メキドベレンカにしがみつかれたままのジャンセンは、困惑の表情をジェシルに向ける。
「……ジャンセン、あなたに助けを求めているようよ……」マーベラがジャンセンを見ながらジェシルに言う。「どうするの?」
「そうねぇ……」ジェシルもジャンセンを見ながらマーベラに気う。「わたしは恋愛なんて全く分からないわ。わたし個人としてはさっさと戻って、コルンディたちを罰してやりたいんだけど…… マーベラならどうする?」
「わたし? ……わたしもさっさと戻って、熱いお風呂に浸かりたいわ」
「あ、それも良いわね!」
ジェシルとマーベラはくすくすと笑い合う。
「姉さん、そしてジェシルさん!」
割って入って来たのはトランだ。憤慨した表情を二人に交互に向ける。
「何よ、トラン? そんな怖い顔しちゃって?」
「そうよ、トラン君。可愛い顔が台無しよ」
マーベラトジェシルはからかう様に言うと、また、くすくすと笑う。
「二人とも、メキドベレンカさんの気持ちって分かんないんですか!」トランは真剣な表情だ。「彼女は、自分の全てを投げ出してジャンセンさんに告白をしたんですよ!」
「全てって……」マーベラが呆れたように言う。「そんな事したって、無理じゃないの? 歴史が変わってしまうわ」
「実際、ジャンが困っているじゃない?」ジェシルは諭すように言う。「ジャンだって、そこの所は分かっているはずよ」
「お二人は、彼女の涙を見ても、そんな風に平然としていられるんですか!」トランは語気を強める。「彼女だって、ジャンセンさんに付いてはいけないと分かっているはずです。分かっていても一緒に居たいんです」
「そんな事、言ったって……」マーベラが言う。「それに、わたしたちは未来から来たわけだから……」
「姉さん……」トランは大きなため息をつく。「彼女は、ジャンセンさんを伝達者として認識しているんだ。つまり、ぼくたちを別の領域、つまりは神の領域から来たと理解しているんだよ。ジェシルさんをアーロンテイシアとして、姉さんをデスゴンとして。そして、ぼくとジャンセンさんはそれぞれの伝達者として……」
「じゃあ、その誤解を正してあげないといけないわね」マーベラが言うって、ジェシルを見る。「ジェシル、ジャンセンに言って、真実を伝えてもらってよ」
「ダメだよ、姉さん」トランが即座に否定する。「ぼくたちがはるか未来から来たなんて言ったら、それこそ歴史がおかしくなるんじゃないか?」
「そうかしら?」
「民から見たら、神だと偽っていたって事になるんだよ?」トランが言う。「当然、民たちは騙したなって憤慨する。攻撃をかけて来るだろう。応戦するのかい? 民を滅ぼすのかい? そんな事したら、歴史が変わってしまうよ? 逆にぼくたちがやられたら、それはそれで歴史が変わってしまうだろう?」
「そうだけど……」マーベラは答えに窮する。「……じゃあ、どうすれば良いって言うのよ!」
「開き直られても、ぼくだってどうしたら良いのか分からないよ……」
「じゃあさ……」ジェシルは言うと、マスケード博士を見る。「考古学界の重鎮の博士に教えてもらいましょうよ」
皆の視線がマスケード博士に集まる。
「博士、ご教示を」トランが真剣な眼差しを向ける。「ご存じの知識の中で、神の領域の者との恋愛に関するものをお示しください!」
「そうですわ、博士」マーベラも真剣になる。「神話とか、風習とか、そう言うもので何かありませんでしょうか? ……わたしたちはいわゆるお宝集めが中心ですので、その方面は詳しくないんです」
博士は無言で皆の顔を見回す。
蓄積された知識のページを次々と繰り、然るべき箇所を探している学者の顔だった。皆の期待が高まって行く。
「……諸君……」
博士は口を開いた。その声は重々しく威厳がある。皆は固唾を呑んで次の言葉を待つ。
「……」博士はその場に膝を突いた。「すまん。わしは恋愛と言うものにはさっぱりでな…… 気を惑わせるものと思っておってな、敢えてその方面の知識を入れておらんかったのだ。……だから、全く役には立てない……」
「……そうですか…… でも、何となくそんな気もしてましたから……」
トランはため息をつく。マーベラもジェシルもうなずく。皆、薄々は察していたようだ。
「じゃあ、どうするのよう……」ジェシルはつぶやく。「連れては行けないのは決定事項って事だけど……」
そこでマーベラは、はっとする。不安そうな表情をジェシルに向ける。
「まさか、ジャンセン、ここに残るなんて言い出すんじゃないわよね……」
「マーベラ、そんな事無いわよ。ジャンだってそれがどう言う事は分かっているはずじゃない?」ジェシルは言うと、ジャンセンを見る。「……分かっているはずよねぇ……」
ジャンセンの両手が、メキドベレンカの両肩にそっと優しく置かれた。
つづく
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