店と店の間の隙間だった。縦にした空き缶ほどの幅だった。狭すぎる隙間には陽の光など当たりはしない。かえって、どんよりとした闇が滲み出してきているようだ。
「とっても不気味な感じ……」さとみの声が震えている。「本当にあそこにももちゃんが?」
「そう……」百合恵が大きくうなずく。「あそこにはここ一帯の総元締めみたいな地縛霊がいるのよ。とても邪悪な奴で、そのせいで碌でもない浮遊霊が集まってきちゃうのよ」
さとみは改めて周りを見た。気のせいか、さっきより霊体が増えている気がする。それに距離も近くなったようだし、イヤな感じも強まってきたようだ……
「一度あの隙間の前に立って、覗いてみたことがあるんだけど、暗闇の一番奥から、蒼白く燃えた血走った二つの目でじっと睨み返してきたわ……」百合恵の口元に自嘲的な笑みが浮かんだ。「さすがに恐ろしくなっちゃって、大慌てで立ち去ったわ」
「そんなに……」
「そう、そんなに凄い奴なのよ……」百合恵はじわじわと迫ってくる浮遊霊たちをうんざりした表情で見回した。「ももちゃんは、こんな配下の浮遊霊にたぶらかされて連れてこられ、地縛霊に囚われちゃったんじゃない? 豆蔵の話だと、凄い恰好をしていたようだから」
さとみはももの格好を思い出し、納得した。……しかも、記憶喪失だし。簡単に騙されて連れて行かれそうだわ…… さとみは、それに気づかずに眠りこけていた竜二に対して、腹を立てていた。……こんな大変なことになったって言うのに、どこへ行ってしまったのかしら! そもそも、竜二が霊体であることを忘れてしまったのが原因よ!
「ここに居ない霊体に文句を言っても始まらないわ。さとみちゃん」百合恵は言って、くわえていたタバコに火をつけた。「それよりも、どうする? 行ってみる? 無理はしないでね。やめるっていう選択肢だってあるのよ」
さとみはおでこをぴしゃぴしゃ叩きながら考えを纏めていた。
このまま放っておいたら、ももちゃんはどうなってしまうんだろう。須藤先生に憑いていた憎しみに満ちたマリッコさんみたいになっちゃうかしら? さとみは思い出して身震いをした。あんな目には遭わせてはいけない。でも……
さとみは問題の隙間を見た。滲み出てくる闇に邪悪さが増し加わっている。
あんなところに入って行ったら、ももちゃんみたいに囚われてしまうんじゃないだろうか? そうなったら、わたしのからだはどうなってしまうんだろう?
「嬢様……」背後で声がした。豆蔵だ。さとみが振り返ると、いつものように片膝をついてかしこまっている。「ちと場所を離れてしまいまして、申し訳ございません」
顔を上げた。不敵な笑みが浮かんでいる。
「ご心配なく。あっしも参ります。何かあれば、この豆蔵、全力でお守りいたします!」
言いながら、豆蔵はちらっと百合恵を見た。わたしより百合恵さんに強いところをアピールしているんだ、さとみは思った。
「豆蔵……」百合恵の顔に笑いはなかった。「ここの地縛霊と取り巻きの浮遊霊の凶悪さは洒落にならないわよ。本気でさとみちゃんを守ってね」
「へい!」豆蔵は立ち上がった。「では、嬢様、参りましょう!」
さとみは百合恵を見た。百合恵は大きくうなずいて見せた。さとみの霊体が体を抜け出した。
つづく
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「とっても不気味な感じ……」さとみの声が震えている。「本当にあそこにももちゃんが?」
「そう……」百合恵が大きくうなずく。「あそこにはここ一帯の総元締めみたいな地縛霊がいるのよ。とても邪悪な奴で、そのせいで碌でもない浮遊霊が集まってきちゃうのよ」
さとみは改めて周りを見た。気のせいか、さっきより霊体が増えている気がする。それに距離も近くなったようだし、イヤな感じも強まってきたようだ……
「一度あの隙間の前に立って、覗いてみたことがあるんだけど、暗闇の一番奥から、蒼白く燃えた血走った二つの目でじっと睨み返してきたわ……」百合恵の口元に自嘲的な笑みが浮かんだ。「さすがに恐ろしくなっちゃって、大慌てで立ち去ったわ」
「そんなに……」
「そう、そんなに凄い奴なのよ……」百合恵はじわじわと迫ってくる浮遊霊たちをうんざりした表情で見回した。「ももちゃんは、こんな配下の浮遊霊にたぶらかされて連れてこられ、地縛霊に囚われちゃったんじゃない? 豆蔵の話だと、凄い恰好をしていたようだから」
さとみはももの格好を思い出し、納得した。……しかも、記憶喪失だし。簡単に騙されて連れて行かれそうだわ…… さとみは、それに気づかずに眠りこけていた竜二に対して、腹を立てていた。……こんな大変なことになったって言うのに、どこへ行ってしまったのかしら! そもそも、竜二が霊体であることを忘れてしまったのが原因よ!
「ここに居ない霊体に文句を言っても始まらないわ。さとみちゃん」百合恵は言って、くわえていたタバコに火をつけた。「それよりも、どうする? 行ってみる? 無理はしないでね。やめるっていう選択肢だってあるのよ」
さとみはおでこをぴしゃぴしゃ叩きながら考えを纏めていた。
このまま放っておいたら、ももちゃんはどうなってしまうんだろう。須藤先生に憑いていた憎しみに満ちたマリッコさんみたいになっちゃうかしら? さとみは思い出して身震いをした。あんな目には遭わせてはいけない。でも……
さとみは問題の隙間を見た。滲み出てくる闇に邪悪さが増し加わっている。
あんなところに入って行ったら、ももちゃんみたいに囚われてしまうんじゃないだろうか? そうなったら、わたしのからだはどうなってしまうんだろう?
「嬢様……」背後で声がした。豆蔵だ。さとみが振り返ると、いつものように片膝をついてかしこまっている。「ちと場所を離れてしまいまして、申し訳ございません」
顔を上げた。不敵な笑みが浮かんでいる。
「ご心配なく。あっしも参ります。何かあれば、この豆蔵、全力でお守りいたします!」
言いながら、豆蔵はちらっと百合恵を見た。わたしより百合恵さんに強いところをアピールしているんだ、さとみは思った。
「豆蔵……」百合恵の顔に笑いはなかった。「ここの地縛霊と取り巻きの浮遊霊の凶悪さは洒落にならないわよ。本気でさとみちゃんを守ってね」
「へい!」豆蔵は立ち上がった。「では、嬢様、参りましょう!」
さとみは百合恵を見た。百合恵は大きくうなずいて見せた。さとみの霊体が体を抜け出した。
つづく
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