翌朝早くから男衆が集まっていた。
昨夜遅く泣きながら帰ってきた兵太に起こされた両親が、途切れ途切れの兵太の話を聞き、驚いて松次の家に向かい事情を話した。話を聞いた松次の親が、まだ陽の明けぬ時刻だったが、村の長の所に行って、松次が猫どもに荒れ寺に引きずり込まれたので助け出したいと訴えた。長はすぐに近在の男衆を集めた。仁吉の家にも知らせが来て、仁吉の父親が出て行った。
騒ぎで起きてしまった仁吉が外に出てみると、男衆が話をしているところだった。兵太は兵太の父親の隣で、泣きながら立っていた。
「……ねえねえ、何があったの?」気がつくと、おみよが仁吉の隣に立っていた。おみよは不安そうだ。「兵太さんは泣いてるし、おっちゃんたちはなんか怖い顔してるし……」
「そうだな。でもオレにも分かんねえ……」
仁吉は答えた。……そう言えば、松次の姿が無い。まさか、兵太と一緒に寺に行ったのか? 本当に行ったのか? そこで何かあったのか? 仁吉も不安になった。
「……そこで、皆の衆よ」長が話し始めた。「兵太の話じゃ、松次はあの荒れ寺に、猫どもに引きずり込まれたんだそうじゃ」
「そんなの、子供の作り話だわ!」一人が吐き捨てるように言った。「大人をからかっておるだけじゃ!」
「ちがう!」兵太は叫んだ。「オレだって、猫どもに睨みつけられたんだ!」
「変な夢でも見たんじゃないのか?」別の者が言う。「子供らは、いつもあの寺の近くで遊んでおるからな」
「じゃあ、松次はどうなったって言うんだよう!」兵太は言い返す。「松次はどうなったって言うんだよう!」
「生意気こくな!」兵太の父親が兵太に拳骨を食らわせた。「そもそも、夜中に家を抜け出すっちゅうのが悪いんじゃろうが!」
仁吉は兵太の所に駈け寄った。
「兵太、お前たち、本当に寺に行ったのか!」
「……ああ…… 何も聞こえないし何も見えないから、門の方へ回って入ってみようって松次が言って…… オレ、帰ろうって言ったんだけど……」
「松次は言い出したら聞かないからな」
「そうしたらよう、猫どもがよう、いっぱい松次に飛び掛かってよう、着物を咥えながら寺ん中へ引っ張ってったんだ……」
その時の光景を思い出したのか、兵太はまた泣き出した。
「まったく、何だって、あんな寺へ!」仁吉の父親がつぶやく。「何にも無い、おんぼろ寺だぞ」
「違うぞ、父ちゃん!」仁吉が言った。「オレたち、物知りおじじに寺の事を聞いたんだ。寺がおんぼろになったのは、立派なご住職が亡くなって、その後誰も来なかったからだって。そして、そのご住職がしろって名づけた猫を飼ってた事や、行き倒れたじい様や、亡くなったばあ様を……」
「やめんか!」長が怒鳴った。仁吉を睨み付けている。「その話はやめるんじゃ!」
「話をやめたって、あった出来事は変わらないじゃないか。それに、猫が増えたのも、それとつながりがあるかもしれんだろ」
「……まったく、あのおしゃべりおじじめが!」長は忌々しそうに吐き捨てる。「だがな、今はあんな愚かしい事はしておらん」
「でも、猫は減ってないし、松次は猫に引っ張り込まれたんだぞ。何かあるに違いないんだ!」
「仁吉! 何を偉そうにぬかしおるかあ!」長が仁吉を叱った。「おめえのような子供は、あっちへ行ってろ!」
仁吉はむっとした顔で長を見つめ、泣いている兵太の手を引いて歩き出した。そして、ぽつんと立っているおみよの所へ向かった。
つづく
昨夜遅く泣きながら帰ってきた兵太に起こされた両親が、途切れ途切れの兵太の話を聞き、驚いて松次の家に向かい事情を話した。話を聞いた松次の親が、まだ陽の明けぬ時刻だったが、村の長の所に行って、松次が猫どもに荒れ寺に引きずり込まれたので助け出したいと訴えた。長はすぐに近在の男衆を集めた。仁吉の家にも知らせが来て、仁吉の父親が出て行った。
騒ぎで起きてしまった仁吉が外に出てみると、男衆が話をしているところだった。兵太は兵太の父親の隣で、泣きながら立っていた。
「……ねえねえ、何があったの?」気がつくと、おみよが仁吉の隣に立っていた。おみよは不安そうだ。「兵太さんは泣いてるし、おっちゃんたちはなんか怖い顔してるし……」
「そうだな。でもオレにも分かんねえ……」
仁吉は答えた。……そう言えば、松次の姿が無い。まさか、兵太と一緒に寺に行ったのか? 本当に行ったのか? そこで何かあったのか? 仁吉も不安になった。
「……そこで、皆の衆よ」長が話し始めた。「兵太の話じゃ、松次はあの荒れ寺に、猫どもに引きずり込まれたんだそうじゃ」
「そんなの、子供の作り話だわ!」一人が吐き捨てるように言った。「大人をからかっておるだけじゃ!」
「ちがう!」兵太は叫んだ。「オレだって、猫どもに睨みつけられたんだ!」
「変な夢でも見たんじゃないのか?」別の者が言う。「子供らは、いつもあの寺の近くで遊んでおるからな」
「じゃあ、松次はどうなったって言うんだよう!」兵太は言い返す。「松次はどうなったって言うんだよう!」
「生意気こくな!」兵太の父親が兵太に拳骨を食らわせた。「そもそも、夜中に家を抜け出すっちゅうのが悪いんじゃろうが!」
仁吉は兵太の所に駈け寄った。
「兵太、お前たち、本当に寺に行ったのか!」
「……ああ…… 何も聞こえないし何も見えないから、門の方へ回って入ってみようって松次が言って…… オレ、帰ろうって言ったんだけど……」
「松次は言い出したら聞かないからな」
「そうしたらよう、猫どもがよう、いっぱい松次に飛び掛かってよう、着物を咥えながら寺ん中へ引っ張ってったんだ……」
その時の光景を思い出したのか、兵太はまた泣き出した。
「まったく、何だって、あんな寺へ!」仁吉の父親がつぶやく。「何にも無い、おんぼろ寺だぞ」
「違うぞ、父ちゃん!」仁吉が言った。「オレたち、物知りおじじに寺の事を聞いたんだ。寺がおんぼろになったのは、立派なご住職が亡くなって、その後誰も来なかったからだって。そして、そのご住職がしろって名づけた猫を飼ってた事や、行き倒れたじい様や、亡くなったばあ様を……」
「やめんか!」長が怒鳴った。仁吉を睨み付けている。「その話はやめるんじゃ!」
「話をやめたって、あった出来事は変わらないじゃないか。それに、猫が増えたのも、それとつながりがあるかもしれんだろ」
「……まったく、あのおしゃべりおじじめが!」長は忌々しそうに吐き捨てる。「だがな、今はあんな愚かしい事はしておらん」
「でも、猫は減ってないし、松次は猫に引っ張り込まれたんだぞ。何かあるに違いないんだ!」
「仁吉! 何を偉そうにぬかしおるかあ!」長が仁吉を叱った。「おめえのような子供は、あっちへ行ってろ!」
仁吉はむっとした顔で長を見つめ、泣いている兵太の手を引いて歩き出した。そして、ぽつんと立っているおみよの所へ向かった。
つづく
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