ジェシルはメリンダと共にメリンダの部屋へと向かう。付いて来ようとするアーセルにべえと舌を出して見せ、全力で拒否をする。アーセルはまたぐいっとグラスを空にする。
「……ノラって、実際は居なかったって事よねぇ……」エリスはつぶやく。「なんだか変な気分よねぇ……」
「そうね。でも性格は同じようだわ」ダーラが言う。「姿は違っていても、わたしたちにはノラだわ……」
しばらくしてジェシルがメリンダと共に戻って来た。ジェシルはメリンダから借りた青いふわっとしたドレスを着ている。アーセルはつまらなさそうな顔をしている。
「……ねえ、マスター」メリンダがマスターに声をかける。マスターが無表情な顔を向けた。「エア・トラック、貸してくれない? ジェシルが取りに行きたいものがあるんだって」
マスターは、スラックスのポケットからキーを取り出すと、メリンダに抛った。
「マスター、ありがとう」ジェシルはマスターに言う。マスターは軽く手を振って見せた。「……じゃあ、メリンダ、お願いね」
メリンダとジェシルは店を出た。エア・トラック独特の噴射音がした。その音が遠ざかって行く。
「……マスターよう」アーセルがグラスに酒を注ぎながら言う。「お前ぇの管理能力には、感謝しているぜ」
「いえ、必ず戻って来るって信じていましたから、いつ戻って来ても良いようにしておくのは当然です」マスターはぼそりと言う。「それよりも、連れが多かったのには驚きましたよ」
「ふあっふあっふあっ! 色男は幾つになってもモテモテなのさ」そう言って笑うアーセルが、真顔になった。「ところでよ、あれも使えるかい?」
「もちろんですよ……」
マスターは言うと、ボトルが三段に並んでいる棚の一番上の右側から三本を抜き取った。ボトルの後ろに小さな木の箱があった。片側に蝶番が付いていて開けられるようになっている箱だった。マスターはそれを取り出し、アーセルに渡した。
「まあ、可愛らしい箱ね」エリスが言う。「オルゴールかしら?」
アーセルは箱を開けた。中には押しボタンの付いた装置が入っていた。新品同様な状態だ。アーセルは装置を取り出す。
「マスター、これも充分手入れが行き届いているじゃねぇか」アーセルは感激している。「お前ぇには、感謝してもし切れねぇぜ……」
「いえ、わたしは、アーセルさんが必ず戻って来て、これを使うと確信していましたから」マスターは表情を変えずに言う。「それに、わたしはあの街が嫌いでしたから、手入れにもついつい念が入ったようで……」
「そうよなぁ……」アーセルがしみじみとしたように言う。「今思えばよ、マスターが言っていたように、あんな街を作らなきゃあ良かったぜ。調子に乗っていたんだな」
「いえ、取り巻きがどうかしていたんですよ。特にあのガルベスがね。ここへ残ると言ったわたしを散々馬鹿にしてましたよ」
「あの野郎、やたらと街を作るのに張り切っていやがったからな。最初から乗っ取る気でいやがったんだろうさ」アーセルはむっとする。「それと、オレがオーランド・ゼムと通じたのがバレちまってな、シェルターに閉じ込められていたぜ」
「そうだったんですか……」
「だがよ、マスターが正解だったよな。馬鹿はあのガルベスだったぜ」アーセルは言うと、装置のボタンを強く押し込んだ。「これで、あの街もおしまいだな」
外から大勢の人の叫びや怒声や悲鳴が流れてきた。それらに混じって「爆発まであと十分」と言う機械的なアナウンスが聞こえてきた。
「これはな、オルゴールじゃ無ぇよ」アーセルはエリスとダーラを見てにやりと笑う。「街の自爆装置のスイッチさ。聞こえてくるあの声はな、突然のアナウンスに混乱しながら逃げ出しているヤツらの声だぜ」
「……でも、アーセルさん」ダーラが心配そうに言う。「十分って、短くない?」
「ふあっふあっふあっ! 五分もありゃあ普通なら逃げ出せるぜ」アーセルは機嫌良さそうに言うと、装置の別のボタンを押した。「欲を出して金だの宝石だのを掻き集めているヤツらは無理かもしれねぇなぁ。まあ、そんな馬鹿野郎はシンジケートのヤツらだろうがな!」
アナウンスの「爆発まであと五分」と言う声が流れた。悲鳴が大きくなる。アーセルはにやにやしながらそれらの声を聞いている。すると、アナウンスが「爆発まであと一分」と流れた。
