岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

13 ブランコで首を吊った男

2019年07月15日 15時08分00秒 | ブランコで首を吊った男/群馬の家

 

 

12 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

いつもの喫茶店まで、何も話さずに黙々と歩いた。聞きたい事、話した事は山ほどある。でも、頭の中で整理をしていた。多分、静香もそうなのだろう。色々なものが今、繋がろ...

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 画面が切り替わる。すっかり俺は画面に見入っていた。砂嵐がザーッと音を立てながら流れる。これで終わりなのか……。
 プレイヤーからメディアを取り出そうとする。その時、また画面が切り替わった。俺は手を止め、その体勢のまま画面を見る。
 映っているのは、ニュースみたいな映像。見た事もないような、アナウンサーが放送席に座っている。
「本日、午後四時のニュースをお伝えします。以前、公園で首を吊ったサラリーマンがいました。その後、また近くのアパートで、ドアノブに紐をかけ、首を吊って亡くなった方もいます」
 何だ、このニュースは……。
 全身鳥肌が立った。
「そしてまた、その隣の部屋で一人の女性が、窓のところから紐をかけ、首を吊ってぶら下っているのを発見しました」
 隣の女性……。
 静香の事か……。
 そんな馬鹿な……。
 落ち着けって……。
 これはただのDVDプレイヤーが再生して映っている画面だ。通常のテレビ放送で流れている訳ではない。
「それでは、その模様をお伝えする映像があるので見てみましょう」
 俺は時計を見た。四時ちょうどだった。
 何だ、これは……。
 これ以上、見てはいけない気がした。あれほど怖いものを見ている俺が、ビビっているのか。本能がやめろと、危険信号を送っている。
 額に手をやると、汗を掻いていた。俺は冷や汗を掻いているのか……。
 まずい、これ以上、見てはまずい……。
 俺はプレイヤーの停止ボタンを押した。
「無駄ですよ」
 テレビから声が聞こえた。
 びっくりして画面を見る。
 画面の中にいるアナウンサーと、目が合った。
 馬鹿な、今、俺に言ったのか……。
「もう、停止ボタンを押しても無駄なんです」
「……」
 明らかにアナウンサーは、俺のほうを向いてそう言っている。
 何だ、このDVDは……。
「しっかりと画面を見て下さい。私も仕事中ですので、正面を向いてアナウンスしないと怒られてしまうのです」
 ヤバい。頭の中で警告音が、やかましいぐらい音を立てて鳴っている。
「では、どうぞ」
 アナウンサーが言うと、画面が切り替わる。
 映ったのは、古いアパート。どこの…、いや、静香が住んでいるアパートだ。公園とは逆から撮った角度で収まっている。
 二階の一室の窓から、人みたいなものが垂れ下がって見える。遠くからの映像なので、よく見えないが……。
 カメラはアパートに徐々に近づいている。俺は衝撃を受けた。人みたいなものではなく、人間が首を吊っている。髪の長いロングヘアー。顔も吊るされたショックからか、かなり変形して醜く映し出されている。俺はそれが静香だと分かった。
 目から一筋の涙が零れ落ちる。
 何故、彼女がこんな真似を……。



 部屋の電話がなる。美和からか……。
 俺は立ち上がり、受話器を取った。
「もしもし、早乙女です」
「困りますよ、早乙女さん。ちゃんと画面を見てもらわなくては……」
 聞き覚えのある声。しかし、誰からか分からない。
「誰だ、おまえは?」
 俺は叫んでいた。
「静かにして下さい。後ろを振り向いて、画面を見て下さいよ」
 俺は振り返り、テレビ画面を見た。さっきのアナウンサーが受話器を耳に当てながら、俺を凝視していた。
「そう、そうやって、ちゃんと見て下さいよ」
 受話器からと、テレビのスピーカーから、同じ声が聞こえてくる。思わず俺は受話器を落としてしまった。
 俺が体験したかったのは、こんなんじゃない。怖くてこの場から逃げ出したい。でも、動こうと思っても動けないでいた。これが、金縛りというものか……。
「……」
 叫ぼうとしても、声すら出せない。
「では、引き続き、映像をご覧下さい」
 アナウンサーが笑顔で言い、再び、画面が切り替わる。
 公園で無邪気に遊びまわる隆志が映し出される。
 さっき見た映像じゃないか。
 遊んでいる隆志を撮る静香。何も変わらない。
 もう見たくない。目を閉じたくてもできなかった。
 すべり台を滑った隆志がブランコのほうへ走る。そこへ映る首を吊った男。さらに前よりもハッキリと映っていた。
 首を吊った男の顔が動く。
 俺の方向を見ているのが分かった。
 助けてくれ。
 誰か助けてくれ……。
 神様、仏様……。
 何でもいい。
 俺を助けてくれ……。
「……」
 首を吊った男が、俺に向かって近づいてくる。限界だ…、意識が薄れていく。

