殺気を放っている男が歩いてくる。黒のスラックスに胸元を大きく開けた白のワイシャツを着ている。若い男よりも十以上は年上のようだ。肩から胸にかけて彫られた刺青が、ワイシャツを通して透けていた。
「ユウジ・・・」
男は若者の横に立つと、ひしゃげた低い声で言い、目を細めてにらみつけた。ユウジと呼ばれた若者が緊張の面持ちで直立する。すると、いきなり右の拳をユウジの胸に叩き込んだ。エリが言っていたように、ひびの入っている肋骨の真上を殴ったようだった。ユウジはそれでも悲鳴を押し殺し、前屈みになりながらも倒れずにいた。額から脂汗が噴き出している。男は前屈みになったユウジの顎を膝で蹴り上げた。ユウジはそのまま後ろに倒れ、赤いカーペットに敷き詰められた段差のある通路に背中を打ちつけた。男は段差に乗った背の反対側の腹の辺りを何度も激しく踏みつけた。血を吐き、ユウジは動かなくなった。その顔を爪先で蹴りつけた。
「ひどい!」
葉子は思わず叫んだ。男がじろりと葉子をにらみつけた。手を伸ばし、葉子の髪を鷲掴みにした。葉子はあまりの痛さに悲鳴を上げた。
「やめてよう! 放してよう!」葉子は男の腕を叩きながら叫ぶ。しかし、男はびくともしない。かえって掴む力が増したようだった。「痛い! 痛いわよう! エリちゃん!」
涙でにじんだ視界に映るエリは、葉子や男など眼中にないと言うように、じっと別の所を見つめている。・・・何をやっているのよう! どこが心配ないのよう!
不意に生臭い臭いが漂いだした。
・・・えっ? 葉子は思わず男の顔を見た。白目で目尻が吊り上がっていた。口を大きく開けだした。開けた口はさらに広がり、それに連れて顔が伸び始めた。牙だらけの歯が幾重にもなって並んでいた。伸び出した真っ赤な舌は先端が二つに分かれていて、それぞれが勝手に動き、さらに生臭さを漂わせた。ワイシャツが裂け、ひび割れたような皮膚が覗いた。
「妖魔!」
葉子は思わず叫んだ。
「あっ、来た来た!」エリが叫んだ。手招きをしている。「こっちよ、こっち!」
葉子の髪を掴んだまま、妖魔はからだの向きを変えた。葉子はソファから引き立てられた。痛みに顔が歪む。それでもエリが手招きしている人物を確認できた。妖介だった。妖介は無表情で向かってきた。床に倒れている血まみれのユウジを見下ろした。
妖魔は雄叫びを上げると葉子を妖介に向かって放り出した。髪の毛が何本か毟り取られる音がした。通路を弾かれたように駆け、妖介にぶつかリ、そのまま床に倒れこんでしまった。
「立て! 泣き虫女!」
妖介の言葉に葉子は思わず顔を上げた。・・・この人、やっぱりわたしを助けるつもりなんか無いんだ。じゃあ、何しに来たの? この娘を助けるため? それで、この娘は心配ないなんて言っていたの? わたしは初めから勘定には入っていないって事なの? 何なのよう! 二人でわたしを馬鹿にして!
葉子は腹を立てながら、妖介の言葉に従った。妖介は犬歯を覗かせた笑みを浮かべて葉子を見ている。
「これを使え」
妖介は右手を突き出した。それには『斬鬼丸』が握られていた。
つづく
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「ユウジ・・・」
男は若者の横に立つと、ひしゃげた低い声で言い、目を細めてにらみつけた。ユウジと呼ばれた若者が緊張の面持ちで直立する。すると、いきなり右の拳をユウジの胸に叩き込んだ。エリが言っていたように、ひびの入っている肋骨の真上を殴ったようだった。ユウジはそれでも悲鳴を押し殺し、前屈みになりながらも倒れずにいた。額から脂汗が噴き出している。男は前屈みになったユウジの顎を膝で蹴り上げた。ユウジはそのまま後ろに倒れ、赤いカーペットに敷き詰められた段差のある通路に背中を打ちつけた。男は段差に乗った背の反対側の腹の辺りを何度も激しく踏みつけた。血を吐き、ユウジは動かなくなった。その顔を爪先で蹴りつけた。
「ひどい!」
葉子は思わず叫んだ。男がじろりと葉子をにらみつけた。手を伸ばし、葉子の髪を鷲掴みにした。葉子はあまりの痛さに悲鳴を上げた。
「やめてよう! 放してよう!」葉子は男の腕を叩きながら叫ぶ。しかし、男はびくともしない。かえって掴む力が増したようだった。「痛い! 痛いわよう! エリちゃん!」
涙でにじんだ視界に映るエリは、葉子や男など眼中にないと言うように、じっと別の所を見つめている。・・・何をやっているのよう! どこが心配ないのよう!
不意に生臭い臭いが漂いだした。
・・・えっ? 葉子は思わず男の顔を見た。白目で目尻が吊り上がっていた。口を大きく開けだした。開けた口はさらに広がり、それに連れて顔が伸び始めた。牙だらけの歯が幾重にもなって並んでいた。伸び出した真っ赤な舌は先端が二つに分かれていて、それぞれが勝手に動き、さらに生臭さを漂わせた。ワイシャツが裂け、ひび割れたような皮膚が覗いた。
「妖魔!」
葉子は思わず叫んだ。
「あっ、来た来た!」エリが叫んだ。手招きをしている。「こっちよ、こっち!」
葉子の髪を掴んだまま、妖魔はからだの向きを変えた。葉子はソファから引き立てられた。痛みに顔が歪む。それでもエリが手招きしている人物を確認できた。妖介だった。妖介は無表情で向かってきた。床に倒れている血まみれのユウジを見下ろした。
妖魔は雄叫びを上げると葉子を妖介に向かって放り出した。髪の毛が何本か毟り取られる音がした。通路を弾かれたように駆け、妖介にぶつかリ、そのまま床に倒れこんでしまった。
「立て! 泣き虫女!」
妖介の言葉に葉子は思わず顔を上げた。・・・この人、やっぱりわたしを助けるつもりなんか無いんだ。じゃあ、何しに来たの? この娘を助けるため? それで、この娘は心配ないなんて言っていたの? わたしは初めから勘定には入っていないって事なの? 何なのよう! 二人でわたしを馬鹿にして!
葉子は腹を立てながら、妖介の言葉に従った。妖介は犬歯を覗かせた笑みを浮かべて葉子を見ている。
「これを使え」
妖介は右手を突き出した。それには『斬鬼丸』が握られていた。
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