「え? ついさっきは、あと五分だったのに?」アリスが驚いた顔でアーセルを見る。「まだそんなに時間が経っていないわ……」
「そう言えば、装置をいじっていたわね」ダーラが言う。「時間を早めたのね」
「そうだ」アーセルは言うと、装置を振って見せた。「オレはシンジケートをぶっ潰すことに決めたんでな」
爆発音がし、店が揺れた。エリスとダーラは外に出て、街の方を見た。そびえ立っていたビル群がゆっくりと倒壊して行くのが見えた。そこへメリンダの運転するエア・トラックが戻って来た。荷台に宇宙艇が乗っている。メリンダが慌てて運転席から降りて来る。
「何? 何があったの?」メリンダは呆然として立っているエリスとダーラに言う。「突然でびっくりしたわ! ジェシルは『わたしじゃないわよ!』って言っているけど」
「アーセルさんよ」ダーラが答える。「あの街はアーセルさんの黒歴史だったみたい。なので、自ら爆破したのよ」
「ふうん…… わたしはあの街が嫌いだったから、ざまあみろって感じね」
メリンダは冷たい眼差しを街へ向ける。爆発音と黒煙が上がる。
アーセルが店から出てきて、爆発を続ける街を眺める。
「ふあっふあっふあっ! もうあの街は無ぇ。だからよ、これからはこの店も商売繁盛になるだろうぜぇ!」
ジェシルがエア・トラックから降りてきた。ジェシルは宇宙パトロールの制服姿になっていた。ホルスターベルトが無いので、ポシェットを下げている。そのミスマッチが妙に可愛らしい。
「……お、おおお!」アーセルがジェシルを見て思わず声を漏らす。「……お前ぇ、何てこった! こりゃあ、ビョンドル以上にボンキュッボーンだぜぇ!」
「はいはい……」ジェシルはうんざりしている。「別におじいちゃんにサービスする気はないわよ」
「おい」マスターが顔を覗かせる。街の倒壊騒ぎには全く無関心のようだ。「準備が出来た。飲もう」
そのまま宴会が始まった。酒と料理が進む。
メリンダとエリスとダーラは、いかに自分が不幸であったかを自慢し合ってはグラスをあおり続けた。
マスターは、黙々と酒と料理を用意していた(実はマスターは酒が飲めないのだ)。
アーセルは、マスターがいかに忠実で情に厚い男かと言う事と、若い頃のビョンドル長官の話を繰り返しジェシルに語り続けた(しかし、本心はジェシルのボンキュッボーンな姿を肴に飲んでいるのだ)。
そして、翌朝。眩しい程に良い天気だった。街はまだ黒煙を上げている。
「それじゃあよ、ちょっと出掛けて来るぜ」アーセルはマスターに言う。「終わったら戻って来るからよ、それまで娘っ子三人を頼むぜ」
マスターはうなずく。アーセルの言う娘っ子三人はまだ爆睡中だった。
「ジェシルよう、オーランド・ゼムには連絡したのか?」アーセルが言う。「オレは途中で寝ちまったからなぁ」
「マスターの持っている無線機で連絡しておいたわ」ジェシルはむっとする。「『おや、意外と早かったねぇ』なんて、他人事みたいに言っていたわよ!」
「ふあっふあっふあっ! ヤツらしいぜ!」
笑うアーセルを無視して、ジェシルはエア・トラックの荷台から宇宙艇を降ろし、地面に置く。
「……またメリンダに文句を言われそうだわ」ジェシルはつぶやく。「ま、仕方ないわ。起こしたけど起きないんだから」
ジェシルは宇宙艇の上に腹這いになる。その姿を見て、アーセルはにやにやしている。
「アーセル! 背中に乗って!」ジェシルがアーセルを睨み付け、語気を強める。「悪さしちゃダメよ! もし、悪さしたら、死んでもらうわ!」
「分かっているぜ。宇宙パトロールのジェシルは怖いってなぁ」
アーセルがジェシルの上に乗ろうとする。
「ちょっと、待った」
マスターは言うと店に戻り、薄いボルベック製の板を抱えて出て来た。それは体温も感触も遮断する板だった。それをジェシルの背中に置く。アーセルはむっとした顔をマスターに向けるが、マスターは平然としている。アーセルは板の上にうつ伏せた。ジェシルは発進させる。透明なカバーがアーセルごと包み込むと、あっと言う間に飛び去って行って、見えなくなった。
マスターは寝ている三人を起こしに向かう。今日からウエイトレスが三人か。アーセルさんの言う通り商売繁盛なら給料は払えるか…… マスターはそんな事を考えていた。
