「で、百合恵姐さん、どちらへ行かれるんで?」アイが運転している百合恵に話しかける。「わたしは、出入りとしか聞いていないんですけど」
「出入りぃ?」さとみが驚いた顔で百合恵を見る。「百合恵さん、アイにどんな事を言ったんですか?」
「ふふふ……」百合恵は楽しそうだ。「大した違いはないんじゃない? さとみちゃんが呼び出しを受けたんだから」
「えっ! 何ですか、そりゃあ!」アイが笑い出した。「会長を呼び出すなんて、身の程知らずも良い所ですね。わたしがギッタンギッタンにグッチャングッチャンにしてやりますよ」
「ははは……」
さとみは笑ってごまかすしかなかった。
車は学校の近くに止まった。皆が車を降りる。グラウンドが見えている。
「ほう…… 学校の近くじゃないですか」アイがにやりと笑う。「と言う事は、他所の学校のヤツらって事ですか? ははは、返り討ちにしてやりますよ!」
「あのさ……」
さとみは勘違いをしているアイに、どう話したらよいのか、考えあぐねていた。と、豆蔵がすっと現れた。深刻な表情で百合恵に話しかけている。百合恵はうなずいて聞いている。豆蔵が姿を消した。
「さとみちゃん」百合恵が言う。その表情に笑みは無かった。「豆蔵の話だと、みつさん、苦戦しているようだわ」
「生身に憑いた霊を斬る修行はしていると言っていたんですけど……」
「効いていないようね」百合恵が苦々しげに言う。「きっと、その骸骨には霊が憑りついたんじゃなくて、霊に操られているのね。豆蔵の礫も効かないようだわ」
「じゃあ……」
「ええ。直接攻撃しかないわ」
「それで、アイを連れてきたんですか?」
「可能性を考慮した結果ね。この前の北階段に現われた黒い影、強力で凶悪なものがびんびんと伝わって来たじゃない? 単なる邪悪霊じゃないと思っていたわ」
「そうですか……」さとみはふと思い出したように言う。「その邪悪霊って、楓じゃないでしょうか……」
「あの性悪女? う~ん、どうだろう。そうは見えないわねぇ……」
「その言い方だと、何度か会っているように思えちゃいますけど」
「まあね」百合恵は言うと悪戯っぽい笑みを浮かべる。「ちょっと蓮っ葉な所がお互いに似ていてね。色々と世間話やら恋愛話やらをしているのよ。おかげで、結構穏やかになってきたようね。さとみちゃんを恨む気持ちも薄らいできたようよ」
「それなら良いんですけど……」さとみはほっとする。しかし、新たな疑問が起こる。「じゃあ、邪悪霊って、誰なんでしょうか……」
「そうね、それが問題だわ」百合恵は言ってグラウンドを見つめる。「何だか、周りより暗いわね……」
「姐さん、会長、行きましょう!」アイが張り切っている。「こんな闇に紛れているような臆病者は、きつい蹴りの一発で大人しくなりますよ」
アイは言うと右脚で蹴りを繰り出した。風を切る音が鋭い。スカートが少しめくれあがって純白の下着が一瞬覗いた。
「じゃあ、こっちに来てください」さとみは言うと先頭を行く。「あの木に隠れたフェンスの部分が壊れていて、グラウンドに入れるんです」
「あらあら……」百合恵はにやりと笑う。「遅刻しそうな時はそこから入って行くのかしら?」
「へへへ……」さとみはぺろっと舌を出す。しかし、すぐに真顔になる。「百合恵さん、今は緊張する場面なんです。調子狂っちゃうじゃないですかぁ」
「あら、ごめんなさい」百合恵は答える。「でもね、変に緊張していてもいけないわよ」
「そうなんでしょうけど……」
三人は壊れたフェンスの所からグラウンドに入った。
「たしかに暗いですね」アイは言いながら目を凝らす。「何にも見えないです……」
だが、百合恵には見えていた。眼下に青白い光を讃え、その中央に赤い鬼火の瞳を揺らめかせて立っている骸骨が、ぐったりと地に伏している虎之助の手首を握って立っている姿が。そして、骸骨から少し離れたところで、刀を地に突き立て、その柄を右手で握り締めつつ、右膝を突き、ほつれた髪を額に張り付かせたまま、肩を忙しなく上下させ、悔しそうに唇を噛みながら、骸骨を睨み付けているみつの姿が。
「これは凶悪ねぇ……」百合恵はつぶやく。「二人はここで待っていてちょうだい」