 目を覚ますと、天井が見えた。
 俺は気を失っていたのか……。
 部屋の床で寝ていたようだ。
 テレビ画面を見る。何も映っていなかった。
 さっきのは夢だったのか……。
 しかし、それにしては、リアル過ぎる。
 玄関のチャイムが鳴った。
 美和だろうか?
 俺は玄関へ向かう。
 これ以上、一人でいるのは嫌だった。
 霊体験をしたいとか思っていた俺が、馬鹿だった。
 ドアを開ける。
「うわぁーっ……」
 外には、首を吊った男がぶら下がっていた。
 ジトッと怨みの籠もった視線で、俺を見つめていた。
「……!」
 また、体が動かない……。
「……!」
 声すら出ない。
 誰にも助けを呼べない……。
 首に紐のようなものを巻かれる感覚を感じる。
 あの時、公園で嗅いだ変な臭いが鼻をつく。
 その嫌な臭いだけしか、感じ取れるものはない。
 頭のヒューズが、プチンと音を立てて鳴ったような気がした。
 何故、この俺が……。
 目の前が、真っ暗になった。
 何も見えない。
 何も聞こえない……。
 疲れた……。
 もう、どうなってもいいや……。


~エピローグ1~

「やっと終わったぜ……」
 私は、『ブランコで首を吊った男』の執筆を終え、大きく伸びをする。
 原稿用紙で三百一枚。そこそこの長さだ。
 私の初のホラー小説が、今ここに完成したのである。ひと仕事終えたような気だるさを感じ、その日はゆっくり休んだ。
 明日は、前から彼女が言っていた物凄い霊媒師のところへ行く予定だった。
 霊など何も見た事ない私が、よくもまあ、こんなホラー小説を考えながら書けたものである。我ながら、素直に感心した。
 後編の主人公、早乙女には、私の霊に対する興味本位な性格をプレゼントしたので、非常に書きやすく、サクサクと執筆も進んだ。
 今、付き合っている彼女も、早乙女の彼女役である美和のモデルになっていた。あいつは、妙に勘が鋭い時がある。
 そんな彼女が、ある霊媒師のところへ行こうと言い出した時は、ビックリしたものの、楽しみでしょうがなかった。
 時計を見ると、夜中の二時を回っている。
「草木も眠る丑三つ時ってか……」
 明日、寝坊したら大変だ。私は大人しく布団へ横になり、目を閉じた。

