夜、校門前に皆が集まっていた。女子たちは両手に幾つもの紙袋を持ち、肩からはスポーツバッグを提げている。皆彩は違うが、長袖のTシャツにジーンズ姿だった。明だけ学校ジャージだった。不良娘たちは明を見て小馬鹿にしたように笑った。明の父親が「学校関係の事なんだから学校ジャージで十分だ! 言うこと聞かないのなら行かせない!」と言ったからだ。母親は「お父さんはお前を心配して言っているんだよ」とおなじみのセリフしか言わなかった。腹が立ったが文句は言えなかった。
きゃあきゃあ言いながら笑っている女子たちは全く気が付いていないようだが、校門前の街灯がちかちかと明滅を繰り返している。それを見て、何となくイヤな気持になっているのは明だけのようだった。
「おい、へっぽこ……」はるみが明を異邦人を見るような目で見ている。「巡回が終わったら、先生の所へ行くってのに、手ぶらってのはどう言うわけだ?」
他の連中も同じような目で明を見ている。やっぱり目的は、お泊り会なんだ…… 明はため息をついた。
「別に、男は準備なんていらないんですよ」明は作り笑いを浮かべてはるみに答えた。「その辺にごろ寝すりゃあいいんで……」
「え? お風呂に入んないのか?」桂子が驚いたように言う。「汚ねえなあ……」
「良いじゃん、文枝がしっかり洗ってやれば」千草が笑う。「あ、その前に、文枝だけで風呂のお湯が溢れて無くなっちゃうか」
「何だとう!」文枝が怒鳴り、不意にきょろきょろとあたりを見回す仕草をした。「あれえ? 声が聞こえたけど誰が言ってんだ? あ、千草だったか。小さすぎて気が付かなかったよ」
「ふざけんな!」千草が殺気立つ。「デカデブのくせしやがって!」
「チビヒョロがうるせえんだよ!」文枝も殺気立つ。「潰すぞ!」
「まあまあ……」はるみが中に入る。「こうなったのは、手ぶらなへっぽこのせいだ。二人に謝んな」
「……」ものすごく理不尽だと思ったが、この場を収めるにはそれしかないと思い、明は文枝と千草に頭を下げた。「……すんませんでした……」
「良いんだよ、分かってくれたらさ」文枝がにこにこ顔になる。「これから気を付けてくよな」
「そうそう。へっぽこは周りの空気をもっと読まなきゃあ」千草はもっともらしくうなずいて見せる。「ま、これであたしたちは仲直りだけどな」
「良かったわ」くるみが言い、明の顔を見る。「それでなくても、へっぽこなんだから、注意してよね」
そこへ白木先生が現われた。黒のレザー仕様のジャンプスーツを着ていた。女子たちからわあっと歓声が上がった。
「あら、みんな準備万端ね。……へっぽこ君、来てくれたのは嬉しいけど、学校ジャージは、都合悪いわねえ。何かあったら、即身バレしちゃうじゃない」
「先生」くるみが言う。「へっぽこのお父さんが学校ジャージにするようにと言ったんだそうです」
「そう…… 気難しそうなお父さんねえ……」
「でも、わたしが迎えに行って『行くわよ!』って言ったら、ご両親ともにこにこ顔で『今夜、明をよろしく』って送り出してくれました」
「なんだ、そりゃ?」くるみの言葉に、はるみが呆れたように言う。「猛反対してたんじゃないのかよ?」
世間体を気にする父親と母親は、くるみの前で「物分かりの良い両親」を演じただけなんだ。
オレが一人で出かけようとしたら帰宅時間をうるさく指定し、帰ってからも、ねちねちくどくどと文句やら嫌味やらを言い続け、最後には「どうせお前は役には立たなかったんだろ?」と決めつけるはずだ。そして母親の決めゼリフ「お父さんはお前を心配して言っているんだよ」で締めくくられる。……本当に、くるみの所に行こうかな、ため息をつきながら明は思った。
「まあ良いわ。全員揃ったし」白木先生は言う。「じゃあ、荷物は私の車に載せて、それからちゃちゃっと出発しましょう」
先生のノリも軽い。やっぱりメインはお泊り会なのだ。この先生だったら、平気で酒やら何やらを振る舞いそうだ、と明は思った。先生の車(どこをどう見ても元族をやってましたという仕様だった。女子たちはまたわあっと歓声を上げる。くるみも一緒に歓声を上げていた)に荷物を載せると、先生がくるみを見た。
