おでこをぺちぺちしているさとみを百合恵は笑顔で見ている。さとみの手が止まった。おでこから手を下ろす。おでこは赤くなっていた。
「百合恵さん」さとみは真顔だ。しかし、おでこが赤い。百合恵は笑いを堪えている。「片岡さんに相談してみます」
「そうね、それが良いわね」百合恵はうなずく。「どうかしら? 今から相談に行く?」
「え? でも授業中ですよ……」さとみは驚く。「それに、カバンだって教室にあるし……」
「それは麗子ちゃんに頼めばいいわ」
「でも、学校、携帯電話禁止です……」
「そう…… 今時固いわねぇ……」百合恵は腕組みをする。「……じゃあ、松原先生に連絡して、松原先生から麗子ちゃんに話してもらうわ。でも、面倒ねぇ…… 携帯くらいいいじゃないのよねぇ? 校長先生に話してみようかしら」
「ははは……」
さとみは、また百合恵に圧倒された。……きっと、教育委員会のお偉いさんを使うんだろうなぁ。さとみは思った。
百合恵はスマホを取り出した。
「松原先生って、今授業中かしら?」百合恵はさとみに訊く。「だったら、申し訳ないわねぇ……」
「松原先生、わたしのクラスを担当していないので、ちょっと分かりません…… でも、もうすぐ五時間目は終わりますから」
「そう……」百合恵はいったんスマホをしまおうとするが、手を止めた。「良いわ。電話してみるわね」
と、そこに見慣れない霊体が現われた。さとみはいぶかしそうな顔でその霊体を見る。深刻そうな顔で、じっとさとみと百合恵を見ている。
「あら、竜二じゃない」百合恵が驚く。「どうしたの?」
「竜二……?」
さとみはつぶやき、小首を傾げる。竜二は恨めしそうな顔をしながら、さとみに向って何か言っている。百合恵がくすくす笑う。
「竜二がね……」百合恵は笑う。「『おいおい、さとみちゃん、初対面みたいな顔をするなよう』だって」
「ああ……」さとみは思い出した顔をする。「竜二かぁ…… すっかり忘れていたわ。……で、何で湧いて出てきたのよう!」
さとみは霊体を抜け出させない。竜二ごときでと言う思いもあるようだ。竜二はむすっとしたまま、百合恵に近寄り話をしている。
百合恵は最初は笑みを浮かべて竜二の話を聞いていたが、途中から表情が険しくなった。竜二との話が終わると、百合恵は深刻な顔をさとみに向けた。
「さとみちゃん、ちょっと大変だわ」
「何かあったんですか?」さとみは竜二に軽蔑の眼差しを向ける。「どうせ、つまらない、どうでも良い、呆れ果ててしまうような事なんでしょ?」
「そうだったら、わたしだって笑い飛ばすわよ」百合恵は言う。「そうじゃないわ」
「じゃあ、何です?」
「楓って覚えてる?」
「楓…… あの、繁華街の四天王だった?」
「そう。あれが屋上にいたんですって」百合恵は竜二を見る。「そうなんでしょう?」
竜二は何度も首を縦に振る。それからしきりにさとみに話しかけてきた。しかし、生身のさとみには何を言っているのか分からない。
「さとみちゃん……」百合恵は苦笑する。「諦めて、竜二の話を聞いてあげてちょうだい」
「うぇ~っ……」
さとみは思い切りイヤな顔をする。それでも、霊体を抜け出させ、竜二の前に立った。
「さあ、竜二、簡潔に三十字以内よ」
「何だよう、オレは重大な話を持って来たって言うのによう」竜二は不貞腐れたように言う。「もう良いや!」
「そう、良いんだ。じゃあ、そう言う事で」
さとみは霊体を戻そうとする。
「ま、待ってくれよう!」竜二は慌てる。「オレとさとみちゃんとの仲じゃないかよう!」
「ふん!」
さとみは怒った顔をして見せる。しかし、これは作戦だ。竜二は冷たくされると慌てて縋り付いて来る性格なのを、さとみは知っていたからだ。
「仕方ないわねぇ……」さとみは勿体ぶった態度で竜二を見る(内心はほくそ笑んでいる)。「じゃあ、聞いてあげるわ」
「良かったわね、竜二。さとみちゃんが聞いてくれて」百合恵が笑顔で竜二に言う。百合恵は楽しんでいるのだ。「さあ、話してあげて」
「ああ」竜二は言うと、咳払いをした。偉そうにとさとみは思った。「ほら、みんないなくなっちまっただろう? でさ、オレは行く所が無くってさ。それで、この学校をぶらぶらしてたんだ。もちろん、だれにも迷惑はかけていないよ(「いるだけで迷惑よ」とさとみは小声で言う)。そしたらさ、屋上でさ……」
「楓を見たって言うのよ」百合恵が割って入る。「竜二は咄嗟に隠れたって言うんだけどね」
「……そうなんだ」竜二は良い所を百合恵に取られて不満そうな顔をする。「後ろ姿だったんだけどさ、慌てて隠れたんだ」
「隠れたって、どこへ?」
「出入りの扉が開いていてさ、そこから中へ飛び込んで……」
「あなた、霊体なんだから、もう少し良い身の隠し方があるでしょ?」
「でも突然だったからさ……」
「まあ、良いわ。それで?」
「何かのはずみでこっちに振り返ったらさ、その顔がやっぱり楓だったんだ」
「楓……」さとみは百合恵を見る。「楓って、百合恵さんと仲良くなって、改心したんじゃなかったでしたっけ?」
「わたしもそう思っているんだけどねぇ……」百合恵は困惑の表情だ。「まさか、さゆりっての連(つる)んでいるとか……」
さとみはイヤな顔をした。
