「おい、百合恵姐さんに何をふざけた事をしてやがるんだ! この着ぐるみ野郎!」
そう怒鳴りながら走って来たのはアイだった。アイには、骸骨の着ぐるみを着た変な野郎が、百合恵に襲い掛かろうとしているように見えたのだ。
「くたばれ!」
アイは声を荒げると、右脚で骸骨の左側頭部を蹴りつけた。硬いブーツで蹴られ、鈍い音がして骸骨はグラウンドを転がった。その際に骸骨は虎之助の手首を放した。骸骨は動かなくなった。豆蔵はアイのスカートの中が覗ける位置にいたので、顔を赤くしている。みつは立ち上がり刀を鞘に納めた。竜二は恐る恐る顔を上げ周囲を見回す。虎之助は竜二の下でまだ気を失っている。竜二は慌てて虎之助から離れた。
「百合恵姐さん! 大丈夫ですか?」アイが百合恵の前に膝を突く。「立てますか?」
「ありがとうね、アイちゃん。……ちょっと左の足首をひねっちゃったわ……」
「そりゃあ、大変だ……」
「大丈夫、動けないほどじゃないから……」
「肩につかまって下さい」
アイは百合恵に言う。百合恵はアイに縋りながら立ち上がった。何とか立っていられた。百合恵はアイから手を離し、何度か左足でグラウンドを踏みつける。痛みは弱くなっている。
「……これなら、大丈夫かな」百合恵はほっと安堵の息を吐く。「それにしても、アイちゃんの蹴りって、凄いのね」
「いえ、そんな事は無いですよ……」アイは照れくさそうに答える。「姐さんには敵いませんよ」
「それで、さとみちゃんは?」
「あ、忘れていました。百合恵姐さんの一大事だったんで、つい、かっとなっちゃって……」
「でもそれで良かったわ。あいつ、さとみちゃんを狙っているようだったから」
「そうですか。ふざけた野郎だ!」
アイは毒づきながら骸骨の方へと向かった。着ぐるみ野郎をひっぺがして素顔を見てやろうと思ったのだ。
「……何だ、これは?」アイは足元にはばらばらになって瓦礫の様になった骨の部品が散らばっている。「……着ぐるみ野郎じゃない……」
横倒しになっていたしゃれこうべの下顎が、いきなりかたかたと音を立てて動き始めた。
「どんな仕掛けになってやがるんだ?」
アイは怪訝な表情でそれを見ている。
「……寒い、寒い……」
しゃれこうべは低い声でそう言うと、起き上がった。
「何だ、お前はぁ!」
アイは声を荒げると、蹴りを放った。が、しゃれこうべはふわっと浮き上がり、アイの蹴りをかわした。しゃれこうべはそのまま浮き上がり、アイの顔の前で漂い始めた。すると、ばらばらに散っていた骨が浮き上がり、しゃれこうべの下に集まり始めた。そして、骸骨に戻った。
「な……」
アイは驚愕し目を丸く見開いた。骸骨は左手を右斜め上に振り上げると、甲でアイの左頬を叩いた。それほど強そうには見えなかったが、アイは弾かれたように飛ぶとグラウンドを転がった。スカートがまくれ上がった。
「アイちゃん!」
百合恵が叫ぶ。アイは動かない。気を失ってしまっていた。骸骨は百合恵に顔を向けた。眼窩が青白く光り、赤い鬼火の瞳が生じた。
「……小娘を呼べ」骸骨はそう言うと、百合恵に向かって歩く。「小娘を……」
「あら、ずいぶんとお気に入りのようね」百合恵が小馬鹿にしたように言う。「愛の告白でもするつもり?」
「小娘を……」骸骨は百合恵の言葉を取り合わない。「小娘を呼べ!」
骸骨が声を強めると、グラウンドの表に強い風が起こった。土埃が百合恵に向かって吹きつける。百合恵は両手で口と鼻を押さえた。
「こらあ! 何やってんのよう!」
さとみがてこてこと走って来ながら怒鳴る。
「さとみちゃん! 来ちゃダメよ!」百合恵がさとみに向かって言う。「こいつ、さとみちゃんを狙っているわ!」
「小娘ぇぇ!」