 今、私は、例の霊媒師のところへいる。
 見掛けは単なるそこら辺にいるおじさんだ……。
 過度な期待をしていた分、ガッカリしていた。何かしら面白い事があるかもと思っていたが、この分では期待できない。
 彼女から、この霊媒師は先の事まで丸見えだと聞いていたが、どう見ても胡散臭い。とりあえず、自分の執筆した『でっぱり』と『ブランコで首を吊った男』を印刷し、製本した状態で持ってきた。私の作品が今後、どうなるのか知りたかったからである。
「あの~、先生……」
「何ですか?」
「これ、見てもらえます? 私の執筆した小説なんですが……」
「ほうほう……」
「表紙の扉絵とかも、全部、自分でデザインして描いたんですよ。私の小説、どうですかね? 世に出るべき作品だと思いますか?」
 度の強そうな丸いメガネを掛けながら、霊媒師は私の小説をジッと見入っている。
「この『でっぱり』という作品…。何だか暖かいですね…。あなた、これはある人の為に書きましたね?」
「え……」
 私の心臓は、大きな音を立てていた。
 何でそんな事が分かるんだ?
「あなたの根っ子の部分が、この作品には伝わっていますよ」
「は、はぁ……」
 実はこの『でっぱり』という作品を書くにあたって、ある人間を励ましたいという想いから、始めたものだったのである。
 仲のいい後輩がいて、幸せな家庭を築いていた。小さな可愛い子供と、美人の奥さんに囲まれた後輩は、とても幸せそうだった。
 ある日、病気で子供が亡くなってしまい、美人だった奥さんはゲッソリ痩せてしまう。見ていられないほどの痩せようだった。
 私は、近所で仲も良かったので、時間できる度、後輩のところへ顔を出した。
 馬鹿話でも何でもいい。とにかく笑わせてあげたい……。
 そんな想いから、この『でっぱり』の構想は始まった。
 執筆を終え、印刷し本にする。最初に後輩の奥さんにこの作品を見せた。読んでいる内に、まったく笑わなかった奥さんの口元がにやけるのを確認した時、私はこれを書いて本当に良かったと心から思えた作品でもあった。
 思ったより、この霊媒師は鋭い人なのかもしれないな……。
 そのあとで霊媒師は『新宿クレッシェンド』を手に取る。
「これがあなたが初めて小説を書いたという処女作でしょうか?」
「ええ」
「ふむ……」
「どうかしましたか?」
「いや、近い未来かもしれないですが…。いいんじゃないでしょうか、この作品」
「…と言うと?」
「静かでクールな陰の作品なんですね」
「はあ? あの…、この作品をまだ読んでないですよね?」
「だいたい手に取れば分かりますよ」
「え……」
 そう言って霊媒師は『新宿クレッシェンド』の表紙をジーっと見つめていた。
「この作品が陰なら、続編の『でっぱり』は陽。ふむ、表裏一体の作品に仕上げている訳ですね。陰の部分で己の過去を吐き出し、陽でフォローに回っている」
「……!」
 私は言葉を失っていた。何でこの人は、作品を読んでもないのにそんな事が分かるんだ? 心の奥底に眠っていた過去の忌々しい記憶。それを私はこの『新宿クレッシェンド』の主人公である赤崎隼人で表現したつもりだ。もし、この作品が世に出たとしたら、私はちょっとした罪悪感を覚えるであろう。そういった事も踏まえ、続編の『でっぱり』は逆に明るくテンポ良くスムーズに書き、そして前作とのテーマを相対するものとして仕上げたつもりだった。
 二つの作品を読んだのなら、まだ分かる。しかしこの先生は本を手に取り、表紙を見ただけなのである…。徐々に恐ろしささえ感じていた。
「では、先生…。この『ブランコで首を吊った男』はどうです?」
 昨日、完成したばかりの作品を手渡した。
 先ほどの陽気な表情とは打って変わり、難しい顔をしだす霊媒師。
「あなた、これ…。本物のホラーを書いたんですね……」
「はぁ?」
 何が言いたいのか分からなかった。これは私が閃いて、初挑戦したホラー小説である。構想からキャラクターまですべて自分で考えたものだ。それを本物のホラーとは、まるで意味が分からない。
「お言葉ですが、この作品は私が、一から最後まで考えて作ったものです」
「あれ、分からないで書いていたんだ?」
「は?」
「あなた、これ…、ある霊の力を借りて出来上がった作品ですよ」
「何を言ってんですか? これは自分ですべて考えた作品です!」
 いきなり何て事を言い出すのだ。さすがに私はイライラしていた。
「この作品のタイトル…。すごいこだわりがあったでしょ?」
「『ブランコで首を吊った男』ですか? それはありますよ! でもですね、他の作品のタイトルだって同じようにこだわりありますよ。自分自身が生み出したものですからね」
「う~ん、私の言い方が分かり辛かったか~。言い方変えるけど、じゃあ何で『ブランコで首を吊った男』なの?」
「そんなのは読めば分かりますよ!」
「いや、そうじゃなくてね…。何であなた、首を吊るのにブランコなんだって?」
「えっ……」
「普通に首を吊るとしたら、どこを連想します?」
 首を吊る場所……。
 それでパッと普通に思いつくのが、木の枝や、部屋の天井などだった。
「あっ……」
「普通、ブランコでなんて連想は出てこないですよ?」
「……」
「それにね、この扉絵…。普通、ブランコって言ったら、一人乗りのポピュラーなものを思うでしょ?」
「ま、まあ……」
「何であなたは、この扉絵のブランコ、二人乗りの向かい合うタイプにしたの?」
「わ、分かりません…。何の意識もせず、普通に違和感なく描いてました……」
「過去を振り返ってごらんなさい」
 振り返る必要など何もなかった。私は、過去の忌々しい記憶を思い出していた。

 家のすぐ近所にあったお寺。
 今、考えると不思議な寺で、境内にゲームセンターがあり、ブランコやジャングルジムなどがあった。
 幼き頃、弟とそのお寺で二人乗りのブランコを向かい合わせで漕いで遊んでいた。やっている内に物足りなさを感じ、二人とも立ち漕ぎでブランコを漕ぎだす。物凄い反動がついた時、弟がブランコから放り出された。
 ブランコの軌道上に落ちた弟。その額目掛け、非常にもブランコは弟に向かう。
「ギャー……」
 恐ろしいほどの恐怖に歪んだ悲鳴と、おびただしい出血。
 弟は、額に五針を縫う重症となった事がある。
 調子に乗って漕いでいた兄である私のせいだった……。
 その後、そのお寺では自然と遊ばなくなっていた。
 私が中学生に上がる前だっただろうか。その二人乗りのブランコで自殺があったと噂で聞いた。
 その事件以来、お寺にあったブランコは撤去され、今では桜の木が埋まっている。

