「さとみさあ、隣のクラスの伊藤亜紀って娘、知ってる?」
麗子がさとみに訊く。周りの事に疎いさとみは当然知らない。首を横に振る。
「え? 知らないの? 亜紀って他の学校の男子からも人気なのよ? 知らないのぉぉ?」麗子は完全に馬鹿にしている。「疎いにも程があるわよ」
「そんな事言われたって、知らないものは知らないもん!」さとみはぷっと頬を膨らませ、ジュースをすする。「……で、その亜紀さんがどうしたって言うのよ?」
「何を開き直っているのよ? 本当、さとみって、うんと小さい時からそうよねぇ。自分の関心の無い事は、目の前にあっても見えていないもんねぇ……」
「でもさ、関心のある事にはのめり込めるよ」さとみは自慢げに言う。「わたしって、広く浅くが出来ない女なの」
「女って……」麗子はぷっと吹き出す。「どう見たって、ポコちゃんじゃないの!」
さとみたちの横の通路を歩く子供が「あっ、ポコちゃん……」と、さとみを見てつぶやく。麗子は爆笑し、さとみはぷっと頬を膨らませる。
「……その亜紀がさあ」ひとしきり笑ってから麗子は続ける。「園芸部なのよ」
「園芸部?」
「そう。ほら、校庭の花壇、いつもきれいでしょ?」
「……そう、なんだ?」
「やっぱり、関心の無い事にはダメよねぇ、さとみってさ。もう少し周りを見なきゃ」
「それは良いからさ、園芸部がどうしたの?」
「ふん!」麗子は鼻を鳴らす。もっとぐちぐちと言いたかったようだ。「……園芸部は、校庭の花壇の手入れもやっているのよね」
「うん、それで?」
「花の植え替えの時期に、花壇を掘り返すらしいんだけど、その時にね……」
「その時に……?」
「ほら、なんて言うかさ……」麗子が何となく青褪める。「……板切れみたいなのが出てきたんだって」
「板切れ……?」
「うん……」麗子は言いにくそうだ。「三十センチくらいの長さで、薄っぺたかったんだって……」
「へぇ~……」さとみは麗子の言葉を待つ。しかし、麗子はじっとさとみの顔を見ているだけだった。さとみは焦れる。「で? それで?」
「それでって、何よ?」
「三十センチの薄っぺたい板切れが出た、それで、それがどうかしたのかって事よ」
「土まみれで、所々が腐っていて、何か字みたいなのが書かれていたみたいだって……」
「字?」
さとみがぐっと身を乗り出す。それに押されて、麗子は背凭れまで身を引く。
「うん……」麗子がさらに青褪める。「墨かなんかで書いてあったって。園芸部の先生は古そうなものだって言ってたって」
「何が書いてあったか聞いた?」
「ほぼ真っ黒だったし、腐りかけていてぼろぼろだったしで、分かんなかったって」
「園芸部の先生でもダメだったの?」
「高木先生、美術の先生だから……」
「それで、それをどうしたの?」
「美しくないって高木先生が言って、ごみにして捨てちゃったって……」
「そう……」
身を乗り出していたさとみは、背凭れに凭れた。
「何よう! そんなにがっかりする事無いじゃないのよう!」
麗子が文句を言う。しかし、さとみはそれを聞いていないようだ。
……ひょっとして、いや、絶対に、その板切れは封印だったんだわ。麗子の話じゃ、ぼろぼろだったって言うから、ほとんど封印がはがれかけいていたんだわ。それを、高木先生がとどめを刺したんだ…… さとみはため息をついた。
「麗子……」さとみが言う。「ありがとう、参考になったわ……」
さとみはふらっと立ち上がった。
「さとみ!」麗子も慌てて立ち上がる。「どうしたのよ?」
「うん、大丈夫よ」さとみが力なく笑む。「ありがとう」
さとみはてこてこと歩いて会計の前を通り過ぎた。
「あっ! ちょっとぉ! さとみぃ!」
麗子が大きな声で呼びかけたが、さとみは、そのまま店を出て行ってしまった。
「あんたの奢りだったんじゃないのぉ……」
麗子はテーブルのすっかり空になったストロベリージュースのグラスを見てつぶやいた。
つづく
