ギデオンの息子のアビメレクの騒乱が、その死を以って終わった。イスラエルの民は平穏を取り戻した。
しかし、時とともに民は自分たちの神から離れて行った。異教の神々との交わりもさることながら、未だにオフラにある「ギデオンのエフォド」への信仰が根強かった。「エフォドは我らが神の大祭司の身に着けるもの、これを崇拝することは我らが神を信仰すること」。これが彼らの言い分だった。
多くの民がオフラを訪れた。彼らは自分たちを「巡礼者」と呼んだ。オフラの都市にはその「巡礼者」を泊めるための宿が増えて行った。
「ギデオン様の頃には、このエフォドを囲んで信仰を強めたものだ」
ギデオンが生きていた頃に集っていた者たちが言う。それを受け、多くの者たちが頷く。
「信仰だけではなく、信者同士の親睦も深めたな」
「そうだったな。男女の隔たり無く、そうしていたものだった」
いつしか、民の間に姦淫がはびこり出し、巡礼者の宿は淫行の場と化して行った。
オフラの都市全体がよどんだ空気に包まれていた。
オフラから南へ三十キロメートルほど南に、エフライムの土地から連なる山地にシャミル(後のサマリアと言われている)という都市があった。
そこにイッサカルの人でドドの子のプアの子であるトラが住んでいた。
「父さん、イスラエルは何度こんな愚行を繰り返せば、まともになるんでしょうね!」
トラは父プアに吐き捨てるように言った。トラは、アビメレクの騒乱を、その後の真の神から離れての狂乱を、苦々しく思っていた。
「お前のじいさんのドドも同じことを言っていたよ」
プアは答えた。
「父さんはどう思っているんです?」
「さあな…… どう思ったところで、この流れを変えることはできまいな……」
「では、このままで良いと……」
「そうは言っていない! ……言ってはいないが、どうにもできないな。再び民がその愚行を嘆き、真の神にすがって、裁き人、士師が出されなければな」
「それまでは、何もできないと……」
「せいぜい、自分自身の信仰を守ることだ」
トラは憤慨したが、言い返せなかった。……たしかに、今までの歴史はそうだった。民が悔い改めた時、神は助けを差し伸べて下さった。だが、オレは悔い改めねばならないような愚行を最初からしないようにできないかと思っているんだ! してしまってから悔い改めるなんてのは、幼子と同様だ! オレよりもずっと年上の大人たちでさえ、それができないんだものな…… いずれイスラエルは神から見放されてしまうだろうな……
その夜、トラは自分を呼ぶ声に目が覚めた。その声は威厳に満ちた、それでいて優しい声だった。
「トラよ……」
「はい、ここに居ります……」
「わたしはイスラエルの神、裁き人、士師を遣わし、お前たちを救った者である」
トラはあわてて寝床を下り、平伏した。
「その偉大な神が、このような若輩にどのような……」
トラははっと気が付いた。……まずい! いずれイスラエルは神から見放されてしまうだろう、なんて思った事をとがめられる! トラの鼓動が不安で高まった。
「オフラにエフォドがある。それは多くの民を惑わすものとなっている」
「オレ、いや、わたくしへのとがめではないのですか……」
「わたしは何物の偶像も良しとはしない」
神はトラの思いに頓着せずに言った。
……よかった、とがめられなかったぞ。トラはほっとし笑顔になった。しかし、すぐに顔を曇らせた。……オフラのエフォドって「ギデオンのエフォド」だよな。まさか、まさか……
「真の神! そのエフォドをオレ、いや、わたくしに処分しろとでもおっしゃるのですか?」
「わたしはお前と共にある……」
神の声は止んだ。
長い沈黙があった。トラはずっと頭を抱えていた。
……え? オレが? そんな事を? いきなりそんな事言われても……
……でも、民の愚行を少しでも止めることができるかもしれない。
……そうだ、神が共にいて下さるのだし!
