「さとみちゃん、これは早急に手を打たないといけないわねぇ……」百合恵が言う。「楓のヤツ、結構良い性格になったと思ったんだけどなぁ……」
「そうですね」さとみはため息をつく。「楓が昔の楓に戻っちゃったんだとしたら、厄介です……」
「竜二」百合恵が竜二を見る。竜二は叱られた子供のようにびくんとする。「楓がいたって事は、さゆりってのもいたんじゃない?」
「……いや、オレ、楓しか見ていない……」
「ふ~ん……」さとみが冷たい眼差しを竜二に向ける。「竜二の事だから、楓を見て、びっくりして、そのまま逃げちゃったんでしょ?」
「うわあ、さとみちゃんって、超能力の持ち主なのかい?」竜二は驚いている。「実は、そうなんだ。よく分かるねぇ」
「誰だって分かるわよう!」さとみは言うとぷっと頬を膨らませた。「全く、肝心な時に使えないんだからぁ!」
「まあまあ、さとみちゃん……」百合恵がさとみをなだめる。「たまたま楓がいただけって事も無いわけではないだろうし……」
「そうでしょうか?」
「……正直言うと、その可能性は低いわよねぇ……」百合恵は渋い顔をする。「竜二がもう少し粘って、成り行きを見ていてくれたらよかったんだけど……」
「じゃあさ、オレ、今からもう一度行ってみるよ」竜二が言う。「考えてみればさ、さとみちゃんが頼りにするのって、オレしか残っていないもんな!」
「ちょっと、待って!」さとみは慌てて止める。「何の考えも無しに行っちゃったら、あの時の二の舞だわ!」
「あの時……?」竜二は不思議そうな顔をする。「どの時?」
「忘れちゃうなんて、やっぱり馬鹿なの?」さとみは呆れる。「繁華街で、楓たち四天王に、ぼこぼこにされたじゃないの!」
「……ああ、そんな事もあったなぁ」竜二はうなずく。「でもさ、そんな過去にこだわっちゃいられないさ」
「だからって……」
さとみが言い返そうとした時、さとみの背後から声が掛かった。
「偉い! 男だねぇ!」
何を馬鹿な事をと思いつつ、さとみが振り返ると。そこに静が立っていた。腰に手を宛がい、うんうんとうなずいている。さとみはイヤは顔をする。
「さとみ、何とも立派な若者じゃないか」静は言うとさとみの肩を叩く。「わたしゃ、お前が心配で見に来たんだけど、こんな若者がいるんなら、大丈夫だね」
静は言うと、竜二の方へとつかつかと進む。
「お前さん、名前は何て言うんだい?」
「え? オレは竜二……」無遠慮な静に、さすがの竜二も面喰っている。「あんたは?」
「おお、そうだったねぇ。人に名乗らせて、自分が名乗らないなんて、いけない事だねぇ」静はにこにこしている。……まさか、竜二を気に行っちゃったとか。さとみはイヤな予感に包まれる。「わたしゃ、さとみのひいばあちゃんで、静ってんだ」
「へぇ、静……さん」竜二がつぶやく。明らかに、名前と真逆だと言う顔をしている。「そりゃ、どうも……」
「あんた、いい度胸だねぇ。大したもんだ!」
静は言うと、竜二の肩をばんばんと叩く。予想外の強い力に竜二は顔を歪める。それでも、褒められたのが嬉しいのか、笑顔になっている。
「そんなに褒めんなよう……」
「いいや、あのさゆりってのに向かおうってんだ。並みのヤツじゃできないよ!」
「は……?」静の一言で竜二は固まる。「それって、どう言う事だい?」
「さゆりって言う、親玉がいるのよ」百合恵が言う。「とっても強くて怖いヤツのようよ」
「え……」
竜二はさらに固まった。忘れていた繁華街での出来事がよみがえったのか、見る見る顔が青褪めて行く。
「さあ、竜二!」静がまた竜二の肩をばんばんと叩く。「男が言った事だ。二言は無かろう。行っといで!」
「ふ、ふぇぇぇ……」
竜二を腰を抜かして、その場に座り込んでしまった。
「おや、どうしたんだい、竜二よう?」静が不思議そうな顔をする。「とっとと行かんかい!」
「……でもよう」竜二は半泣きだ。「そのさゆりって、怖いんだろう? オレ、大丈夫かなぁ……」
「な~にを言っとるか! 大の男が、しっかりせんかい!」
静が大きな声で言う。励ましているつもりだろうが、叱りつけているようにしか見えない。竜二はますます萎縮する。
「おばあちゃん……」さすがに見かねたさとみが助け舟を出す。「竜二って、調子が良いだけで、何にも出来ない、お馬鹿さんなのよ。期待なんかしたら、絶対に裏切られちゃうんだから、もう放っておいた方が良いわ」
