お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 1

2023年01月09日 | ジェシルと赤いゲート 
 ジェシルは朝から不機嫌だった。

 今日は休暇日で、天気も爽やかだった。いつものジェシルなら、碌で無しどもを片っ端から見つけてはとっちめると言う趣味のために出かける所だ。しかし、黒い下着の上に黒いフリソデを羽織って、自宅であるただっ広い屋敷の、玄関から入って右脇にある客室を改装した自室のソファに寝そべっていた。組んだ脚をつまらなさそうにぶらぶらさせ、時折デスクの上の時計を見てはため息をつく。
「……ジャンセンのヤツ、いっつも最悪なタイミングを見計らっているようね」
 ジェシルは吐き捨てるように言う。
 ジャンセンとは、ジャンセン・トルーダと言い、ジェシルの従兄弟だ。ジェシルより二、三歳上の歴史学者だ。数々の古文書や遺跡に刻まれた文言の解析にとてつもない能力を発揮するようで、その方面では「若手天才学者」として名が通っているらしい。

 しかし、ジェシルは幼い時からジャンセンとは正反対の性格だった。活発でじっとしている事が苦手なジェシルには、一日中机に向かって本を読んでいたり、何やらメモを書いていたりしているジャンセンが気になる。
「ねぇ、ジャン…… たまには外でからだを動かさないとダメになるわよ」
 幼いながらもジェシルはジャンセンに忠告する。しかし、ジャンセンは面倒くさそうに書物から顔を上げて、面倒くさそうな声で答える。
「からだなら維持できるだけの動きはしているよ。それにさ、もし外でケガでもしたら、どうしてくれるんだい?」
「そんな事、あるわけないじゃない!」
「無いとは言えないだろ? 実際この前、ジェシルは木から落ちてケガしたじゃないか」
「あんなのはちょっとした擦り傷で済んじゃったわよ!」
「それはジェシルがもともと活発だからそれで済んだんだ。ぼくなら大ケガだ。そうなったら本を読む時間が減ってしまう」
「ふん! 何よ! わたしより本が良いだなんてさ!」
 ジャンセンは中々の美少年だったので、ジェシルも幼い頃は気に入っていた。だが、この一件で大嫌いになってしまい、会う事も無くなった。
 その後、ジャンセンは歴史学者として進んで行き、名も知られるようになった。ジェシルの一族はそんなジャンセンを自慢の種にする。ジェシルは面白くない。それを察した一族はジェシルの前ではジャンセンの話をしなくなった。

 そんな中、宇宙パトロールのジェシルの部屋に連絡が入った。ジャンセン以上に嫌いなトールメン部長からだった。
「ジェシル。ジャンセン・トルーダ博士を知っているか?」
 トールメン部長は相変わらずの不躾な物言いだ。ジェシルは忘れていたジャンセンの事を思い出し、不愉快の表情になる。
「知っています、わたしの従兄弟です……」
「その博士から、お前と話がしたいと通話が入っている。そうか、お前の従兄弟なのか……」
「何が言いたいんです?」ジェシルはますます不愉快な表情になる。「雲泥の差だなとでも言いたいんですか?」
「……とにかく通話を切り替える」
 トールメン部長はそう言うとジャンセンに切り替えた。ジェシルから声をかけるつもりはなかった。用件があるのは向こうなのだ。ジェシルは一欠片の用もない。長い沈黙があった。
「……ああ、ジェシルか?」やっと流れてきた声は、声変わりで少し低く放ったものの、面倒くさそうに話すジャンセンそのままだった。「実はお願いがあってさ……」
「……あなた、久し振りって挨拶も出来ないの?」
 ジェシルがうんざりしたように言う。
「ああ、そうか。久し振り」ジャンセンが取って付けたように言う。「……それでさ、お願いがあるんだけどさ」
 お願いの内容がさらにうんざりするものだった。 


つづく

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