トラは顔を上げた。その顔に迷いは見られなかった。
つづく
(士師記10章1、2節をご参照ください)
しかし、時とともに民は自分たちの神から離れて行った。異教の神々との交わりもさることながら、未だにオフラにある「ギデオンのエフォド」への信仰が根強かった。「エフォドは我らが神の大祭司の身に着けるもの、これを崇拝することは我らが神を信仰すること」。これが彼らの言い分だった。
多くの民がオフラを訪れた。彼らは自分たちを「巡礼者」と呼んだ。オフラの都市にはその「巡礼者」を泊めるための宿が増えて行った。
「ギデオン様の頃には、このエフォドを囲んで信仰を強めたものだ」
ギデオンが生きていた頃に集っていた者たちが言う。それを受け、多くの者たちが頷く。
「信仰だけではなく、信者同士の親睦も深めたな」
「そうだったな。男女の隔たり無く、そうしていたものだった」
いつしか、民の間に姦淫がはびこり出し、巡礼者の宿は淫行の場と化して行った。
オフラの都市全体がよどんだ空気に包まれていた。
オフラから南へ三十キロメートルほど南に、エフライムの土地から連なる山地にシャミル(後のサマリアと言われている)という都市があった。
そこにイッサカルの人でドドの子のプアの子であるトラが住んでいた。
「父さん、イスラエルは何度こんな愚行を繰り返せば、まともになるんでしょうね!」
トラは父プアに吐き捨てるように言った。トラは、アビメレクの騒乱を、その後の真の神から離れての狂乱を、苦々しく思っていた。
「お前のじいさんのドドも同じことを言っていたよ」
プアは答えた。
「父さんはどう思っているんです?」
「さあな…… どう思ったところで、この流れを変えることはできまいな……」
「では、このままで良いと……」
「そうは言っていない! ……言ってはいないが、どうにもできないな。再び民がその愚行を嘆き、真の神にすがって、裁き人、士師が出されなければな」
「それまでは、何もできないと……」
「せいぜい、自分自身の信仰を守ることだ」
トラは憤慨したが、言い返せなかった。……たしかに、今までの歴史はそうだった。民が悔い改めた時、神は助けを差し伸べて下さった。だが、オレは悔い改めねばならないような愚行を最初からしないようにできないかと思っているんだ! してしまってから悔い改めるなんてのは、幼子と同様だ! オレよりもずっと年上の大人たちでさえ、それができないんだものな…… いずれイスラエルは神から見放されてしまうだろうな……
その夜、トラは自分を呼ぶ声に目が覚めた。その声は威厳に満ちた、それでいて優しい声だった。
「トラよ……」
「はい、ここに居ります……」
「わたしはイスラエルの神、裁き人、士師を遣わし、お前たちを救った者である」
トラはあわてて寝床を下り、平伏した。
「その偉大な神が、このような若輩にどのような……」
トラははっと気が付いた。……まずい! いずれイスラエルは神から見放されてしまうだろう、なんて思った事をとがめられる! トラの鼓動が不安で高まった。
「オフラにエフォドがある。それは多くの民を惑わすものとなっている」
「オレ、いや、わたくしへのとがめではないのですか……」
「わたしは何物の偶像も良しとはしない」
神はトラの思いに頓着せずに言った。
……よかった、とがめられなかったぞ。トラはほっとし笑顔になった。しかし、すぐに顔を曇らせた。……オフラのエフォドって「ギデオンのエフォド」だよな。まさか、まさか……
「真の神! そのエフォドをオレ、いや、わたくしに処分しろとでもおっしゃるのですか?」
「わたしはお前と共にある……」
神の声は止んだ。
長い沈黙があった。トラはずっと頭を抱えていた。
……え? オレが? そんな事を? いきなりそんな事言われても……
……でも、民の愚行を少しでも止めることができるかもしれない。
……そうだ、神が共にいて下さるのだし!
トラは顔を上げた。その顔に迷いは見られなかった。
つづく
(士師記10章1、2節をご参照ください)
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