お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシル、ボディガードになる 103

2021年05月01日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ロボ・ストレッチャーに乗せられたジェシルは、後に続く医療班四名と共に、二階の医療エリアに着いた。ロボ・ストレッチャーを先頭にして通路を歩く。
「ジェシル、外傷は無い様ね……」
「でも、ケレスのあの腕で後頭部を抑え込まれたんじゃ、呼吸出来なくなりますよ、主任」
「そうね、実際ぐったりしてましたし……」
「でも、ゆっくりだけど、呼吸はしています」
 四人はロボ・ストレッチャーを止め、左右に二人ずつ立って、仰向けで目を閉じているジェシルを覗き込む。
「……たしかに、呼吸はしているわね……」
「変な後遺症とか出ないでしょうか? 酸素が脳に届かなくなった時間があったりとかして……」
「何とも言えないわ」
「主任、ジェシルの一族って、宇宙でも有力者の一族ですよね。ジェシルにもしもの事でもあったら……」
「馬鹿な事を言わないでよ! そんな恐ろしい事……」
 四人はもう一度ジェシルを覗き込む。しばらく様子を見ていると、ジェシルは小さく唸り、寝返りを打った。主任がほっと息をつく。
「……大丈夫のようね」
「そうですね。ただ気を失っているだけの様ですね」
「良かったですね! わたしたちの命もこれで繋がりましたね!」
「じゃあ、さっさと病室に運んでしまいましょうよ、主任」 
 ロボ・ストレッチャーを動かす。近くのドアの開いている個室へと入る。ロボ・ストレッチャーのアームがジェシルをベッドに移した。四人は手早くベッドサイドモニターをジェシルに装着する。モニターに心電図波形、呼吸曲線、心拍数、呼吸数などが表示される。モニターを確認した主任は、大きくうなずく。
「……モニターを見る限り、異常無しね」
「良かったぁ!」
「さあ、会場に戻っていなさい。ジェシルの事を医療センターに報告してから行くわ」
「了解です、主任!」
 医療班四人とロボ・ストレッチャーは病室を出て行った。ドアが音を立てて閉まる。
 病室がしんとなる。
 と、ジェシルが目を開けた。天井の照明の眩しさに幾度も目を瞬かせる。明るさに慣れると、ジェシルは、もぞもぞと手を動かして取り付けられた器具を外し、上半身をむくりと起き上らせた。「う~ん……」と唸りながら両腕を上げて大きく伸びをした。
「……ふう~っ、やれやれ……」ジェシルはつぶやくと、頭を左右に倒し、肩を回す。ぽきぽきと関節が音を立てる。「……さてさて」
 ジェシルはベッドから下りた。出入りのドアの脇に立って、通路の気配を探る。静かだった。……まあ、誰か居たら手刀で倒すけどね。ジェシルはそう思い、にやりとする。
 ケレスとの闘いでは(ケレスが言っていたように)、最後の拳の攻撃は、わざと隙を作ったものだった。ジェシルは、どんな反撃があっても、それで倒された事にして、医療エリアに運ばれるつもりでいたのだ。
 何故そんな事をしたのか?
 それは、試合前にミュウミュウと目が合った時に、急に浮かんだものだった。試合で倒され、医療エリアに運ばれれば、監視も付かない。そうなればミュウミュウと『姫様』の救出に動けると考えたのだ。大会の最中にそんな事をするとは、ジョウンズも思わないだろう。すっかり油断しているはずだ。危険もあるが好機でもある。
 それに、ケレスに倒されるならば違和感はないだろうとも考えた。……でも、息を止めに来るとは思わなかったわね。ジェシルは思い出しながら笑む。
 ただ、ケレスはジェシルを締め上げている途中で、何かに気が付いたようで、ジェシルはケレスの力が少し弱まったのを感じ取った。なので、慌てて気を失った振りをした。ノラを泣かせてしまったが、仕方の無い事だった。また、気を失った振りをしていたら、本当に寝てしまったのは失態だった。……ノラが言っていたように、わたしって寝てばかりかもね。ジェシルは思う。もっと緊張感を持たなければと反省した。反省が生かされるかは別問題だが。……それにしても、ケレス、あんな筋肉質なのに、胸は柔らかだったわ。顔が胸に密着して危なかったわ。あのままだったら、本当に息の根が止まっていたわね。ジェシルは思い出しながら、くすくすと笑う。
 病室のドアを少し開ける。誰も居ないようだ。ジェシルはすっと通路に出ると、平然と歩き出す。
「……あら、ジェシル、あなた、回復したの?」
 背後から声があった。ジェシルが立ち止まって振り返ると、恰幅の良いドクターが立っていた。
「これから、あなたの診察に行こうと思ったのに……」
「……ええ、何とかね」ジェシルは笑顔で答える。「だから、部屋に戻ろうと思って……」
「ふ~ん……」ドクターは近付いて来ると、じろじろとジェシルを見る。「あなた、ケレスに締め上げられたんでしょ?」
「そうだけど…… でも、もう大丈夫よ」
「決めるのは医者の仕事だよ」ドクターはジェシルの手を取ると脈を取り始めた。「……まあ、落ち着いてはいるようね。あなたって、タフなのね」
「ええ、お陰様でね。……じゃあ、もう部屋に戻っても良いでしょ?」
「そうねぇ……」ドクターはジェシルの手を離さない。ジェシルは少しむっとする。ドクターはすっと顔をジェシルに寄せた。「……ねえ、ケレスの胸って、どんな感じだった?」
「はあ?」ジェシルは呆れる。「一体、何の話をしているの?」
「……実は、わたし、ケレスのファンなのよ」ジェシルの手を握る力が増す。「あなた、ケレスに、あんなに抱きしめられて……」
「いや、あれはケレスの攻撃よ?」
「全く、憎たらしい……」ドクターはジェシルを睨みつける。「ケレスはタフだから、一度も医療の世話になってないのよ。だから、会う機会も無いのよ!」
「そんな事なんか知らないわよ!」ジェシルは声を荒げ、ドクターの手を払う。「じゃあ、試合に出場すれば良いじゃないの!」
「そんなの無理に決まってるでしょうが!」ドクターは怒鳴る。ドクターの理不尽な怒りにジェシルは呆れる。「あなたのせいで、ケレスも失格じゃない!」 
「それこそ、わたしの知った事じゃないわよ! もう行かせてもらうわ!」
 ジェシルは言うと通路を進む。それから、ふと足を止め、ドクターに振り返った。ドクターは腰に手を当ててジェシルを睨み付けている。
「あ、そうだ。ケレスの胸だけど……」ジェシルはにやりと笑う。ドクターははっとした表情になる。「……とっても柔らかかったわよぉ」
 ドクターは悲鳴を上げた。「何であなたなんかにぃぃぃ!」と言うドクターの金切り声を聞きながら、ジェシルはエレベーターへと向かう。


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジェシル、ボディガードにな... | トップ | ジェシル、ボディガードにな... »

コメントを投稿

ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)」カテゴリの最新記事