つづく
「百合恵さん」さとみは真顔だ。しかし、おでこが赤い。百合恵は笑いを堪えている。「片岡さんに相談してみます」
「そうね、それが良いわね」百合恵はうなずく。「どうかしら? 今から相談に行く?」
「え? でも授業中ですよ……」さとみは驚く。「それに、カバンだって教室にあるし……」
「それは麗子ちゃんに頼めばいいわ」
「でも、学校、携帯電話禁止です……」
「そう…… 今時固いわねぇ……」百合恵は腕組みをする。「……じゃあ、松原先生に連絡して、松原先生から麗子ちゃんに話してもらうわ。でも、面倒ねぇ…… 携帯くらいいいじゃないのよねぇ? 校長先生に話してみようかしら」
「ははは……」
さとみは、また百合恵に圧倒された。……きっと、教育委員会のお偉いさんを使うんだろうなぁ。さとみは思った。
百合恵はスマホを取り出した。
「松原先生って、今授業中かしら?」百合恵はさとみに訊く。「だったら、申し訳ないわねぇ……」
「松原先生、わたしのクラスを担当していないので、ちょっと分かりません…… でも、もうすぐ五時間目は終わりますから」
「そう……」百合恵はいったんスマホをしまおうとするが、手を止めた。「良いわ。電話してみるわね」
と、そこに見慣れない霊体が現われた。さとみはいぶかしそうな顔でその霊体を見る。深刻そうな顔で、じっとさとみと百合恵を見ている。
「あら、竜二じゃない」百合恵が驚く。「どうしたの?」
「竜二……?」
さとみはつぶやき、小首を傾げる。竜二は恨めしそうな顔をしながら、さとみに向って何か言っている。百合恵がくすくす笑う。
「竜二がね……」百合恵は笑う。「『おいおい、さとみちゃん、初対面みたいな顔をするなよう』だって」
「ああ……」さとみは思い出した顔をする。「竜二かぁ…… すっかり忘れていたわ。……で、何で湧いて出てきたのよう!」
さとみは霊体を抜け出させない。竜二ごときでと言う思いもあるようだ。竜二はむすっとしたまま、百合恵に近寄り話をしている。
百合恵は最初は笑みを浮かべて竜二の話を聞いていたが、途中から表情が険しくなった。竜二との話が終わると、百合恵は深刻な顔をさとみに向けた。
「さとみちゃん、ちょっと大変だわ」
「何かあったんですか?」さとみは竜二に軽蔑の眼差しを向ける。「どうせ、つまらない、どうでも良い、呆れ果ててしまうような事なんでしょ?」
「そうだったら、わたしだって笑い飛ばすわよ」百合恵は言う。「そうじゃないわ」
「じゃあ、何です?」
「楓って覚えてる?」
「楓…… あの、繁華街の四天王だった?」
「そう。あれが屋上にいたんですって」百合恵は竜二を見る。「そうなんでしょう?」
竜二は何度も首を縦に振る。それからしきりにさとみに話しかけてきた。しかし、生身のさとみには何を言っているのか分からない。
「さとみちゃん……」百合恵は苦笑する。「諦めて、竜二の話を聞いてあげてちょうだい」
「うぇ~っ……」
さとみは思い切りイヤな顔をする。それでも、霊体を抜け出させ、竜二の前に立った。
「さあ、竜二、簡潔に三十字以内よ」
「何だよう、オレは重大な話を持って来たって言うのによう」竜二は不貞腐れたように言う。「もう良いや!」
「そう、良いんだ。じゃあ、そう言う事で」
さとみは霊体を戻そうとする。
「ま、待ってくれよう!」竜二は慌てる。「オレとさとみちゃんとの仲じゃないかよう!」
「ふん!」
さとみは怒った顔をして見せる。しかし、これは作戦だ。竜二は冷たくされると慌てて縋り付いて来る性格なのを、さとみは知っていたからだ。
「仕方ないわねぇ……」さとみは勿体ぶった態度で竜二を見る(内心はほくそ笑んでいる)。「じゃあ、聞いてあげるわ」
「良かったわね、竜二。さとみちゃんが聞いてくれて」百合恵が笑顔で竜二に言う。百合恵は楽しんでいるのだ。「さあ、話してあげて」
「ああ」竜二は言うと、咳払いをした。偉そうにとさとみは思った。「ほら、みんないなくなっちまっただろう? でさ、オレは行く所が無くってさ。それで、この学校をぶらぶらしてたんだ。もちろん、だれにも迷惑はかけていないよ(「いるだけで迷惑よ」とさとみは小声で言う)。そしたらさ、屋上でさ……」
「楓を見たって言うのよ」百合恵が割って入る。「竜二は咄嗟に隠れたって言うんだけどね」
「……そうなんだ」竜二は良い所を百合恵に取られて不満そうな顔をする。「後ろ姿だったんだけどさ、慌てて隠れたんだ」
「隠れたって、どこへ?」
「出入りの扉が開いていてさ、そこから中へ飛び込んで……」
「あなた、霊体なんだから、もう少し良い身の隠し方があるでしょ?」
「でも突然だったからさ……」
「まあ、良いわ。それで?」
「何かのはずみでこっちに振り返ったらさ、その顔がやっぱり楓だったんだ」
「楓……」さとみは百合恵を見る。「楓って、百合恵さんと仲良くなって、改心したんじゃなかったでしたっけ?」
「わたしもそう思っているんだけどねぇ……」百合恵は困惑の表情だ。「まさか、さゆりっての連(つる)んでいるとか……」
さとみはイヤな顔をした。
つづく
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