが引き起こされ、今度は塔を背にした。塔はさらに高く伸びた。
 エリは倒れている妖介を、白い揺らめきを立てている葉子を見下ろしていた。

      つづく




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