朝の教室は、朝礼が始まる前から騒然としていた。新任の美人教師の話題で持ちきりだった。そして、本当に何も知らなかったのは明だけだった。
「三井よう!」明は親友の三井大吉に口を尖らせて言う。「新任の先生の話、どうしてオレにしてくれなかったんだよう! 学校中で知らなかったのはオレだけみたいで、馬鹿丸出しじゃないかよう!」
「何言ってんだ! 馬鹿丸出しはずっと前からだろうが」大吉はむっとした顔で言い返す。「ガキの頃からお前はドジばっかだったじゃねえか」
「……」大吉も明の幼馴染だ。大吉には幼いころの数々の失敗を見られているので、明は言い返せない。「……でもよう、教えてくれたって良いじゃないかよう!」
「何言ってんだ! お前にはくるみちゃんがいるだろうが!」大吉は恨めしそうに言う。「これ以上は、ゼイタクだっての!」
だからそれは違うんだ、お前の方こそ、くるみの実態を知らないんだ! 明はそう言おうとしたが、殺気を感じて振り返ると、くるみの鋭い視線と出会った。途端に明は何も言えなくなってしまった。
時間になり、全校生徒が体育館に集まる。男子生徒は色めき立ち、女子生徒はうんざり気味だった。
整列が終わり、校長がステージ中央に運ばれた偉そうな机まで行って、生徒たちに朝の挨拶をする。生徒たちの大半はイヤそうに、面倒臭そうに挨拶を返す。
「……さて……」校長の長ったらしい話が終わり、話題が変わる。「新たに赴任して来られた、三人の先生方をご紹介しましょう……」
校長はステージ袖を見やる。それを合図に、まず、中年の厳つい感じの男性教諭が出て来て、校長の後ろに立った。続いて、白衣が保健室担当を主張している姉御肌っぽい三十歳を少し超えた感じの女性教諭が、両手を白衣のポケットに突っこんだまま、男性教諭の隣に立つ。
そして……
「うおおおおおお!」
男子生徒たちが野獣のような咆哮を上げた。体育館の窓ガラスが揺れた。
最後に現れたのは、豊かな黒髪が腰まで伸びていて、異国人とのハーフなのか、顔立ちもスタイルも見たこともないほど優れている、大学を出立てのような若い女性教諭だった。
男子生徒たちの咆哮に、一瞬、碧みがかった瞳を大きく見開き、戸惑った表情だったが、すぐににこりと照れくさそうに微笑んだ。
再び咆哮が上がる。
「静かにしなさい!」
体育の教師なのか、上下ジャージ姿の男性教諭が、フロア脇でマイクを音割れさせながら怒鳴った。校長はステージ上で生徒たちを楽しそうに眺めている。
「……では……」男子生徒たちが落ち着いたのを見計らって、校長が話し始める。「各先生方に自己紹介をして頂きましょう」
校長は言うと、男性教諭と入れ替わった。教諭はこほんと軽く咳払いをする。
「社会科の松重です。異動になった高木先生が担当だったクラスを受け持ちます。よろしくお願いします」
パチパチパチと、まばらな拍手が起こった。見た目は厳ついが真面目そうな先生だ、明は思った。幸か不幸か、明のクラスには関わらない。
続いて、白衣の姉御先生と替わった。
「おはよう」茶色の髪でパーマの掛かった頭を軽く下げる。元は暴走族の女総長かと思わせるような風格があった。「見ての通り、保健室担当の白木です。学校は好きだけど教室は嫌いなんて人は、遠慮しないで、どしどし訪ねてきてちょうだい。それと、悩み事も立派な病気。経験豊富なわたしに相談してね。この会の後から随時受け付けてます」
女子生徒の一部から歓声が起こった。ちょっと問題のある、いわゆる不良生徒たちだった。白木先生に同じニオイを嗅ぎ取ったのかもしれない。
……さあ次だ、明は思った。
つづく
「三井よう!」明は親友の三井大吉に口を尖らせて言う。「新任の先生の話、どうしてオレにしてくれなかったんだよう! 学校中で知らなかったのはオレだけみたいで、馬鹿丸出しじゃないかよう!」
「何言ってんだ! 馬鹿丸出しはずっと前からだろうが」大吉はむっとした顔で言い返す。「ガキの頃からお前はドジばっかだったじゃねえか」
「……」大吉も明の幼馴染だ。大吉には幼いころの数々の失敗を見られているので、明は言い返せない。「……でもよう、教えてくれたって良いじゃないかよう!」
「何言ってんだ! お前にはくるみちゃんがいるだろうが!」大吉は恨めしそうに言う。「これ以上は、ゼイタクだっての!」
だからそれは違うんだ、お前の方こそ、くるみの実態を知らないんだ! 明はそう言おうとしたが、殺気を感じて振り返ると、くるみの鋭い視線と出会った。途端に明は何も言えなくなってしまった。
時間になり、全校生徒が体育館に集まる。男子生徒は色めき立ち、女子生徒はうんざり気味だった。
整列が終わり、校長がステージ中央に運ばれた偉そうな机まで行って、生徒たちに朝の挨拶をする。生徒たちの大半はイヤそうに、面倒臭そうに挨拶を返す。
「……さて……」校長の長ったらしい話が終わり、話題が変わる。「新たに赴任して来られた、三人の先生方をご紹介しましょう……」
校長はステージ袖を見やる。それを合図に、まず、中年の厳つい感じの男性教諭が出て来て、校長の後ろに立った。続いて、白衣が保健室担当を主張している姉御肌っぽい三十歳を少し超えた感じの女性教諭が、両手を白衣のポケットに突っこんだまま、男性教諭の隣に立つ。
そして……
「うおおおおおお!」
男子生徒たちが野獣のような咆哮を上げた。体育館の窓ガラスが揺れた。
最後に現れたのは、豊かな黒髪が腰まで伸びていて、異国人とのハーフなのか、顔立ちもスタイルも見たこともないほど優れている、大学を出立てのような若い女性教諭だった。
男子生徒たちの咆哮に、一瞬、碧みがかった瞳を大きく見開き、戸惑った表情だったが、すぐににこりと照れくさそうに微笑んだ。
再び咆哮が上がる。
「静かにしなさい!」
体育の教師なのか、上下ジャージ姿の男性教諭が、フロア脇でマイクを音割れさせながら怒鳴った。校長はステージ上で生徒たちを楽しそうに眺めている。
「……では……」男子生徒たちが落ち着いたのを見計らって、校長が話し始める。「各先生方に自己紹介をして頂きましょう」
校長は言うと、男性教諭と入れ替わった。教諭はこほんと軽く咳払いをする。
「社会科の松重です。異動になった高木先生が担当だったクラスを受け持ちます。よろしくお願いします」
パチパチパチと、まばらな拍手が起こった。見た目は厳ついが真面目そうな先生だ、明は思った。幸か不幸か、明のクラスには関わらない。
続いて、白衣の姉御先生と替わった。
「おはよう」茶色の髪でパーマの掛かった頭を軽く下げる。元は暴走族の女総長かと思わせるような風格があった。「見ての通り、保健室担当の白木です。学校は好きだけど教室は嫌いなんて人は、遠慮しないで、どしどし訪ねてきてちょうだい。それと、悩み事も立派な病気。経験豊富なわたしに相談してね。この会の後から随時受け付けてます」
女子生徒の一部から歓声が起こった。ちょっと問題のある、いわゆる不良生徒たちだった。白木先生に同じニオイを嗅ぎ取ったのかもしれない。
……さあ次だ、明は思った。
つづく
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