麗子がさとみに訊く。周りの事に疎いさとみは当然知らない。首を横に振る。
「え? 知らないの? 亜紀って他の学校の男子からも人気なのよ? 知らないのぉぉ?」麗子は完全に馬鹿にしている。「疎いにも程があるわよ」
「そんな事言われたって、知らないものは知らないもん!」さとみはぷっと頬を膨らませ、ジュースをすする。「……で、その亜紀さんがどうしたって言うのよ?」
「何を開き直っているのよ? 本当、さとみって、うんと小さい時からそうよねぇ。自分の関心の無い事は、目の前にあっても見えていないもんねぇ……」
「でもさ、関心のある事にはのめり込めるよ」さとみは自慢げに言う。「わたしって、広く浅くが出来ない女なの」
「女って……」麗子はぷっと吹き出す。「どう見たって、ポコちゃんじゃないの!」
さとみたちの横の通路を歩く子供が「あっ、ポコちゃん……」と、さとみを見てつぶやく。麗子は爆笑し、さとみはぷっと頬を膨らませる。
「……その亜紀がさあ」ひとしきり笑ってから麗子は続ける。「園芸部なのよ」
「園芸部?」
「そう。ほら、校庭の花壇、いつもきれいでしょ?」
「……そう、なんだ?」
「やっぱり、関心の無い事にはダメよねぇ、さとみってさ。もう少し周りを見なきゃ」
「それは良いからさ、園芸部がどうしたの?」
「ふん!」麗子は鼻を鳴らす。もっとぐちぐちと言いたかったようだ。「……園芸部は、校庭の花壇の手入れもやっているのよね」
「うん、それで?」
「花の植え替えの時期に、花壇を掘り返すらしいんだけど、その時にね……」
「その時に……?」
「ほら、なんて言うかさ……」麗子が何となく青褪める。「……板切れみたいなのが出てきたんだって」
「板切れ……?」
「うん……」麗子は言いにくそうだ。「三十センチくらいの長さで、薄っぺたかったんだって……」
「へぇ~……」さとみは麗子の言葉を待つ。しかし、麗子はじっとさとみの顔を見ているだけだった。さとみは焦れる。「で? それで?」
「それでって、何よ?」
「三十センチの薄っぺたい板切れが出た、それで、それがどうかしたのかって事よ」
「土まみれで、所々が腐っていて、何か字みたいなのが書かれていたみたいだって……」
「字?」
さとみがぐっと身を乗り出す。それに押されて、麗子は背凭れまで身を引く。
「うん……」麗子がさらに青褪める。「墨かなんかで書いてあったって。園芸部の先生は古そうなものだって言ってたって」
「何が書いてあったか聞いた?」
「ほぼ真っ黒だったし、腐りかけていてぼろぼろだったしで、分かんなかったって」
「園芸部の先生でもダメだったの?」
「高木先生、美術の先生だから……」
「それで、それをどうしたの?」
「美しくないって高木先生が言って、ごみにして捨てちゃったって……」
「そう……」
身を乗り出していたさとみは、背凭れに凭れた。
「何よう! そんなにがっかりする事無いじゃないのよう!」
麗子が文句を言う。しかし、さとみはそれを聞いていないようだ。
……ひょっとして、いや、絶対に、その板切れは封印だったんだわ。麗子の話じゃ、ぼろぼろだったって言うから、ほとんど封印がはがれかけいていたんだわ。それを、高木先生がとどめを刺したんだ…… さとみはため息をついた。
「麗子……」さとみが言う。「ありがとう、参考になったわ……」
さとみはふらっと立ち上がった。
「さとみ!」麗子も慌てて立ち上がる。「どうしたのよ?」
「うん、大丈夫よ」さとみが力なく笑む。「ありがとう」
さとみはてこてこと歩いて会計の前を通り過ぎた。
「あっ! ちょっとぉ! さとみぃ!」
麗子が大きな声で呼びかけたが、さとみは、そのまま店を出て行ってしまった。
「あんたの奢りだったんじゃないのぉ……」
麗子はテーブルのすっかり空になったストロベリージュースのグラスを見てつぶやいた。
つづく
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