「おや、そうなのかい?」静はそう言って、竜二を見る。「良いのかい、あんな事言われちゃって?」
「良いわけないけどさ……」竜二の声は弱い。「間違っちゃいないからさあ……」
「情けないねぇ! じゃあ、わたしが行って来るよ!」静が言って、さとみを見る。「こんな半べそ小僧じゃ、どうにもならないからねぇ」
「でも、おばあちゃんだって、危険だわ!」さとみが真顔で言う。「わたしも行く!」
「さとみはダメだ。さゆりはお前を狙っているんだから」
「でも、心配だから……」
「おい、竜二!」静はへたり込んでいる竜二を見る。「どうなんだい? こんな婆あと小娘を危険な目に遭わせようってのかい? お前は男だろう? しっかりしろい!」
「でもよう、今は男女平等で、ジェンダーギャップが……」
「ごちゃごちゃ、わけの分かんない事言ってんじゃないよ! やるかやらないか、男になるかならないか、さとみを守る気があるのかないのか、どうなんだい!」
「さとみちゃんを、守る……?」
「そうさ。みんなさゆりに捕らえられちまったんだろう? じゃあ、動けるのはお前だけじゃないか」
「オレだけ……」
「そうだよ」
竜二は立ち上がった。先程までとは違い、やる気になっているようだ。
「行くぜ! オレがさとみちゃんを守らなきゃ、誰が守るってんだ!」
「そうだ! その意気だ!」静は手を叩く。「やっぱり、お前さんは、わたしが見込んだだけの事はある!」
「じゃあ、行くぜ!」
「お待ち。わたしも行くよ」
「いや、ばあちゃんには荷が重いぜ」すっかりその気になっている竜二だった。「ばあちゃんはここに居てくれよ」
「そう言わないで、連れて行っておくれよ」静が笑む。「邪魔はしないからさあ」
「仕方がねぇなぁ……」竜二は右の人差し指で鼻の下を擦る。「じゃあ、遅れないようについて来るんだぜ」
竜二は言うとすっと姿を消した。屋上へと向かったのだろう。
「ははは、単純な男で良かったよ」
静は笑って、さとみと百合恵を見る。
「でも、大丈夫?」さとみは心配そうだ。「竜二って、本当に使えないわよ……」
「な~に、いざとなりゃ、わたしが助けてやるさ」
静は言うと、ウインクをしながら姿を消した。
つづく
「そうですね」さとみはため息をつく。「楓が昔の楓に戻っちゃったんだとしたら、厄介です……」
「竜二」百合恵が竜二を見る。竜二は叱られた子供のようにびくんとする。「楓がいたって事は、さゆりってのもいたんじゃない?」
「……いや、オレ、楓しか見ていない……」
「ふ~ん……」さとみが冷たい眼差しを竜二に向ける。「竜二の事だから、楓を見て、びっくりして、そのまま逃げちゃったんでしょ?」
「うわあ、さとみちゃんって、超能力の持ち主なのかい?」竜二は驚いている。「実は、そうなんだ。よく分かるねぇ」
「誰だって分かるわよう!」さとみは言うとぷっと頬を膨らませた。「全く、肝心な時に使えないんだからぁ!」
「まあまあ、さとみちゃん……」百合恵がさとみをなだめる。「たまたま楓がいただけって事も無いわけではないだろうし……」
「そうでしょうか?」
「……正直言うと、その可能性は低いわよねぇ……」百合恵は渋い顔をする。「竜二がもう少し粘って、成り行きを見ていてくれたらよかったんだけど……」
「じゃあさ、オレ、今からもう一度行ってみるよ」竜二が言う。「考えてみればさ、さとみちゃんが頼りにするのって、オレしか残っていないもんな!」
「ちょっと、待って!」さとみは慌てて止める。「何の考えも無しに行っちゃったら、あの時の二の舞だわ!」
「あの時……?」竜二は不思議そうな顔をする。「どの時?」
「忘れちゃうなんて、やっぱり馬鹿なの?」さとみは呆れる。「繁華街で、楓たち四天王に、ぼこぼこにされたじゃないの!」
「……ああ、そんな事もあったなぁ」竜二はうなずく。「でもさ、そんな過去にこだわっちゃいられないさ」
「だからって……」
さとみが言い返そうとした時、さとみの背後から声が掛かった。
「偉い! 男だねぇ!」
何を馬鹿な事をと思いつつ、さとみが振り返ると。そこに静が立っていた。腰に手を宛がい、うんうんとうなずいている。さとみはイヤは顔をする。
「さとみ、何とも立派な若者じゃないか」静は言うとさとみの肩を叩く。「わたしゃ、お前が心配で見に来たんだけど、こんな若者がいるんなら、大丈夫だね」
静は言うと、竜二の方へとつかつかと進む。
