オレは物語の中に入ってしまった

　オレは物語の中に入ってしまった。
　入った物語はイソップの「ウサギとカメ」で、オレは「ウサギ」だった。
　寝たら負けるのを知っていたので、オレは黙々と走りゴール寸前まで行った。
「それじゃ話にならないだろう！」
　オレは作者にとっ捕まり、木の幹に縛りつけられ、カメのゴールを見せられた。


　オレは物語の中に入ってしまった。
　入った物語はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」で、オレは「ロミオ」だった。
　仮死になる薬を飲んだのを知っていたので、ジュリエットの目覚めを待って、二人で逃げ出そうとしていた。
「それじゃ話にならないだろう！」
　オレは登場人物たちにとっ捕まり、無理やり毒を飲まされてしまった。


　オレは物語の中に入ってしまった。
　入った物語はプルーストの「失われた時を求めて」で、オレは語り手の「私」だった。
　しかし、オレはこの物語を知らなかったので、ぼうっとたたずんでいた。
「それじゃ話にならないだろう！」
　オレは作者と登場人物たちにとっ捕まり、本の外へ放り出されてしまった。