ミルカはエレベーターに乗り込み、八階の宿泊エリアへと向かう。八階の通路はしんとしていた。時折、部屋からうめき声や泣き声が漏れてくる。敗者たちのものだ。勝者は一応会場に残る事になるからだ。勝者のミルカがここに居ると言う事は、下手をすれば失格になってしまう可能性もある。だが、そんな事に構っていられない。戦友のケレスのあのおかしな行動の真相が知りたかったからだ。
ミルカは通路を進む。ケレスの部屋の前に来た。通路を挟んだ向かいはジェシルの部屋になっている。ミルカはケレスの部屋のドアをノックする。
「ケレス、わたしよ、ミルカよ」
ミルカは言うとノックを止め、聞き耳を立てる。聞こえる音から察するに、多分、寝転がっていたベッドをばんと叩きながら起き出して、面倒くさそうな顔をしながら部屋をどすどすと足音高く横切り、ドアに向かって来るのだろう。だとすれば、いつものケレスだ。ドアノブが荒っぽく回る。ドアがほんの少し室内側に開き、ケレスの鋭い目がその隙間から覗く。
「ミルカ……」ケレスは怒ったような口調だ。「何しに来たんだ? 何かあったのか?」
「何かあったのかは、こっちのセリフよ」ミルカが答える。「……ちょっと入れてもらって良いかしら?」
ケレスはドアを開けた。ミルカが入って行く。ケレスは緑色のタンクトップに迷彩柄のズボンに着替えていた。持ち込んだ大型バッグが一つ、床に置かれている。ケレスは出て行くつもりのようだ。ミルカは心配そうな表情でケレスを見る。
「ケレス、どうしちゃったのよ? 何があったのよ?」
「どうもこうも、さっき見ただろう? わたしは失格したのさ」
「自ら失格を選んだんじゃないの! あんな事をするあなたじゃないわ! それに、あと少しあの場に立っていれば、あなたの勝ちだったのよ!」
「勝ち、だって……?」ケレスはつぶやくと、ミルカを睨んだ。「ミルカ、あなたほどの人でも気が付かなかったのか?」
「どう言う事かしら?」
「ジェシルの闘いっぷりだよ」
「なかなかやるじゃないって思ったけど……」
「ふん! ジェシルは役者だよ!」ケレスは吐き捨てるように言う。「たしかにジェシルは強かった。……だけど、わたしが言いたいのは最後の攻撃さ」
「ああ、あの拳の攻撃ね」ミルカは思い出す。「あれは拙いと思ったわ。あまりにも接近し過ぎね」
「……あれ、わざとだ……」
「え?」
「わざとだったんだよ!」ケレスはいらいらした口調で言う。「わざと締め上げられるために、あんなつまらない攻撃をしやがったんだ!」
「そんなお馬鹿さんがいるわけないじゃないの!」
「わたしだって戦いに明け暮れた日々を送っているんだぜ」
「ケレス、あなたの思い違いじゃないの?」
「思い違いなんてするわけがない! あの体勢になれば、締め上げられるのは分かっていたはずだ!」
「……じゃあ、ジェシルはあなたに勝ちを譲ったって言うの?」
「自分で言うのは悔しいが、あのまま行けば、わたしの負けだった。それなのに……」
「本当に、わざと負けたって言うわけ?」
「そうとしか思えない!」ケレスは太い右脚で床を踏み付ける。振動でバッグが横倒しになった。「ジェシルにどう言う意図があったのかは分からない。だけど、結果的には勝ちを譲られたんだぜ。こんな屈辱があるかってんだ! わたしのプライドはずたずただよ! こんな思いをするんなら、わたしが負けた方が清々するよ!」
「まあ、落ち着きなさいな」ミルカはケレスの肩に手を置く。「ジェシルには、きっと何か目的があるのよ」
「目的だぁ?」ケレスは怪訝そうな顔をする。「大会で優勝する以外に、何の目的があるって言うんだよ?」
ミルカは、ジェシルが会場のある三階の外階段のドアから現われたのを見ていた。気にする事は無かったが、あれがケレスに負けた事と関連があるように思えた。
「……あのさ、ジェシルって宇宙パトロールじゃない?」ミルカが諭すようにケレスに言う。「そして、ジョウンズはシンジケートの大ボスよ」
「それは知っているさ……」ケレスは合点が行かない。「それがどうしたって言うんだ?」
「だから、何か極秘な任務でもあるんじゃないかって事よ」
「……まさか、ジョウンズを、『ラーントリア』をぶっ潰すとでも言うのか?」
「それは分からないわ…… でも、何かあるのよ。だから、あんな事をしたんじゃないかしら?」
「ふん!」ケレスは鼻を鳴らすと、床に座り込んだ。ミルカを見上げる。「……そいつは、面白そうじゃないか。何をしでかすか、見届けなきゃあな」
「あら、下手をしたら、ここが無くなっちゃうかもよ? そうなったら、大会も無くなるわよ?」
「構わないさ」ケレスはミルカを見たまま、にやりと笑う。「実は、もう飽きちまっているんだよ。……ミルカ、あなたもそうだろう?」
「まあ、ね……」ミルカも笑む。「でも、全宇宙の男たちが楽しみにしているのよねぇ……」
「ジェシルを映したんだから、もう充分じゃないか? 後は男たちがジェシルの所だけを切り抜いた映像を勝手に広めるだろうさ」