「さて、今日の軍師はくるみちゃんね。どう回るのか教えてもらおうかしら?」
「はい。えへん!」くるみは咳払いをする。「公園を中心にした半径二百メートル内は、警察が巡回しています。下手に出食わしちゃうと、帰るようにと指導されてしまいます。ですから、わたしたちはそれよりも外側を巡回すると良いと思います」
「では、そうしましょう。危ないかも知れないから、全員で回る事にしましょう」白木先生はにやりと笑って明を見る。「先頭は、唯一の男子、へっぽこ君ね」
「……はい、分かりました……」
明は最早、諦めの境地だった。
「大丈夫よ」くるみが言う。「わたしが後ろからナビしてあげるから、その通りに進んでくれれば良いわ」
「……分かった。ありがとな……」
「あれ? 何か不満?」
「いや、そんな事は無いさ」明は無理に笑顔で言ってから、ふと思いついた事を口にした。「あのさ…… 最初は猫だった。次は犬、それも大型犬だった。……じゃあ、今回は何だろう?」
「え?」
「段々と大きな物に移って行っているだろう?」明は続ける。「犬より大きな物って言うと……」
明の言葉に、皆顔を見合わせた。皆が何となく不安の面持ちになっている。
「まさか、人間なんて事、無いよな?」明は自分で言って、急に不安そうな顔になった。「なあ、くるみ。そんな事ないよな?」
「そうねぇ……」くるみは真剣な表情になる。「理屈で考えてみると、絶対無いとは言えないわ……」
「……じゃあさ、中止しようよ。そして、先生の所でお泊り会でもすればいいよ」
「ダメだ!」強い口調で言ったのは、はるみだった。「やると決めたことは必ずやる! これが筋を通すって事だろ? 男のくせに泣き言を言ってんじゃねえよ!」
「そうよ!」くるみもはるみに同調する。「大人数ならば平気よ。それに、人を襲うかもなんて、へっぽこの妄想だし」
「よし、じゃあ、出発! へっぽこ君、大丈夫よ、無茶はしないから」白木先生は楽しそうに言う。何かが起こる事を期待しているように見えた。「それじゃあ、さっきも言ったように、へっぽこ君が先頭を行ってちょうだい」
つづく
きゃあきゃあ言いながら笑っている女子たちは全く気が付いていないようだが、校門前の街灯がちかちかと明滅を繰り返している。それを見て、何となくイヤな気持になっているのは明だけのようだった。
「おい、へっぽこ……」はるみが明を異邦人を見るような目で見ている。「巡回が終わったら、先生の所へ行くってのに、手ぶらってのはどう言うわけだ?」
他の連中も同じような目で明を見ている。やっぱり目的は、お泊り会なんだ…… 明はため息をついた。
「別に、男は準備なんていらないんですよ」明は作り笑いを浮かべてはるみに答えた。「その辺にごろ寝すりゃあいいんで……」
「え? お風呂に入んないのか?」桂子が驚いたように言う。「汚ねえなあ……」
「良いじゃん、文枝がしっかり洗ってやれば」千草が笑う。「あ、その前に、文枝だけで風呂のお湯が溢れて無くなっちゃうか」
「何だとう!」文枝が怒鳴り、不意にきょろきょろとあたりを見回す仕草をした。「あれえ? 声が聞こえたけど誰が言ってんだ? あ、千草だったか。小さすぎて気が付かなかったよ」
「ふざけんな!」千草が殺気立つ。「デカデブのくせしやがって!」
「チビヒョロがうるせえんだよ!」文枝も殺気立つ。「潰すぞ!」
「まあまあ……」はるみが中に入る。「こうなったのは、手ぶらなへっぽこのせいだ。二人に謝んな」
「……」ものすごく理不尽だと思ったが、この場を収めるにはそれしかないと思い、明は文枝と千草に頭を下げた。「……すんませんでした……」
「良いんだよ、分かってくれたらさ」文枝がにこにこ顔になる。「これから気を付けてくよな」
「そうそう。へっぽこは周りの空気をもっと読まなきゃあ」千草はもっともらしくうなずいて見せる。「ま、これであたしたちは仲直りだけどな」