百合恵は言う。しかし、みつの状況はさとみにも見えている。走り出そうとするさとみを百合恵は抱きしめて身動きできないようにした。そして、耳元で囁く。
「……ここに居て。あいつはさとみちゃんを狙っているのよ。まずは様子を見なくちゃね」
百合恵はさとみを放す。さとみは不承不承だったがうなずいた。
百合恵はみつの側へと駈け寄った。骸骨はじっと成り行きを見ているようで、動かない。
「みつさん……」百合恵はみつの前にしゃがみ込む。「良く頑張ったわね」
「百合恵殿……」みつは自嘲的な笑みを浮かべる。「まだまだ修行が足りません…… 一太刀も浴びせられませんでした……」
「いいえ、それは違うわ」百合恵は言うとドレスの胸元に着けていたブローチを外す。「このブローチはちょっとしたお守りなのよ。悪霊には少しは効き目があるはず」
百合恵は言うと、ブローチを骸骨めがけて投げつけた。かつんとブローチが当たる音がした。骸骨は立ったままだ。
「どう? 何の変化も無いでしょ?」百合恵はみつに言う。「と言う事は、あれには何も憑いていないの。操られているだけなのよ。あれの中には何も無いのよ」
「そうでしたか……」みつは苦笑する。「道理で効き目が無いはずだ…… 危ない!」
みつは叫ぶと百合恵の前に飛び出した。骸骨が、虎之助を連れたまま、百合恵目がけて飛び掛かって来たからだ。骸骨は虎之助の手首を握っていない左手を振り上げ、憩いよく振り下ろす。みつが楯になったが、骸骨の左手はみつを通り抜けた。百合恵は咄嗟にグラウンドを転がった。振り下ろされた骸骨の左手はグラウンドにめり込んだ。百合恵は素早く立ち上がる。
「……うっ……」立ち上がる際に左足首をひねったようで、激痛が走り、座り込んでしまった。「しまった……」
豆蔵が現れた。石礫を撃つが通り抜けてしまう。竜二も現れた。竜二は虎之助の上に乗った。少しは重さで動きを押さえられると思ったのだろう。しかし、骸骨は何も持っていないかのように竜二ごと引きずって、座り込んでいる百合恵に近寄ってくる。百合恵は立ち上がろうとするが、激痛が走って再び座り込んでしまった。
つづく
「出入りぃ?」さとみが驚いた顔で百合恵を見る。「百合恵さん、アイにどんな事を言ったんですか?」
「ふふふ……」百合恵は楽しそうだ。「大した違いはないんじゃない? さとみちゃんが呼び出しを受けたんだから」
「えっ! 何ですか、そりゃあ!」アイが笑い出した。「会長を呼び出すなんて、身の程知らずも良い所ですね。わたしがギッタンギッタンにグッチャングッチャンにしてやりますよ」
「ははは……」
さとみは笑ってごまかすしかなかった。
車は学校の近くに止まった。皆が車を降りる。グラウンドが見えている。
「ほう…… 学校の近くじゃないですか」アイがにやりと笑う。「と言う事は、他所の学校のヤツらって事ですか? ははは、返り討ちにしてやりますよ!」
「あのさ……」
さとみは勘違いをしているアイに、どう話したらよいのか、考えあぐねていた。と、豆蔵がすっと現れた。深刻な表情で百合恵に話しかけている。百合恵はうなずいて聞いている。豆蔵が姿を消した。
「さとみちゃん」百合恵が言う。その表情に笑みは無かった。「豆蔵の話だと、みつさん、苦戦しているようだわ」
「生身に憑いた霊を斬る修行はしていると言っていたんですけど……」
「効いていないようね」百合恵が苦々しげに言う。「きっと、その骸骨には霊が憑りついたんじゃなくて、霊に操られているのね。豆蔵の礫も効かないようだわ」
「じゃあ……」
「ええ。直接攻撃しかないわ」
「それで、アイを連れてきたんですか?」
「可能性を考慮した結果ね。この前の北階段に現われた黒い影、強力で凶悪なものがびんびんと伝わって来たじゃない? 単なる邪悪霊じゃないと思っていたわ」
「そうですか……」さとみはふと思い出したように言う。「その邪悪霊って、楓じゃないでしょうか……」
「あの性悪女? う~ん、どうだろう。そうは見えないわねぇ……」
「その言い方だと、何度か会っているように思えちゃいますけど」
「まあね」百合恵は言うと悪戯っぽい笑みを浮かべる。「ちょっと蓮っ葉な所がお互いに似ていてね。色々と世間話やら恋愛話やらをしているのよ。おかげで、結構穏やかになってきたようね。さとみちゃんを恨む気持ちも薄らいできたようよ」
