お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 88

2024年11月02日 | メキドベレンカ

「……あっ!」
 ジャンセンはわれに返り、慌ててメキドベレンカから身を離し、すっと立ち上がった。
「ごめんなさい! つい、うっかり……」ジャンセンはぼりぼりと頭を掻きながらメキドベレンカに言う。「何だか感激しちゃって……」
「……いいえ、構いません」メキドベレンカは笑みながらゆっくりと立ち上がる。「ジャンセン様のお気持ち、しかと感じました……」
「女性に告白されたのも初めてだし、こんなに信頼されたのも初めてだし……」
 メキドベレンカは右の人差し指を立て、それをそっとジャンセンの唇に当てた。驚いたジャンセンは半開きの口のままで動きが止まった。
「ジャンセン様」メキドベレンカは指をそのままにして続ける。「言い訳なんかなさらないでくださいまし…… あなた様のお気持ちは十分に伝わっておりますわ」

 マスケード博士は何度もうなずきながら「……時代を超え、種族を超え、心を分かち合う姿、なんと素晴らしくも美しい光景だ」と言い、ジャンセンとメキドベレンカを、優しい笑顔を浮かべながら見ている。
 そのすぐそばでは、ジェシルに抑えつけられたマーベラが「ジャンセン、ジャンセン、ジャンセン……」と繰り返し言いながら、絶望したように泣いている。
 ジェシルはマーベラの泣く声にうんざりした表情を浮かべ、向こうにいるジャンセンとメキドベレンカに「あなたたちのせいよ!」とぶつぶつ言いながら悪態をついてみせる。
 トランは「……ぼくだって……」とつぶやき、鋭い眼差しをメキドベレンカに送っている。

「ジャンセン様……」
 メキドベレンカは言うと、ジャンセンの唇から指を離した。ジャンセンはしばらくぽうっとしていたが、我に返った。目の前のメキドベレンカは微笑んでいる。
「……なんだい?」
 ジャンセンもメキドベレンカにつられて微笑む。
 不意にメキドベレンカが真顔になった。ジャンセンもつられて真顔になる。
「ジャンセン様」メキドベレンカは目を閉じ、深呼吸をする。それからゆっくりと目を開けた。「……もう、お戻りになられませ……」
「え?」
「もう、ここでは為す事はございませんのでしょう?」
「いや、そんな事は……」
「いいえ、分かっております」
 メキドベレンカは視線を地に落とす。
「もう少しこの時代や地域を調べてもいいかなって思っているんだけど……」
 ジャンセンの言葉にメキドベレンカは顔を上げる。
「わたくしの我儘が、ジャンセン様を困らせてしまったのですね……」
 メキドベレンカは悲しそうな表情になる。
「そんな事はないよ。ぼくも嬉しかったし……」
 ジャンセンは言うと笑顔をメキドベレンカに向ける。
「ジャンセン様、またそんなお優しい言葉をおかけ下さって……」
 メキドベレンカはまた顔を伏せる。
「いや、何度でも言うけど、偽らざるぼくの心だよ」
「わたくしがあんな我儘を言い出さなければよかったのですわ……」メキドベレンカは悲しそうに笑む。「……でも、どうしても抑えられませんでした」
「ボクだって、どこかで君を意識していたから声をかけたんだと思う……」
 ジャンセンが両手を伸ばす。メキドベレンカはそっと後ろへ下がる。
「ジャンセン様とわたくしとは、生きる時代も場所も、何もかもが違い過ぎていると思います。共に居る事は決して良い事ではありません」
「そんな事は……」
「いいえ、ジャンセン様が一番お分かりではありませんの?」
 メキドベレンカは真っ直ぐにジャンセンを見つめる。ジャンセンは伸ばした両手を下げる。
「全ては、わたくしの我儘が起こした事ですわ。……しかも、まじないまでも使ってご迷惑をかけて……」
「それだけ君の気持が真剣だったって事だよ。ぼくは迷惑だなんてちっとも思っていないよ」
「その優しさが、わたくしの心を乱すのですわ」メキドベレンカは目に涙を溜める。「ジャンセン様はお仲間の方々とご自分の時代へ、世界へとお戻りにならなければならない。それは分かっているのです! ……分かっているのですけど、ジャンセン様のお優しさを前にするとその思いが乱れるのです」
「メキドベレンカ……」
「自分から言い出しておいて、こんな事になるなんて、全く愚か者の極みですわね……」
 メキドベレンカはジャンセンに背を向けた。
「ジャンセン様、どうかお戻りください。それが正しい事ですわ。馬鹿な我儘女に絡まれたとお笑いくださいまし……」メキドベレンカの肩が、声が震えている。「わたくしも自分の居場所へ戻ります……」
 ジャンセンはメキドベレンカの背を見つめる。
 ……確かに、どちらか一方がもう一方の世界に居続けると、歴史的な問題が生じてしまう。考古学者としては避けるべきだ。でも、感情的には難しい。こんなにぼくに好意、いや、愛を示してくれる女性がいるなんて。でも、メキドベレンカは本気だ。本気で自分の行いを愚行にして終わりにしようとしている。でも、ぼくは応じるべきなのか……
 ジャンセンはしばらく黙って立っていた。やがて、目を閉じ、自身に言い聞かせるように大きくうなずいた。それから目を開け、背を向けたメキドベレンカを優しい眼差しで見る。
「……分かったよ、メキドベレンカ」ジャンセンは声をかける。「ぼくを見てくれないか?」
 メキドベレンカは向き直る。

 

つづく


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