「お前さん、名前は何て言うんだい?」
「え? オレは竜二……」無遠慮な静に、さすがの竜二も面喰っている。「あんたは?」
「おお、そうだったねぇ。人に名乗らせて、自分が名乗らないなんて、いけない事だねぇ」静はにこにこしている。……まさか、竜二を気に行っちゃったとか。さとみはイヤな予感に包まれる。「わたしゃ、さとみのひいばあちゃんで、静ってんだ」
「へぇ、静……さん」竜二がつぶやく。明らかに、名前と真逆だと言う顔をしている。「そりゃ、どうも……」
「あんた、いい度胸だねぇ。大したもんだ!」
静は言うと、竜二の肩をばんばんと叩く。予想外の強い力に竜二は顔を歪める。それでも、褒められたのが嬉しいのか、笑顔になっている。
「そんなに褒めんなよう……」
「いいや、あのさゆりってのに向かおうってんだ。並みのヤツじゃできないよ!」
「は……?」静の一言で竜二は固まる。「それって、どう言う事だい?」
「さゆりって言う、親玉がいるのよ」百合恵が言う。「とっても強くて怖いヤツのようよ」
「え……」
竜二はさらに固まった。忘れていた繁華街での出来事がよみがえったのか、見る見る顔が青褪めて行く。
「さあ、竜二!」静がまた竜二の肩をばんばんと叩く。「男が言った事だ。二言は無かろう。行っといで!」
「ふ、ふぇぇぇ……」
竜二を腰を抜かして、その場に座り込んでしまった。
「おや、どうしたんだい、竜二よう?」静が不思議そうな顔をする。「とっとと行かんかい!」
「……でもよう」竜二は半泣きだ。「そのさゆりって、怖いんだろう? オレ、大丈夫かなぁ……」
「な~にを言っとるか! 大の男が、しっかりせんかい!」
静が大きな声で言う。励ましているつもりだろうが、叱りつけているようにしか見えない。竜二はますます萎縮する。
「おばあちゃん……」さすがに見かねたさとみが助け舟を出す。「竜二って、調子が良いだけで、何にも出来ない、お馬鹿さんなのよ。期待なんかしたら、絶対に裏切られちゃうんだから、もう放っておいた方が良いわ」
「おや、そうなのかい?」静はそう言って、竜二を見る。「良いのかい、あんな事言われちゃって?」
「良いわけないけどさ……」竜二の声は弱い。「間違っちゃいないからさあ……」
「情けないねぇ! じゃあ、わたしが行って来るよ!」静が言って、さとみを見る。「こんな半べそ小僧じゃ、どうにもならないからねぇ」
「でも、おばあちゃんだって、危険だわ!」さとみが真顔で言う。「わたしも行く!」
「さとみはダメだ。さゆりはお前を狙っているんだから」
「でも、心配だから……」
「おい、竜二!」静はへたり込んでいる竜二を見る。「どうなんだい? こんな婆あと小娘を危険な目に遭わせようってのかい? お前は男だろう? しっかりしろい!」
「でもよう、今は男女平等で、ジェンダーギャップが……」
「ごちゃごちゃ、わけの分かんない事言ってんじゃないよ! やるかやらないか、男になるかならないか、さとみを守る気があるのかないのか、どうなんだい!」
「さとみちゃんを、守る……?」
「そうさ。みんなさゆりに捕らえられちまったんだろう? じゃあ、動けるのはお前だけじゃないか」
「オレだけ……」
「そうだよ」
竜二は立ち上がった。先程までとは違い、やる気になっているようだ。
「行くぜ! オレがさとみちゃんを守らなきゃ、誰が守るってんだ!」
「そうだ! その意気だ!」静は手を叩く。「やっぱり、お前さんは、わたしが見込んだだけの事はある!」
「じゃあ、行くぜ!」
「お待ち。わたしも行くよ」
「いや、ばあちゃんには荷が重いぜ」すっかりその気になっている竜二だった。「ばあちゃんはここに居てくれよ」
「そう言わないで、連れて行っておくれよ」静が笑む。「邪魔はしないからさあ」
「仕方がねぇなぁ……」竜二は右の人差し指で鼻の下を擦る。「じゃあ、遅れないようについて来るんだぜ」
竜二は言うとすっと姿を消した。屋上へと向かったのだろう。
「ははは、単純な男で良かったよ」
静は笑って、さとみと百合恵を見る。
「でも、大丈夫?」さとみは心配そうだ。「竜二って、本当に使えないわよ……」
「な~に、いざとなりゃ、わたしが助けてやるさ」
静は言うと、ウインクをしながら姿を消した。
つづく
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