「それなら良いんですけど……」さとみはほっとする。しかし、新たな疑問が起こる。「じゃあ、邪悪霊って、誰なんでしょうか……」
「そうね、それが問題だわ」百合恵は言ってグラウンドを見つめる。「何だか、周りより暗いわね……」
「姐さん、会長、行きましょう!」アイが張り切っている。「こんな闇に紛れているような臆病者は、きつい蹴りの一発で大人しくなりますよ」
アイは言うと右脚で蹴りを繰り出した。風を切る音が鋭い。スカートが少しめくれあがって純白の下着が一瞬覗いた。
「じゃあ、こっちに来てください」さとみは言うと先頭を行く。「あの木に隠れたフェンスの部分が壊れていて、グラウンドに入れるんです」
「あらあら……」百合恵はにやりと笑う。「遅刻しそうな時はそこから入って行くのかしら?」
「へへへ……」さとみはぺろっと舌を出す。しかし、すぐに真顔になる。「百合恵さん、今は緊張する場面なんです。調子狂っちゃうじゃないですかぁ」
「あら、ごめんなさい」百合恵は答える。「でもね、変に緊張していてもいけないわよ」
「そうなんでしょうけど……」
三人は壊れたフェンスの所からグラウンドに入った。
「たしかに暗いですね」アイは言いながら目を凝らす。「何にも見えないです……」
だが、百合恵には見えていた。眼下に青白い光を讃え、その中央に赤い鬼火の瞳を揺らめかせて立っている骸骨が、ぐったりと地に伏している虎之助の手首を握って立っている姿が。そして、骸骨から少し離れたところで、刀を地に突き立て、その柄を右手で握り締めつつ、右膝を突き、ほつれた髪を額に張り付かせたまま、肩を忙しなく上下させ、悔しそうに唇を噛みながら、骸骨を睨み付けているみつの姿が。
「これは凶悪ねぇ……」百合恵はつぶやく。「二人はここで待っていてちょうだい」
百合恵は言う。しかし、みつの状況はさとみにも見えている。走り出そうとするさとみを百合恵は抱きしめて身動きできないようにした。そして、耳元で囁く。
「……ここに居て。あいつはさとみちゃんを狙っているのよ。まずは様子を見なくちゃね」
百合恵はさとみを放す。さとみは不承不承だったがうなずいた。
百合恵はみつの側へと駈け寄った。骸骨はじっと成り行きを見ているようで、動かない。
「みつさん……」百合恵はみつの前にしゃがみ込む。「良く頑張ったわね」
「百合恵殿……」みつは自嘲的な笑みを浮かべる。「まだまだ修行が足りません…… 一太刀も浴びせられませんでした……」
「いいえ、それは違うわ」百合恵は言うとドレスの胸元に着けていたブローチを外す。「このブローチはちょっとしたお守りなのよ。悪霊には少しは効き目があるはず」
百合恵は言うと、ブローチを骸骨めがけて投げつけた。かつんとブローチが当たる音がした。骸骨は立ったままだ。
「どう? 何の変化も無いでしょ?」百合恵はみつに言う。「と言う事は、あれには何も憑いていないの。操られているだけなのよ。あれの中には何も無いのよ」
「そうでしたか……」みつは苦笑する。「道理で効き目が無いはずだ…… 危ない!」
みつは叫ぶと百合恵の前に飛び出した。骸骨が、虎之助を連れたまま、百合恵目がけて飛び掛かって来たからだ。骸骨は虎之助の手首を握っていない左手を振り上げ、憩いよく振り下ろす。みつが楯になったが、骸骨の左手はみつを通り抜けた。百合恵は咄嗟にグラウンドを転がった。振り下ろされた骸骨の左手はグラウンドにめり込んだ。百合恵は素早く立ち上がる。
「……うっ……」立ち上がる際に左足首をひねったようで、激痛が走り、座り込んでしまった。「しまった……」
豆蔵が現れた。石礫を撃つが通り抜けてしまう。竜二も現れた。竜二は虎之助の上に乗った。少しは重さで動きを押さえられると思ったのだろう。しかし、骸骨は何も持っていないかのように竜二ごと引きずって、座り込んでいる百合恵に近寄ってくる。百合恵は立ち上がろうとするが、激痛が走って再び座り込んでしまった。
つづく
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