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妖魔始末人 朧 妖介 80

2010年05月26日 | 朧 妖介(全87話完結)
 妖魔は雄叫びを上げた。その中には恐怖があった。
 葉子は足を止め、妖魔を睨む。金色の瞳がさらに濃くなる。
 妖魔は拡げていた槍全てを、葉子に向かって繰り出した。
 葉子の白い揺らめきが消え、瞳が黒に戻った。
 槍は肉に喰い込む音をいくつも立てながら、葉子の全身に突き刺さって行く。血が噴き出す。抵抗を示さない葉子に向かい、妖魔はさらに槍をからだから伸ばし、突き刺し続けた。
 葉子が妖魔の槍に包まれた。槍の隙間から血が溢れた。葉子の足元に血溜りが出来た。『斬鬼丸』の作る、白い円の動きが止まった。  
 妖魔は甲高い笑い声を上げた。幸久の顔が溶けるように崩れ落ち、つりあがった白濁の目を細めた、幾本も緑色の筋の浮いた、てらてらとした顔が現われた。
 妖魔は槍を抜き取り、自身のからだへと戻した。槍に付いた葉子の血で、妖魔が赤く染まった。
 幾つもの刺し傷から血を溢れさせている葉子が立っている。その血を求めるように、幾つかの赤い瘤が蠢き、葉子の足を伝い昇る。葉子は微動だにしなかった。瘤全体が歓喜に揺れた。
 不意に葉子は顔を上げ、その瞳を金色に光らせた。白い揺らめきも立ち昇る。足に纏わり付いた瘤が霧散した。
「・・・」血にまみれた顔の葉子が妖魔を見据えた。「わたしは自分が許せなかった。逃げ出そうとしたり、怯えたり、言い成りになったり・・・ そのせいで、わたしは取り返しのつかない事をしてしまった・・・」
 葉子は振り返って、妖介とエリの見た。涙が溢れていた。
「わたしは本当に馬鹿だった。わたしがしっかりしていれば、こんな事にはならなかった・・・」葉子は涙を手の甲で拭った。「だからせめて妖介やエリが感じた苦痛をわたしも受けなければならない。そう思ったから、お前の攻撃をあえて受けたのよ」
 揺らめきが強くなった。揺らめきに包まれた葉子の全身が白く輝いた。傷がゆっくりと癒えて行く。流れる血も消えて行く。傷一つない裸身が白い揺らめきを纏っている。
「もう、わたしを操る事はできないわ」葉子は妖魔に向かって歩を進める。「お前を始末してやる!」
 妖魔は雄叫びを上げた。それを合図に、妖魔の回りに赤い瘤の塔が幾つも生じ、守るように取り囲んだ。
 葉子は衝き立てていた『斬鬼丸』を掴み、引き抜く。白い円になった瘤どもが霧散した。葉子は切っ先を目の前の塔に向けた。刀身がさらに白く光り出す。
「邪魔をしないで」葉子は静かに言う。塔を形作った瘤どもが怯えて震えている。「今はお前達が相手ではないわ」
 突然、塔を突き破って、槍が数本飛び出してきた。葉子は咄嗟に『斬鬼丸』を振るった。しかし、槍は葉子を避け、後方へと伸びた。振り返った葉子の目に、エリのからだが葉子の頭上を飛び超える様が映った。
 葉子が視線を戻すと、槍で突き破られた塔は霧散していた。その代わりに串刺しにされたエリのからだがあった。意識の無いエリの手足が垂れ下がっている。目を見開いたままの表情は変わらない。妖魔が楯としたのだ。突き抜けた槍の先が葉子に向いている。そこに血は付いていなかった。妖魔は息の漏れる声で笑った。
「・・・」
 葉子の手にした『斬鬼丸』の刀身が消え、小刻みに震える。白い揺らめきが燃え上がるように激しくなった。妖魔を睨みつけた葉子の目全体が金色に強く輝き出した。
「この腐れ妖魔があああ!」
 葉子は怒りの任せて叫んだ。赤い瘤の空間が恐怖に竦み上がっている。妖魔は串刺しのエリを楯にして葉子に向けた。
 葉子は『斬鬼丸』の刀身を立てると、それを足元の瘤に突き立てた。
「くたばれ! 腐れ妖魔!」
 葉子は叫ぶと裂帛の気合を込めた。葉子から立ち上る揺らめきが『斬鬼丸』へと吸い込まれて行く。
 突き立てられた瘤が激しく揺れる。その余波が空間全体を揺らしている。エリを楯にした妖魔も揺れる足元のせいでふらついている。
 不意に妖魔が宙高く飛び上がった。

      つづく




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