その日から、姫は実行し始めた。いわゆる、ダイエット作戦だ。
ダイエット作戦を始めて数日が経った。コーイチは一人ぶらぶらと城内を散歩していた。綺羅姫は平屋にこもったまま姿を現わさず、何となく居辛くなったからだった。コーイチを見かけた腰元二人が駆け寄ってきた。
「……コーイチさん」腰元の松がコーイチに詰め寄る。「近頃、姫様のお召し上がりが、すっかり無くなっているのです。食材を調達する係の者が、どうしたのか、御病気なのかと、心配をしておるのです」
「そうです。しかも、そればかりではありませぬ」同じく腰元の竹も詰め寄る。「ここの所、用を仰せになるのも姫様のお部屋の障子戸越しで、お姿をお見せになりませぬ……」
「そうそう」松がうなずく。「戸を開けようと致しますと『コーイチの言う通りにしておるのじゃ、邪魔を致すな!』と叱られました」
「そうなんですか……」コーイチは困った顔をする。「やっぱり、言い方が悪かったのかなぁ……」
「何とおっしゃったのでございます?」松が聞く。コーイチの困った顔に松の目が妖しく光る。「おっしゃった事如何によっては、コーイチさんのお命が……」
「そうそう……」竹の目も妖しく光る。「下手を致しますと『首とんとん』となりますわ……」
「そんなぁ……」
コーイチはさらに困った顔になる。腰元二人はそんなコーイチを見ながら、互いを肘で突つきあって、含み笑いをしている。
「ボクはただ……」コーイチは頭をぽりぽりと掻く。「元の姿に戻ったら、考え方も良い方へ向かうんじゃないかって考えたんですよ……」
「元のお姿って……」松が呆れたようにつぶやく。「昔のお美しいお姿と言う事でしょうか?」
「はい。もちろん、ボクは見た事がありませんがね。家の道具になるのがイヤだと言って、わざと今の容姿になったと言っていましたから……」
「それで、姫様に入れ知恵をなさったと……」
「そんな、ボクが悪者みたいじゃないですかぁ……」
コーイチは冗談めかして言ったが、二人は笑わない。
「……万が一、姫様に何かございましたら、冗談ではすみませんわ!」松は厳しい表情になった。「急な食断ちはからだに毒でございましてよ」
「左様でございますわ」竹も厳しい表情になる。「ある日、お声をお掛けしても返事が無く、障子戸を開けると、すっかりと痩せ細った姫様の亡骸がぽつんと淋しくお部屋の真ん中で倒れていたなんて次第になったら……」
「間違いなく、獄門磔、さらには晒し首、死体は焼かれて骨は粉々にされ、皆に踏みつけにされますでしょうね。そうなれば、もちろんわたしたちも踏みつけに加わらせて頂きます」
「えええぇ……」コーイチは青い顔になる。「どうしよう……」
うなりながら頭を抱え込んでいるコーイチを見ながら、松と竹は顔を見合わせて、にやりと妖しい笑みを浮かべ合う。これくらいで勘弁して差し上げましょう、二人の表情からはそう読み取れた。
「まあ、そう心配をなさりますな……」松がコーイチに言う。優しい笑顔を見せている。「姫様は武家の娘でございますよ」
「そうそう」竹も笑顔を見せながら言う。「姫様は性根が座っておられます。こうとお決めになったら、万難を排して成し遂げますわ」
「……じゃあ」コーイチは二人の笑顔を見る。「姫は亡骸にはならないと……」
「はい、それは請け負いますわ」松がうなずく。「姫様も良くお考えになった上での事でしょうから」
「姫様は元のお姿をコーイチさんにお見せしたいと御思いなのでございますわ」竹もうなずく。「武家の意地でございます」
「そうですか……」コーイチはほっと息をつく。「良かった……」
「でも……」松が意地悪そうに言う。「最悪の事態は想定しておきませんと……」
「そうそう……」竹も意地悪そうにうなずく。「何事にも対応しておくのが仕える者の務めです故……」
「ははは……」
コーイチは力無く笑った。粉々になった自分が風に舞っていずれかへ行ってしまう様子を思い浮かべていた。