「そうね。永久保存版って感じかしらね」
二人は声を上げて笑う。
つづく
ミルカは通路を進む。ケレスの部屋の前に来た。通路を挟んだ向かいはジェシルの部屋になっている。ミルカはケレスの部屋のドアをノックする。
「ケレス、わたしよ、ミルカよ」
ミルカは言うとノックを止め、聞き耳を立てる。聞こえる音から察するに、多分、寝転がっていたベッドをばんと叩きながら起き出して、面倒くさそうな顔をしながら部屋をどすどすと足音高く横切り、ドアに向かって来るのだろう。だとすれば、いつものケレスだ。ドアノブが荒っぽく回る。ドアがほんの少し室内側に開き、ケレスの鋭い目がその隙間から覗く。
「ミルカ……」ケレスは怒ったような口調だ。「何しに来たんだ? 何かあったのか?」
「何かあったのかは、こっちのセリフよ」ミルカが答える。「……ちょっと入れてもらって良いかしら?」
ケレスはドアを開けた。ミルカが入って行く。ケレスは緑色のタンクトップに迷彩柄のズボンに着替えていた。持ち込んだ大型バッグが一つ、床に置かれている。ケレスは出て行くつもりのようだ。ミルカは心配そうな表情でケレスを見る。
「ケレス、どうしちゃったのよ? 何があったのよ?」
「どうもこうも、さっき見ただろう? わたしは失格したのさ」
「自ら失格を選んだんじゃないの! あんな事をするあなたじゃないわ! それに、あと少しあの場に立っていれば、あなたの勝ちだったのよ!」
「勝ち、だって……?」ケレスはつぶやくと、ミルカを睨んだ。「ミルカ、あなたほどの人でも気が付かなかったのか?」
「どう言う事かしら?」
「ジェシルの闘いっぷりだよ」
「なかなかやるじゃないって思ったけど……」
「ふん! ジェシルは役者だよ!」ケレスは吐き捨てるように言う。「たしかにジェシルは強かった。……だけど、わたしが言いたいのは最後の攻撃さ」
「ああ、あの拳の攻撃ね」ミルカは思い出す。「あれは拙いと思ったわ。あまりにも接近し過ぎね」
「……あれ、わざとだ……」
「え?」
「わざとだったんだよ!」ケレスはいらいらした口調で言う。「わざと締め上げられるために、あんなつまらない攻撃をしやがったんだ!」
「そんなお馬鹿さんがいるわけないじゃないの!」
「わたしだって戦いに明け暮れた日々を送っているんだぜ」
「ケレス、あなたの思い違いじゃないの?」
「思い違いなんてするわけがない! あの体勢になれば、締め上げられるのは分かっていたはずだ!」
「……じゃあ、ジェシルはあなたに勝ちを譲ったって言うの?」
「自分で言うのは悔しいが、あのまま行けば、わたしの負けだった。それなのに……」
「本当に、わざと負けたって言うわけ?」
「そうとしか思えない!」ケレスは太い右脚で床を踏み付ける。振動でバッグが横倒しになった。「ジェシルにどう言う意図があったのかは分からない。だけど、結果的には勝ちを譲られたんだぜ。こんな屈辱があるかってんだ! わたしのプライドはずたずただよ! こんな思いをするんなら、わたしが負けた方が清々するよ!」
「まあ、落ち着きなさいな」ミルカはケレスの肩に手を置く。「ジェシルには、きっと何か目的があるのよ」
「目的だぁ?」ケレスは怪訝そうな顔をする。「大会で優勝する以外に、何の目的があるって言うんだよ?」
ミルカは、ジェシルが会場のある三階の外階段のドアから現われたのを見ていた。気にする事は無かったが、あれがケレスに負けた事と関連があるように思えた。
「……あのさ、ジェシルって宇宙パトロールじゃない?」ミルカが諭すようにケレスに言う。「そして、ジョウンズはシンジケートの大ボスよ」
「それは知っているさ……」ケレスは合点が行かない。「それがどうしたって言うんだ?」
「だから、何か極秘な任務でもあるんじゃないかって事よ」
「……まさか、ジョウンズを、『ラーントリア』をぶっ潰すとでも言うのか?」
「それは分からないわ…… でも、何かあるのよ。だから、あんな事をしたんじゃないかしら?」
「ふん!」ケレスは鼻を鳴らすと、床に座り込んだ。ミルカを見上げる。「……そいつは、面白そうじゃないか。何をしでかすか、見届けなきゃあな」
「あら、下手をしたら、ここが無くなっちゃうかもよ? そうなったら、大会も無くなるわよ?」
「構わないさ」ケレスはミルカを見たまま、にやりと笑う。「実は、もう飽きちまっているんだよ。……ミルカ、あなたもそうだろう?」
「まあ、ね……」ミルカも笑む。「でも、全宇宙の男たちが楽しみにしているのよねぇ……」
「ジェシルを映したんだから、もう充分じゃないか? 後は男たちがジェシルの所だけを切り抜いた映像を勝手に広めるだろうさ」
「そうね。永久保存版って感じかしらね」
二人は声を上げて笑う。
つづく
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