「今度は何だ!」
課長は銃を構えている男の肩越しにドアを見ながら怒鳴った。
課長の視線につられ、コーイチもドアを見た。……何なんだ、こりゃあ……
ドアに浮かび上がってきた染みは、見る間に濃さを増し、丸い形に広がって行った。
「そんなに汚したら、掃除のおばちゃんが困るだろうが!」
課長はさらに怒鳴る。
と、丸くなった黒い染みが室内に向かってゆっくりと迫り出して来た。そして、それが黒いフードを被った頭だと分かった時には、黒いマントで覆われた上半身までが迫り出していた。
コーイチは再び壁に背を付けて立ちすくんでしまった。しかし、目はドアから抜け出してくるフードを被った黒マントの人物から離せなかった。喉がからからになった。鼓動が耳元で激しく鳴っていた。黒マントの人物がドアから完全に抜け出すと、銃を構えている男の横に並んだ。大柄な男よりも背が高かった。わずかに上下に揺れていた。
「ドアを開けずに入って来るとは、なんと非常識な!」
課長は黒マントの人物を指差して怒鳴った。
「しかも、ふらふらしやがって!」
コーイチはマントの人物の足元を見た。マントの裾が床に着いたり離れたりしている。しかし、靴らしきものは見えなかった。コーイチは壁を見た。朝日が反対の窓から差し込み、銃を持つ男の影を映していた。しかし、影はそれだけで、マントの人物は映っていなかった。
「それに、部屋に入ったら被り物くらい取るものだ!」
不意にマントの人物のフードが勝手に捲くれ、顔が露わになった。頭髪が一本も無く、べっとりと隈を作った落ち窪んだ両目と尖った鼻が目立つ、痩せこけた青白い顔の老人だった。
老人はマントの前を割って、むき出しになった細く青白い右腕を左下へと伸ばした。手が硬く握り締められた。突然、歯が一本も無い真っ赤な口を大きく開け、幾つもの動物の断末魔の叫びが入り混じったような叫びを上げた。コーイチは耳を覆いたかったが、金縛りにあったように身動きが出来なかった。
老人の顔と腕が白くなって行く。いや、白くなって行ったのではなく、顔が髑髏になり、腕が白骨になって行ったのだ。いつの間にか、手には所々少し曲がった長い木の棒が握られており、その先端には手入れの行き届いた大きな鎌が付いていた。
鎌が頭上高く振り上げられて停まった。マントの前が左右に割れた。腰から下がなく、上半身の骨格だけがふわふわと宙に浮かんでいた。尖った刃先が朝日を受けてきらりと光った。
出たっ! 正真正銘の死神だ! あのノートは清水さんも関係していたのか! こりゃあ、林谷さんと清水さんの共同謀議だったのか! ボクはなんと言う事に関わってしまったんだ……
死神の黒く深い闇を湛えた二つの眼窩の奥底でかすかに揺れながら燃える鬼火が、呆れ返った表情の吉田課長を捉えている。下あごの骨を上下させて上あごの骨に当て、カチカチといやらしい音を立てた。
あああああ! どうしよう、どうしよう! 殺し屋と死神が…… 何とかしなけりゃ、ボクが何とかしなけりゃ……
コーイチは思いながらも、からだはロッカーの陰へと移動して行った。
そうさ、どうせボクは無力さ! ボクは壁だ! ロッカーだ! 課長、許してください! 仇は…… 討てそうもありません!
「全く、どういう仕掛けになってるんだか……」
課長は死神を見ながら、ため息をついた。
「こんな下手な手品もどきを考え付くのは印旛沼くらいだな。この能力を仕事に活かせといつも言ってるのに!」
と、その時営業四課のドアの外から軽快な音楽が聞こえてきた。
つづく
課長は銃を構えている男の肩越しにドアを見ながら怒鳴った。
課長の視線につられ、コーイチもドアを見た。……何なんだ、こりゃあ……
ドアに浮かび上がってきた染みは、見る間に濃さを増し、丸い形に広がって行った。
「そんなに汚したら、掃除のおばちゃんが困るだろうが!」
課長はさらに怒鳴る。
と、丸くなった黒い染みが室内に向かってゆっくりと迫り出して来た。そして、それが黒いフードを被った頭だと分かった時には、黒いマントで覆われた上半身までが迫り出していた。
コーイチは再び壁に背を付けて立ちすくんでしまった。しかし、目はドアから抜け出してくるフードを被った黒マントの人物から離せなかった。喉がからからになった。鼓動が耳元で激しく鳴っていた。黒マントの人物がドアから完全に抜け出すと、銃を構えている男の横に並んだ。大柄な男よりも背が高かった。わずかに上下に揺れていた。
「ドアを開けずに入って来るとは、なんと非常識な!」
課長は黒マントの人物を指差して怒鳴った。
「しかも、ふらふらしやがって!」
コーイチはマントの人物の足元を見た。マントの裾が床に着いたり離れたりしている。しかし、靴らしきものは見えなかった。コーイチは壁を見た。朝日が反対の窓から差し込み、銃を持つ男の影を映していた。しかし、影はそれだけで、マントの人物は映っていなかった。
「それに、部屋に入ったら被り物くらい取るものだ!」
不意にマントの人物のフードが勝手に捲くれ、顔が露わになった。頭髪が一本も無く、べっとりと隈を作った落ち窪んだ両目と尖った鼻が目立つ、痩せこけた青白い顔の老人だった。
老人はマントの前を割って、むき出しになった細く青白い右腕を左下へと伸ばした。手が硬く握り締められた。突然、歯が一本も無い真っ赤な口を大きく開け、幾つもの動物の断末魔の叫びが入り混じったような叫びを上げた。コーイチは耳を覆いたかったが、金縛りにあったように身動きが出来なかった。
老人の顔と腕が白くなって行く。いや、白くなって行ったのではなく、顔が髑髏になり、腕が白骨になって行ったのだ。いつの間にか、手には所々少し曲がった長い木の棒が握られており、その先端には手入れの行き届いた大きな鎌が付いていた。
鎌が頭上高く振り上げられて停まった。マントの前が左右に割れた。腰から下がなく、上半身の骨格だけがふわふわと宙に浮かんでいた。尖った刃先が朝日を受けてきらりと光った。
出たっ! 正真正銘の死神だ! あのノートは清水さんも関係していたのか! こりゃあ、林谷さんと清水さんの共同謀議だったのか! ボクはなんと言う事に関わってしまったんだ……
死神の黒く深い闇を湛えた二つの眼窩の奥底でかすかに揺れながら燃える鬼火が、呆れ返った表情の吉田課長を捉えている。下あごの骨を上下させて上あごの骨に当て、カチカチといやらしい音を立てた。
あああああ! どうしよう、どうしよう! 殺し屋と死神が…… 何とかしなけりゃ、ボクが何とかしなけりゃ……
コーイチは思いながらも、からだはロッカーの陰へと移動して行った。
そうさ、どうせボクは無力さ! ボクは壁だ! ロッカーだ! 課長、許してください! 仇は…… 討てそうもありません!
「全く、どういう仕掛けになってるんだか……」
課長は死神を見ながら、ため息をついた。
「こんな下手な手品もどきを考え付くのは印旛沼くらいだな。この能力を仕事に活かせといつも言ってるのに!」
と、その時営業四課のドアの外から軽快な音楽が聞こえてきた。
つづく
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