つづく
「……ノラって、実際は居なかったって事よねぇ……」エリスはつぶやく。「なんだか変な気分よねぇ……」
「そうね。でも性格は同じようだわ」ダーラが言う。「姿は違っていても、わたしたちにはノラだわ……」
しばらくしてジェシルがメリンダと共に戻って来た。ジェシルはメリンダから借りた青いふわっとしたドレスを着ている。アーセルはつまらなさそうな顔をしている。
「……ねえ、マスター」メリンダがマスターに声をかける。マスターが無表情な顔を向けた。「エア・トラック、貸してくれない? ジェシルが取りに行きたいものがあるんだって」
マスターは、スラックスのポケットからキーを取り出すと、メリンダに抛った。
「マスター、ありがとう」ジェシルはマスターに言う。マスターは軽く手を振って見せた。「……じゃあ、メリンダ、お願いね」
メリンダとジェシルは店を出た。エア・トラック独特の噴射音がした。その音が遠ざかって行く。
「……マスターよう」アーセルがグラスに酒を注ぎながら言う。「お前ぇの管理能力には、感謝しているぜ」
「いえ、必ず戻って来るって信じていましたから、いつ戻って来ても良いようにしておくのは当然です」マスターはぼそりと言う。「それよりも、連れが多かったのには驚きましたよ」
「ふあっふあっふあっ! 色男は幾つになってもモテモテなのさ」そう言って笑うアーセルが、真顔になった。「ところでよ、あれも使えるかい?」
「もちろんですよ……」
マスターは言うと、ボトルが三段に並んでいる棚の一番上の右側から三本を抜き取った。ボトルの後ろに小さな木の箱があった。片側に蝶番が付いていて開けられるようになっている箱だった。マスターはそれを取り出し、アーセルに渡した。
「まあ、可愛らしい箱ね」エリスが言う。「オルゴールかしら?」
アーセルは箱を開けた。中には押しボタンの付いた装置が入っていた。新品同様な状態だ。アーセルは装置を取り出す。
「マスター、これも充分手入れが行き届いているじゃねぇか」アーセルは感激している。「お前ぇには、感謝してもし切れねぇぜ……」
「いえ、わたしは、アーセルさんが必ず戻って来て、これを使うと確信していましたから」マスターは表情を変えずに言う。「それに、わたしはあの街が嫌いでしたから、手入れにもついつい念が入ったようで……」
「そうよなぁ……」アーセルがしみじみとしたように言う。「今思えばよ、マスターが言っていたように、あんな街を作らなきゃあ良かったぜ。調子に乗っていたんだな」
「いえ、取り巻きがどうかしていたんですよ。特にあのガルベスがね。ここへ残ると言ったわたしを散々馬鹿にしてましたよ」
「あの野郎、やたらと街を作るのに張り切っていやがったからな。最初から乗っ取る気でいやがったんだろうさ」アーセルはむっとする。「それと、オレがオーランド・ゼムと通じたのがバレちまってな、シェルターに閉じ込められていたぜ」
「そうだったんですか……」
「だがよ、マスターが正解だったよな。馬鹿はあのガルベスだったぜ」アーセルは言うと、装置のボタンを強く押し込んだ。「これで、あの街もおしまいだな」
外から大勢の人の叫びや怒声や悲鳴が流れてきた。それらに混じって「爆発まであと十分」と言う機械的なアナウンスが聞こえてきた。
「これはな、オルゴールじゃ無ぇよ」アーセルはエリスとダーラを見てにやりと笑う。「街の自爆装置のスイッチさ。聞こえてくるあの声はな、突然のアナウンスに混乱しながら逃げ出しているヤツらの声だぜ」
「……でも、アーセルさん」ダーラが心配そうに言う。「十分って、短くない?」
「ふあっふあっふあっ! 五分もありゃあ普通なら逃げ出せるぜ」アーセルは機嫌良さそうに言うと、装置の別のボタンを押した。「欲を出して金だの宝石だのを掻き集めているヤツらは無理かもしれねぇなぁ。まあ、そんな馬鹿野郎はシンジケートのヤツらだろうがな!」
アナウンスの「爆発まであと五分」と言う声が流れた。悲鳴が大きくなる。アーセルはにやにやしながらそれらの声を聞いている。すると、アナウンスが「爆発まであと一分」と流れた。
「え? ついさっきは、あと五分だったのに?」アリスが驚いた顔でアーセルを見る。「まだそんなに時間が経っていないわ……」
