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妖魔始末人 朧 妖介 77

2010年05月09日 | 朧 妖介(全87話完結)
 葉子が歩き出した。歩くたびに赤い瘤が霧散し黒い靄となる。
 葉子は顔を上げ、エリを見つめた。締め付ける蔦を振り払おうともがいていたエリは、その顔を見て動きを止めた。金色の瞳がエリを捕らえていた。
「お姉さん・・・」エリの背筋に悪寒が走った。「妖介の言ってた力が目覚めたんだ・・・」
 葉子は、エリが放り出した『斬鬼丸』に目を向けた。木の棒となった『斬鬼丸』を赤い瘤が呑み込んで行く。葉子は呑み込んだ赤い瘤のそばに行く。片膝を付いてしゃがんだ。
 エリを捕らえている塔から、緑色の槍のようなものが左右三本ずつ突き出すと、勢いよく葉子に向かって伸びた。
「お姉さん!」
 エリは叫んだが、葉子は振り向きもしなかった。白い揺らめきが槍に向かって伸び出し霧散させた。
「すっごーい・・・」
 エリは呆れたようにつぶやいた。
 葉子は瘤の上に右の手の平を乗せた。幾層にもなっている瘤は霧散し続け、黒い靄を立て続ける。それに合わせて葉子の腕が沈んで行く。不意に葉子は腕を上げた。その手には『斬鬼丸』が握られていた。
 エリを捕らえていた塔が突然低くなった。エリの足が瘤の上に着くと、蔦の主を覆っていた瘤が剥がれる様に落ちて行った。エリは瘤と化している妖魔が、恐怖に襲われている事を感じ取っていた。恐怖すら快楽の妖魔が、心底怯えているのだ。
 エリの背後で、強烈な生臭い臭いが湧き起こった。肩越しに振り返ると、小柄で細い緑色をした妖魔が、白濁の目尻と涎を溢れさせている口角を吊り上げ、荒っぽく呼吸を繰り返していた。
「おい、妖魔!」エリが怒鳴った。「もうお前に勝目はないんだから、諦めてわたしを放しなさいよう!」
 妖魔は雄叫びを上げた。胴からさらに蔦を数本伸ばすと、動かせないエリの腕と脚に這わせ始めた。
「おい、馬鹿! 止めろ! 気持ち悪いんだよう!」それにかまわず、蔦はノースリーブの袖口や襟元、裾の中へと進入した。「いやだああ!」
 葉子は『斬鬼丸』を妖魔に向けた。白い刀身が真っ直ぐ伸びた。妖魔は捕らえているエリを刀身に向けた。刀身はエリに当たり、消えた。
 妖魔は息の漏れるような声で笑った。
 抵抗していたエリの動きが弱くなってきた。目をとろんとさせ、口が半開きになった。小さな吐息が漏れる。
「エリ!」
 葉子が叫んだ。その強い声は、衝撃波となってエリを直撃した。
「えっ? あ、わああ!」エリは我に返った。再び抵抗するようにからだを揺する。「ふざけるなあ! よくも嫁入り前の乙女を!」
 全身を這わせていた蔦が引っ込んだ。それと入れ替わりに、先端が鋭く尖った槍が数本伸び出し、エリの喉と胸と腹を捕らえた。
「うわっ、絶体絶命・・・」エリはつぶやいた。喉を捕らえていた槍の先が動いた。「・・・いたたたた! なんて事するのよう!」
 エリの喉から血が流れた。瘤どもが歓喜するように赤さを増した。
 形勢が逆転した。葉子が下手に動くと、エリが妖介のようになる事を示したからだ。
 しかし、葉子は無造作に『斬鬼丸』の白い刀身を立てた。


      つづく




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