「……ボク、姫に言って、止めさせます!」コーイチは踵を返した。「ボクが間違っていたって言って……」
「それはもう無理です」松がぴしゃりと言う。「姫様は一途なお方でございます。こうとお決めになったら曲げる事は致しません。此度の食断ちも、お止めにはなりますまい」
「まさに左様でございますわ」竹はうなずく。「姫様の御決心は揺るぎませんわ」
「決心ですか……」コーイチはごくりと喉を鳴らした。「確か『本当のわたくしをコーイチに見せ、コーイチがわたくしを好きになれば良いと言う事じゃな』なんて言っていましたが……」
「ほうら、やっぱり! 姫様は、コーイチさんに元のお姿をお見せしたいと御思いなのでございますわ! ……ああ、どうしましょう!」
竹は言うと両手で自分の頬を挟んで、きゃあきゃあ言いながら飛び跳ねだした。
「まあ、竹さん、はしたない」松は言うが、竹の様子を微笑みながら見ている。しかし、すぐに真顔にな.ってコーイチに振り返る。「姫様がそう御決心なさっておいでと分かれば、わたしたちは全力でお支えする所存。当然、コーイチさんにもお手伝い頂きます」
「……ボクは、何をすれば良いんですか……」
「先ずは、姫様の平屋を出て頂きます。そして、お城にいらした時に入ったあの離れに移って頂きます」
「あの、じゃあ、食事は?」コーイチが情けなさそうに言う。「ボク、あそこの台所で何とかご飯を炊いて食べていたんですが……」
「まあ! 姫様が食断ちなさっているその隣で料理をされていたのですか!」竹は飛び跳ねるのを止め、じろりとコーイチを見た。「何と、罪深き事を……」
「とにかく、コーイチさんはこれからお移り頂きます。食事は城から運びますわ」
腰元二人はコーイチを間に挟んで腕を取ると歩き始めた。思いの外、強い力にコーイチは逆らえなかった。振りかえると、姫の居る平屋が見えた。母屋は、この晴れた空の下に建っているのに、ひっそりとしていた。
つづく
ダイエット作戦を始めて数日が経った。コーイチは一人ぶらぶらと城内を散歩していた。綺羅姫は平屋にこもったまま姿を現わさず、何となく居辛くなったからだった。コーイチを見かけた腰元二人が駆け寄ってきた。
「……コーイチさん」腰元の松がコーイチに詰め寄る。「近頃、姫様のお召し上がりが、すっかり無くなっているのです。食材を調達する係の者が、どうしたのか、御病気なのかと、心配をしておるのです」
「そうです。しかも、そればかりではありませぬ」同じく腰元の竹も詰め寄る。「ここの所、用を仰せになるのも姫様のお部屋の障子戸越しで、お姿をお見せになりませぬ……」
「そうそう」松がうなずく。「戸を開けようと致しますと『コーイチの言う通りにしておるのじゃ、邪魔を致すな!』と叱られました」
「そうなんですか……」コーイチは困った顔をする。「やっぱり、言い方が悪かったのかなぁ……」
「何とおっしゃったのでございます?」松が聞く。コーイチの困った顔に松の目が妖しく光る。「おっしゃった事如何によっては、コーイチさんのお命が……」
「そうそう……」竹の目も妖しく光る。「下手を致しますと『首とんとん』となりますわ……」
「そんなぁ……」
コーイチはさらに困った顔になる。腰元二人はそんなコーイチを見ながら、互いを肘で突つきあって、含み笑いをしている。
「ボクはただ……」コーイチは頭をぽりぽりと掻く。「元の姿に戻ったら、考え方も良い方へ向かうんじゃないかって考えたんですよ……」
「元のお姿って……」松が呆れたようにつぶやく。「昔のお美しいお姿と言う事でしょうか?」
「はい。もちろん、ボクは見た事がありませんがね。家の道具になるのがイヤだと言って、わざと今の容姿になったと言っていましたから……」
「それで、姫様に入れ知恵をなさったと……」
「そんな、ボクが悪者みたいじゃないですかぁ……」
コーイチは冗談めかして言ったが、二人は笑わない。
