お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

妖魔始末人 朧 妖介  31

2009年05月02日 | 朧 妖介(全87話完結)
 ベッドで寝ていたエリは両手首を悟に押さえつけられた。握りつぶされそうだった。
 エリはいつも寝室を明るくしたまま寝ていた。
「何だか、暗いとイヤな夢を見そうで・・・」エリは恥ずかしそうに言った。「でも、現実の方がイヤだったわ・・・」
 悟の寄せた顔には凄まじい笑みが浮かんでいた。逆光の中で浮かんだ笑い皺は、顔を縦に何本も貫いていた。人の笑みではなかった。悪意と狂気に身を任せ、それに浸りきった笑みだった。
 端の吊り上がった口から涎が溢れ、エリの顔に滴る。それは氷のように冷たく、また、生臭かった。あまりの臭いにエリは嘔吐した。悟は涎まみれの異様に長い舌を伸ばすとエリの吐いたものを舐め取り始めた。
「今思い出しても、ぞっとするわ。怖くって悲鳴も出せなかったわ」エリは言いながらカレーを頬張る。「お姉さんもカレー食べたら?」
 ・・・こんな話を聞かされて食べる事なんか出来ないわよう! 葉子は口の中に拡がって来た苦い味を必死に堪えていた。
「そのあと、信じられない事が起こったの!」
「もう十分、信じられない事が起こってるじゃない・・・」葉子は弱々しく言った。胃がむかむかしてきた。いやな汗が背筋を流れた。「だからもう良いわよ、話さなくても・・・」
「なーに言ってるのよ! 聞きたがったのはお姉さんじゃない!」
「・・・そうだけど・・・」
「わたし、押さえつけられたまま、パジャマを引き千切られたの」
「え?」葉子は呆れた顔で聞き返した。「・・・まさか、もう一人そこにいたの?」
「いないわ。父親一人だけだった。・・・あれはもう父親じゃなかったけどね」
「じゃあ・・・」葉子は、またいやな事を想像した。「まさか・・・」
「そう、その通り、腕が増えたのよ」
 悟の脇腹から左右にごわごわした毛で覆われた腕が伸び出していた。その腕がパジャマを引き裂き、剥き出しになったエリの腹を乱暴にまさぐっていた。湿った手の平が腹の上を這い回る。エリの全身に鳥肌が立った。腕は伸縮が自在なのか、エリの脚をもまさぐり始めた。エリは脚をばたつかせて抵抗した。
「その脚も別に生えて来た手で押さえられちゃったわ」エリは事も無げに言う。「そのうち、わたしの目の前にあった父親の顔が、ずるりと剥がれ落ちたの。その下には毛むくじゃらで、白目だけが光っている顔が現われたわ」
「・・・妖魔に取って代わられたわけね・・・」
「さすが、経験者ね!」
 深刻な葉子の言葉に対して、エリは言って笑った。・・・この娘、一体どう言う神経をしているんだろう。葉子はエリに妖魔以上の不気味さを感じた。
「もう、何が何だか分からなくなったわ。ただ、涙が溢れて止まらなくなった事だけは覚えているけど・・・」
「あら、その言い方じゃ、気を失ったみたいね」
「そうなの。わたしが覚えているのはそこまで。気がついた時には父親はいなくて、妖介がベッドの端に座って転寝をしていた」エリはにこりと笑ってみせた。「それが妖介との初対面ね」


      つづく



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