「そう言えば、装置をいじっていたわね」ダーラが言う。「時間を早めたのね」
「そうだ」アーセルは言うと、装置を振って見せた。「オレはシンジケートをぶっ潰すことに決めたんでな」
爆発音がし、店が揺れた。エリスとダーラは外に出て、街の方を見た。そびえ立っていたビル群がゆっくりと倒壊して行くのが見えた。そこへメリンダの運転するエア・トラックが戻って来た。荷台に宇宙艇が乗っている。メリンダが慌てて運転席から降りて来る。
「何? 何があったの?」メリンダは呆然として立っているエリスとダーラに言う。「突然でびっくりしたわ! ジェシルは『わたしじゃないわよ!』って言っているけど」
「アーセルさんよ」ダーラが答える。「あの街はアーセルさんの黒歴史だったみたい。なので、自ら爆破したのよ」
「ふうん…… わたしはあの街が嫌いだったから、ざまあみろって感じね」
メリンダは冷たい眼差しを街へ向ける。爆発音と黒煙が上がる。
アーセルが店から出てきて、爆発を続ける街を眺める。
「ふあっふあっふあっ! もうあの街は無ぇ。だからよ、これからはこの店も商売繁盛になるだろうぜぇ!」
ジェシルがエア・トラックから降りてきた。ジェシルは宇宙パトロールの制服姿になっていた。ホルスターベルトが無いので、ポシェットを下げている。そのミスマッチが妙に可愛らしい。
「……お、おおお!」アーセルがジェシルを見て思わず声を漏らす。「……お前ぇ、何てこった! こりゃあ、ビョンドル以上にボンキュッボーンだぜぇ!」
「はいはい……」ジェシルはうんざりしている。「別におじいちゃんにサービスする気はないわよ」
「おい」マスターが顔を覗かせる。街の倒壊騒ぎには全く無関心のようだ。「準備が出来た。飲もう」
そのまま宴会が始まった。酒と料理が進む。
メリンダとエリスとダーラは、いかに自分が不幸であったかを自慢し合ってはグラスをあおり続けた。
マスターは、黙々と酒と料理を用意していた(実はマスターは酒が飲めないのだ)。
アーセルは、マスターがいかに忠実で情に厚い男かと言う事と、若い頃のビョンドル長官の話を繰り返しジェシルに語り続けた(しかし、本心はジェシルのボンキュッボーンな姿を肴に飲んでいるのだ)。
そして、翌朝。眩しい程に良い天気だった。街はまだ黒煙を上げている。
「それじゃあよ、ちょっと出掛けて来るぜ」アーセルはマスターに言う。「終わったら戻って来るからよ、それまで娘っ子三人を頼むぜ」
マスターはうなずく。アーセルの言う娘っ子三人はまだ爆睡中だった。
「ジェシルよう、オーランド・ゼムには連絡したのか?」アーセルが言う。「オレは途中で寝ちまったからなぁ」
「マスターの持っている無線機で連絡しておいたわ」ジェシルはむっとする。「『おや、意外と早かったねぇ』なんて、他人事みたいに言っていたわよ!」
「ふあっふあっふあっ! ヤツらしいぜ!」
笑うアーセルを無視して、ジェシルはエア・トラックの荷台から宇宙艇を降ろし、地面に置く。
「……またメリンダに文句を言われそうだわ」ジェシルはつぶやく。「ま、仕方ないわ。起こしたけど起きないんだから」
ジェシルは宇宙艇の上に腹這いになる。その姿を見て、アーセルはにやにやしている。
「アーセル! 背中に乗って!」ジェシルがアーセルを睨み付け、語気を強める。「悪さしちゃダメよ! もし、悪さしたら、死んでもらうわ!」
「分かっているぜ。宇宙パトロールのジェシルは怖いってなぁ」
アーセルがジェシルの上に乗ろうとする。
「ちょっと、待った」
マスターは言うと店に戻り、薄いボルベック製の板を抱えて出て来た。それは体温も感触も遮断する板だった。それをジェシルの背中に置く。アーセルはむっとした顔をマスターに向けるが、マスターは平然としている。アーセルは板の上にうつ伏せた。ジェシルは発進させる。透明なカバーがアーセルごと包み込むと、あっと言う間に飛び去って行って、見えなくなった。
マスターは寝ている三人を起こしに向かう。今日からウエイトレスが三人か。アーセルさんの言う通り商売繁盛なら給料は払えるか…… マスターはそんな事を考えていた。
つづく
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