「……万が一、姫様に何かございましたら、冗談ではすみませんわ!」松は厳しい表情になった。「急な食断ちはからだに毒でございましてよ」
「左様でございますわ」竹も厳しい表情になる。「ある日、お声をお掛けしても返事が無く、障子戸を開けると、すっかりと痩せ細った姫様の亡骸がぽつんと淋しくお部屋の真ん中で倒れていたなんて次第になったら……」
「間違いなく、獄門磔、さらには晒し首、死体は焼かれて骨は粉々にされ、皆に踏みつけにされますでしょうね。そうなれば、もちろんわたしたちも踏みつけに加わらせて頂きます」
「えええぇ……」コーイチは青い顔になる。「どうしよう……」
うなりながら頭を抱え込んでいるコーイチを見ながら、松と竹は顔を見合わせて、にやりと妖しい笑みを浮かべ合う。これくらいで勘弁して差し上げましょう、二人の表情からはそう読み取れた。
「まあ、そう心配をなさりますな……」松がコーイチに言う。優しい笑顔を見せている。「姫様は武家の娘でございますよ」
「そうそう」竹も笑顔を見せながら言う。「姫様は性根が座っておられます。こうとお決めになったら、万難を排して成し遂げますわ」
「……じゃあ」コーイチは二人の笑顔を見る。「姫は亡骸にはならないと……」
「はい、それは請け負いますわ」松がうなずく。「姫様も良くお考えになった上での事でしょうから」
「姫様は元のお姿をコーイチさんにお見せしたいと御思いなのでございますわ」竹もうなずく。「武家の意地でございます」
「そうですか……」コーイチはほっと息をつく。「良かった……」
「でも……」松が意地悪そうに言う。「最悪の事態は想定しておきませんと……」
「そうそう……」竹も意地悪そうにうなずく。「何事にも対応しておくのが仕える者の務めです故……」
「ははは……」
コーイチは力無く笑った。粉々になった自分が風に舞っていずれかへ行ってしまう様子を思い浮かべていた。
「……ボク、姫に言って、止めさせます!」コーイチは踵を返した。「ボクが間違っていたって言って……」
「それはもう無理です」松がぴしゃりと言う。「姫様は一途なお方でございます。こうとお決めになったら曲げる事は致しません。此度の食断ちも、お止めにはなりますまい」
「まさに左様でございますわ」竹はうなずく。「姫様の御決心は揺るぎませんわ」
「決心ですか……」コーイチはごくりと喉を鳴らした。「確か『本当のわたくしをコーイチに見せ、コーイチがわたくしを好きになれば良いと言う事じゃな』なんて言っていましたが……」
「ほうら、やっぱり! 姫様は、コーイチさんに元のお姿をお見せしたいと御思いなのでございますわ! ……ああ、どうしましょう!」
竹は言うと両手で自分の頬を挟んで、きゃあきゃあ言いながら飛び跳ねだした。
「まあ、竹さん、はしたない」松は言うが、竹の様子を微笑みながら見ている。しかし、すぐに真顔にな.ってコーイチに振り返る。「姫様がそう御決心なさっておいでと分かれば、わたしたちは全力でお支えする所存。当然、コーイチさんにもお手伝い頂きます」
「……ボクは、何をすれば良いんですか……」
「先ずは、姫様の平屋を出て頂きます。そして、お城にいらした時に入ったあの離れに移って頂きます」
「あの、じゃあ、食事は?」コーイチが情けなさそうに言う。「ボク、あそこの台所で何とかご飯を炊いて食べていたんですが……」
「まあ! 姫様が食断ちなさっているその隣で料理をされていたのですか!」竹は飛び跳ねるのを止め、じろりとコーイチを見た。「何と、罪深き事を……」
「とにかく、コーイチさんはこれからお移り頂きます。食事は城から運びますわ」
腰元二人はコーイチを間に挟んで腕を取ると歩き始めた。思いの外、強い力にコーイチは逆らえなかった。振りかえると、姫の居る平屋が見えた。母屋は、この晴れた空の下に建っているのに、ひっそりとしていた。
つづく
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