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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 192

2020年11月24日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「コーイチ、入るぞ」
 綺羅姫はコーイチの返事を待たず、コーイチの部屋の障子戸を開けた。部屋の真ん中にコーイチは座っている。寄り目になっている所を見ると、本当に何かを考えているようだ。姫はそんなコーイチに構う事無く部屋に入ると、コーイチの正面にどっかりと座った。部屋が狭く見える。
「コーイチ」姫はコーイチの顔をじっと見る。コーイチはまだ寄り目になっている。「これ、コーイチ!」
「え? ああ……」姫の強めの声で、コーイチは我に返った。「これは、姫様…… じゃなかった、綺羅さん。いつの間にここへ?」
「何をとぼけた事を申しているのじゃ」姫は呆れたように言う。しかし、すぐに興味津々な表情になる。「……ところで、何をそんなに寄り目にして考えておったのじゃ? 腰元たちの話では、これからの事とか?」
「はい、そうです……」コーイチは、じっと姫の顔を見つめる。「ボク、決心したことがあるんです」
「ほう…… 決心とな。それはまた大げさな事じゃな」そう言いながら、心なしか、姫の頬がうっすらと赤らんでいる。「さあ、その決心とやらを申してみよ」
「それは……」コーイチは真っ直ぐに姫を見る。「それはですね……」
「ええい、勿体をつける出ない! さっさと申すのじゃ!」
「綺羅さんを……」
「待て!」姫はコーイチの顔の前に手の平をかざし、話を止めた。「その『綺羅さん』は止めい」
「だって、姫様って言うと怒るじゃないですか。だからと言って、『綺羅』なんて呼び捨ては、やっぱり出来ないですし……」
「わたくしは構わぬ」
「ボクが構うんですよ。女性を呼び捨てなんて。まだ夫婦でもないのに……」
「ははは、時間の問題じゃろう」
「え?」
「……まあ良い!」姫の頬が先ほどより赤くなる。それが恥かしいのか、姫はぷいっと横を向いた。「……じゃあ、仕方がないのう。『姫』と呼ぶ事を許す」
「はあ、じゃあ、姫と呼ばせてもらいます……」コーイチは横を向いた姫に言う。そして、軽く咳払いをした。「……では、ボクの決心ですけど、姫を元に戻すと言う事です」
「何と?」姫は口をあんぐりと開けてコーイチに顔を向けた。頬の赤みが消し飛んだ。「これからの事とは、婚儀の事ではなかったのか?」
「そうではありません」コーイチはきっぱりと言う。「腰元さんたちから伺いましたが、姫は、上の二人のお姉さんたちに負けないくらい美しかったそうじゃないですか。それなのに、お姉さんたちの結婚が決まった頃から、今の様になったとか……」
「ふん! 左様な事、コーイチの与かるところではないわ!」姫はむっとした顔になる。「わたくしは、姉たちのように、家の道具とは為りとうは無いのじゃ!」
「それが問題なのですよ!」コーイチは言う。その勢いに姫は驚いた。「良いですか? 姫は好むと好まざるとに関わらず、姫なんです。姫には大きな責任があるんです。この内田の家はもちろん、お城に勤めている方々、この地に住んで生活している人たち、そう言う皆さんを守って行く責任です」
「そんな事、どうでも良いのじゃ!」姫はばんと畳を叩く。「何故わたくしがそのような事を担わねばならぬのじゃ? 堅苦しく詰まらぬ事じゃ! よいか、姉様たちは決して望んだ婚儀ではなかったのじゃ。姉様たちは、それぞれの家へ嫁ぐ前の夜、『行きとうない、行きとうない』と泣き明かしたのじゃ。それもこれも、こんなちっぽけな家や領地を守るためじゃ。こんなもの誰ぞにくれてやれば良いのじゃ!」
「でも……」
「父上は子を何と思っておるのか!」姫はまた畳をばんと叩く。「先程、父上に呼ばれたが、何の話をされたと思う? 久々の対面であったのに、『綺羅よ、婿は杉田家の弥三郎にせよ。あの家もこれから手を結んでおいて損はない』との話を切り出されたのじゃぞ! ふざけるな! 一度も会った事の無い、それこそ、わたくしからすればどこぞの馬の骨じゃ! それにな、杉田家を推しておるのは、家老の塚本のクソ爺いじゃ! 父上に強要しておるのじゃ! あの爺いも、わたくしを道具としてしか見ておらぬ!」
「でも、家老さんも家の安泰を第一に考えているからこそで……」
「だから、こんなちっぽけな家など、姉様の家のどちらかに、あるいは仲良く半分ずつに分けてしまえば良いのじゃ!」
「そんな事、姫の一存で決める事じゃないだろうが!」コーイチもばんと畳を叩く。コーイチの口調が変わった。そう気が付いた姫はコーイチを見る。初めて見る真剣な顔のコーイチだった。「良いかい? 姫だって内田の家を自分のために混乱させようとしている。自分は家の都合で使われる道具だって言うけど、姫だって家を道具にしているじゃないか。自分の都合を優先させてさ」
「それは違う!」姫は畳を叩く。「わたくしはいつでも姫を辞めることが出来る。じゃがな、家は辞められぬ。それがイヤなのじゃ! いつまでも道具なのが、イヤなのじゃ。だから大食いをし甘い物を食べまくり、道具として使い物にならぬような容姿にしたのじゃ! なのに、家の方針は全く変わらぬ…… 何故じゃ? 他所から、父上や塚本の爺いが好むような夫婦(めおと)を入れて内田を継がせれば良いではないか…… わたくしは、イヤじゃ! イヤじゃ、イヤじゃ……」
 「イヤじゃ、イヤじゃ」と繰り返しながら姫は顔を伏せた。肩が震える。小さい嗚咽が漏れてくる。
「姫……」泣きじゃくる姫にコーイチの声がかかる。「そこまで思っていたんだね…… ボクも言い過ぎたようです。ごめんなさい……」
 姫は顔を上げた。コーイチは優しい顔つきになっていた。コーイチはぺこりと頭を下げた。
「コーイチ!」すんすんと鼻を鳴らし、頬を伝う涙を乱暴に手で拭いながら、姫は言う。「……無闇に頭を下げるなと申したではないか!」
「あ、そうでしたね……」コーイチは言って、頭をぽりぽりと掻いた。「すみません……」
「ふん、コーイチは仕方のないヤツじゃな……」姫は言うが、怒った顔ではなかった。「……コーイチの言いたい事は分かった。わたくしも家を道具にして我儘を止めよと申すのじゃな?」
「まあ、そんなところです……」
「道具にするのを止めるのなら、無理にこのような姿をしておかなくても良いの申すのだな?」
「まあ、そう言う事もあります……」
「ふむ、元のわたくしか……」姫はつぶやく。「なるほど……」
「お分かり頂けたでしょうか?」
「良く分かったぞ」姫はにやりと笑う。「本当のわたくしをコーイチに見せ、コーイチがわたくしを好きになれば良いと言う事じゃな」
「え? いえ、そうじゃ無くって……」コーイチは慌てる。「ボクの説明が足りなかったのかなぁ……」
「コーイチ……」姫は言うと、すっと立ち上がった。「わたくしの泣く姿を見たのはお前だけじゃ。裸を見られるよりも恥しい事じゃ。……この責任は大きいぞえ……」
 そう言うと、姫はじろりとコーイチを見つめ、あたふたするコーイチを置いて部屋から出て行った。


つづく




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