骸骨は叫ぶとさとみにからだを向けた。鬼火の瞳が大きく揺れる。さとみは立ち止まる。
「何よう! わたし、あなたに何かした?」さとみが骸骨に向かって文句を言う。「言ってみなさいよう!」
骸骨はさとみに向かって走り出した。
「さとみちゃん! 逃げて!」
百合恵が叫ぶ。
さとみは駈け出した。背後ではがちゃがちゃと駈け寄ってくる骸骨の音がする。
「あいつ、風通しが、良いから、速いんだわ!」
と、急に前の方に骸骨が現れた。さとみの頭上を飛び越えたのだ。
「きゃっ!」
さとみは悲鳴を上げて尻餅をついた。骸骨の赤い鬼火がさとみを見つめている。
「小娘……」
骸骨はゆっくりとさとみに近づく。近づきながら右腕をさとみに向けて伸ばしてくる。
「さとみちゃん!」
百合恵が叫ぶが、さとみは魅入られたように動かず、伸ばされる右腕を見ている。さとみの顔の前で右手が広げられた。
と、突然、さとみの前から骸骨が消えた。代わりにアイが立っている。さとみは我に返ったような顔になって立ち上がった。
「アイ……」
「わたしですよ、さとみ殿」アイから発せられたのはみつの声だった。「気を失ったアイ殿のおからだをお借りしました。少々恥ずかしい恰好ですが、動きやすい」
アイは麗子と同様に霊が憑きやすい体質だった。以前にもみつはアイのからだを使っている。
離れた所に骸骨が瓦礫の様に散らばっていた。
「ヤツが生身なら、わたしもと思いまして」みつは言いながら右脚で幾度か蹴りを繰り出して見せた。満足そうにうなずく。「アイ殿は少しは鍛えているようです。……さあ、わたしが相手をしているうちにお逃げ下さい」
「でも……」
さとみが躊躇していると、瓦礫が再び骸骨になった。骸骨はゆっくりと近づいて来る。
「あれじゃ、埒が明かないわ!」
「しかし、他に手はないのです!」
みつは言うと、骸骨に突進して行く。
つづく
そう怒鳴りながら走って来たのはアイだった。アイには、骸骨の着ぐるみを着た変な野郎が、百合恵に襲い掛かろうとしているように見えたのだ。
「くたばれ!」
アイは声を荒げると、右脚で骸骨の左側頭部を蹴りつけた。硬いブーツで蹴られ、鈍い音がして骸骨はグラウンドを転がった。その際に骸骨は虎之助の手首を放した。骸骨は動かなくなった。豆蔵はアイのスカートの中が覗ける位置にいたので、顔を赤くしている。みつは立ち上がり刀を鞘に納めた。竜二は恐る恐る顔を上げ周囲を見回す。虎之助は竜二の下でまだ気を失っている。竜二は慌てて虎之助から離れた。
「百合恵姐さん! 大丈夫ですか?」アイが百合恵の前に膝を突く。「立てますか?」
「ありがとうね、アイちゃん。……ちょっと左の足首をひねっちゃったわ……」
「そりゃあ、大変だ……」
「大丈夫、動けないほどじゃないから……」
「肩につかまって下さい」
アイは百合恵に言う。百合恵はアイに縋りながら立ち上がった。何とか立っていられた。百合恵はアイから手を離し、何度か左足でグラウンドを踏みつける。痛みは弱くなっている。
「……これなら、大丈夫かな」百合恵はほっと安堵の息を吐く。「それにしても、アイちゃんの蹴りって、凄いのね」
「いえ、そんな事は無いですよ……」アイは照れくさそうに答える。「姐さんには敵いませんよ」
「それで、さとみちゃんは?」
「あ、忘れていました。百合恵姐さんの一大事だったんで、つい、かっとなっちゃって……」
「でもそれで良かったわ。あいつ、さとみちゃんを狙っているようだったから」
「そうですか。ふざけた野郎だ!」
アイは毒づきながら骸骨の方へと向かった。着ぐるみ野郎をひっぺがして素顔を見てやろうと思ったのだ。
「……何だ、これは?」アイは足元にはばらばらになって瓦礫の様になった骨の部品が散らばっている。「……着ぐるみ野郎じゃない……」