「良かったわ」くるみが言い、明の顔を見る。「それでなくても、へっぽこなんだから、注意してよね」
そこへ白木先生が現われた。黒のレザー仕様のジャンプスーツを着ていた。女子たちからわあっと歓声が上がった。
「あら、みんな準備万端ね。……へっぽこ君、来てくれたのは嬉しいけど、学校ジャージは、都合悪いわねえ。何かあったら、即身バレしちゃうじゃない」
「先生」くるみが言う。「へっぽこのお父さんが学校ジャージにするようにと言ったんだそうです」
「そう…… 気難しそうなお父さんねえ……」
「でも、わたしが迎えに行って『行くわよ!』って言ったら、ご両親ともにこにこ顔で『今夜、明をよろしく』って送り出してくれました」
「なんだ、そりゃ?」くるみの言葉に、はるみが呆れたように言う。「猛反対してたんじゃないのかよ?」
世間体を気にする父親と母親は、くるみの前で「物分かりの良い両親」を演じただけなんだ。
オレが一人で出かけようとしたら帰宅時間をうるさく指定し、帰ってからも、ねちねちくどくどと文句やら嫌味やらを言い続け、最後には「どうせお前は役には立たなかったんだろ?」と決めつけるはずだ。そして母親の決めゼリフ「お父さんはお前を心配して言っているんだよ」で締めくくられる。……本当に、くるみの所に行こうかな、ため息をつきながら明は思った。
「まあ良いわ。全員揃ったし」白木先生は言う。「じゃあ、荷物は私の車に載せて、それからちゃちゃっと出発しましょう」
先生のノリも軽い。やっぱりメインはお泊り会なのだ。この先生だったら、平気で酒やら何やらを振る舞いそうだ、と明は思った。先生の車(どこをどう見ても元族をやってましたという仕様だった。女子たちはまたわあっと歓声を上げる。くるみも一緒に歓声を上げていた)に荷物を載せると、先生がくるみを見た。
「さて、今日の軍師はくるみちゃんね。どう回るのか教えてもらおうかしら?」
「はい。えへん!」くるみは咳払いをする。「公園を中心にした半径二百メートル内は、警察が巡回しています。下手に出食わしちゃうと、帰るようにと指導されてしまいます。ですから、わたしたちはそれよりも外側を巡回すると良いと思います」
「では、そうしましょう。危ないかも知れないから、全員で回る事にしましょう」白木先生はにやりと笑って明を見る。「先頭は、唯一の男子、へっぽこ君ね」
「……はい、分かりました……」
明は最早、諦めの境地だった。
「大丈夫よ」くるみが言う。「わたしが後ろからナビしてあげるから、その通りに進んでくれれば良いわ」
「……分かった。ありがとな……」
「あれ? 何か不満?」
「いや、そんな事は無いさ」明は無理に笑顔で言ってから、ふと思いついた事を口にした。「あのさ…… 最初は猫だった。次は犬、それも大型犬だった。……じゃあ、今回は何だろう?」
「え?」
「段々と大きな物に移って行っているだろう?」明は続ける。「犬より大きな物って言うと……」
明の言葉に、皆顔を見合わせた。皆が何となく不安の面持ちになっている。
「まさか、人間なんて事、無いよな?」明は自分で言って、急に不安そうな顔になった。「なあ、くるみ。そんな事ないよな?」
「そうねぇ……」くるみは真剣な表情になる。「理屈で考えてみると、絶対無いとは言えないわ……」
「……じゃあさ、中止しようよ。そして、先生の所でお泊り会でもすればいいよ」
「ダメだ!」強い口調で言ったのは、はるみだった。「やると決めたことは必ずやる! これが筋を通すって事だろ? 男のくせに泣き言を言ってんじゃねえよ!」
「そうよ!」くるみもはるみに同調する。「大人数ならば平気よ。それに、人を襲うかもなんて、へっぽこの妄想だし」
「よし、じゃあ、出発! へっぽこ君、大丈夫よ、無茶はしないから」白木先生は楽しそうに言う。何かが起こる事を期待しているように見えた。「それじゃあ、さっきも言ったように、へっぽこ君が先頭を行ってちょうだい」
つづく
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