横倒しになっていたしゃれこうべの下顎が、いきなりかたかたと音を立てて動き始めた。
「どんな仕掛けになってやがるんだ?」
アイは怪訝な表情でそれを見ている。
「……寒い、寒い……」
しゃれこうべは低い声でそう言うと、起き上がった。
「何だ、お前はぁ!」
アイは声を荒げると、蹴りを放った。が、しゃれこうべはふわっと浮き上がり、アイの蹴りをかわした。しゃれこうべはそのまま浮き上がり、アイの顔の前で漂い始めた。すると、ばらばらに散っていた骨が浮き上がり、しゃれこうべの下に集まり始めた。そして、骸骨に戻った。
「な……」
アイは驚愕し目を丸く見開いた。骸骨は左手を右斜め上に振り上げると、甲でアイの左頬を叩いた。それほど強そうには見えなかったが、アイは弾かれたように飛ぶとグラウンドを転がった。スカートがまくれ上がった。
「アイちゃん!」
百合恵が叫ぶ。アイは動かない。気を失ってしまっていた。骸骨は百合恵に顔を向けた。眼窩が青白く光り、赤い鬼火の瞳が生じた。
「……小娘を呼べ」骸骨はそう言うと、百合恵に向かって歩く。「小娘を……」
「あら、ずいぶんとお気に入りのようね」百合恵が小馬鹿にしたように言う。「愛の告白でもするつもり?」
「小娘を……」骸骨は百合恵の言葉を取り合わない。「小娘を呼べ!」
骸骨が声を強めると、グラウンドの表に強い風が起こった。土埃が百合恵に向かって吹きつける。百合恵は両手で口と鼻を押さえた。
「こらあ! 何やってんのよう!」
さとみがてこてこと走って来ながら怒鳴る。
「さとみちゃん! 来ちゃダメよ!」百合恵がさとみに向かって言う。「こいつ、さとみちゃんを狙っているわ!」
「小娘ぇぇ!」
骸骨は叫ぶとさとみにからだを向けた。鬼火の瞳が大きく揺れる。さとみは立ち止まる。
「何よう! わたし、あなたに何かした?」さとみが骸骨に向かって文句を言う。「言ってみなさいよう!」
骸骨はさとみに向かって走り出した。
「さとみちゃん! 逃げて!」
百合恵が叫ぶ。
さとみは駈け出した。背後ではがちゃがちゃと駈け寄ってくる骸骨の音がする。
「あいつ、風通しが、良いから、速いんだわ!」
と、急に前の方に骸骨が現れた。さとみの頭上を飛び越えたのだ。
「きゃっ!」
さとみは悲鳴を上げて尻餅をついた。骸骨の赤い鬼火がさとみを見つめている。
「小娘……」
骸骨はゆっくりとさとみに近づく。近づきながら右腕をさとみに向けて伸ばしてくる。
「さとみちゃん!」
百合恵が叫ぶが、さとみは魅入られたように動かず、伸ばされる右腕を見ている。さとみの顔の前で右手が広げられた。
と、突然、さとみの前から骸骨が消えた。代わりにアイが立っている。さとみは我に返ったような顔になって立ち上がった。
「アイ……」
「わたしですよ、さとみ殿」アイから発せられたのはみつの声だった。「気を失ったアイ殿のおからだをお借りしました。少々恥ずかしい恰好ですが、動きやすい」
アイは麗子と同様に霊が憑きやすい体質だった。以前にもみつはアイのからだを使っている。
離れた所に骸骨が瓦礫の様に散らばっていた。
「ヤツが生身なら、わたしもと思いまして」みつは言いながら右脚で幾度か蹴りを繰り出して見せた。満足そうにうなずく。「アイ殿は少しは鍛えているようです。……さあ、わたしが相手をしているうちにお逃げ下さい」
「でも……」
さとみが躊躇していると、瓦礫が再び骸骨になった。骸骨はゆっくりと近づいて来る。
「あれじゃ、埒が明かないわ!」
「しかし、他に手はないのです!」
みつは言うと、骸骨に突進して行く。
つづく
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