「灰色のスーツを着たサラリーマン風の男性…。なるほど…。あなたに自分の存在を書いてもらい、世に知ってほしかったんだね……」
「えっ?」
「まあ、あなたはいい事をした訳ですな」
「あ、あの~…、先生って『ブランコで首を吊った男』、読んでないですよね? 表紙を見ただけですよね?」
「ええ」
「じゃあ、何で灰色に人って分かるんですか?」
「ああ、それは今さっきあなたから、その人が離れたのを見たからですよ」
 私は『ブランコで首を吊った男』の冒頭の部分を思い出していた……。

 目の前にサラリーマン風の男がいる。視線は地面のどこか一点を見据えているようで、僕などまるで視界に入っていないみたいだ。
 その男は、全身の力が抜けたかのように両腕をダランと垂らしていた。頭の上に見える紐。その紐を上に追っていくと、ブランコの上の棒にくくりつけてあった。
 静寂に包まれた空間の中での異質な状況。
 頭の中がどうにかなりそうだった。
 僕はその場に汚物をぶちまけたかったが、懸命に堪えた。しばらく地面に座り込んでから、ゆっくりと男のほうへ振り返った。
 グレーのスーツの男はブランコの場所で、こんな夜中に首を吊っていたのだ。
 地面から三十センチほど宙に浮いた足。その足元には糞尿など様々な老廃物でいっぱいだった。異臭の元はこれだったのだ。

「……」
 その霊媒師に対し、何の言葉も出なかった。
「まあ、あなたはいい事をしたんですよ。人助け…、いや、霊だから、霊助けってとこですかね」
 そう言って霊媒師は、大袈裟に笑った。
 私の体全身には、ブルブルと鳥肌が立っていた。

 この作品を書くに当たって、メインの違う主人公を二人考えた。
 一人は「亀田の章」に出てくる四十歳男の亀田である。
 彼に関しては、とにかく自分にないものをと考えながら、気味の悪い男を書いていった。
 こんなのがもし身近にいたら、嫌だな……。
 女性が読んだら、気持ち悪いという作品にしたい。
 相手が嫌がるには、どうすればいいだろうか。
 そんな事を一生懸命考えながら執筆した。
 逆に「早乙女の章」に出てくる二十三歳の早乙女は、女にモテるように設定し、亀田とは正反対のキャラクターとして考えた。
 だが、それさえも私は、ブランコで首を吊った男に、書かされていたというのだろうか……。
 私には、何が本当なのか、未だに分からないでいる。


~エピローグ2~

 ふと『首吊り』という繋がりで、自分自身を振り返ってみた。
 私が生まれる前、いや、お袋が小さかった頃、お袋の親父つまり私にとっておじいちゃんだが、風呂場で湯船に浸かろうとして心臓麻痺を起こし亡くなったらしい。
 幼い頃、私は母方のおばあちゃんからそう聞いていた。
 小学校二年生の冬、お袋は俺を捨てて家を出て行った。
 私が二十五歳の時、おばあちゃんが亡くなり、密葬をすると聞いたので駆けつけた。
「ねえ、このおばあちゃんの旦那さんって若い頃、自殺したんでしょ?」
「うん、近所には黙っていたけど、そうらしいんだよね」
 その時参加していた人たちが、小さな声で囁いていたのが聞こえた。私は密葬が終わるのを待ち、その人たちに聞いてみる事にした。
「あの、すみません……」
「はい、何でしょう?」
「先ほどおばあちゃんの旦那さんが自殺って言ってましたが……」
「ええ、かなり前らしいけど」
「本当に自殺だったんですか?」
「ええ、自分で首を吊って亡くなったらしいわ」
「……」
 ここでも『首吊り』……。
「ちょっと、この子、お孫さんでしょ? 余計な事言わないほうがいいわよ」
 もう一人のおばさんが小声で私に聞こえないよう話をしていた。
 何故おばあちゃんは、生前、私に心臓麻痺だなんて誤魔化して言っていたのだろう。湯船に浸かって心臓麻痺だなんて、滅多にないはずだ。幼いながら不思議にずっと思っていた事でもあった。
 この人たちの噂話を聞き、見た事もない母方のおじいちゃんは首を吊って亡くなったんだと感じる自分がいた。思い出せば、おばあちゃんは一度だって私におじいちゃんの生前の写真を見せてくれた事がなかったのだ。
 自分の身内が自殺だなんて、孫に言えなかったのだろう。
 そう思うと、秘密を一人で抱えながら亡くなったおばあちゃんが、とても不憫に感じた。

 おばあちゃんが亡くなってから十年以上経つ。
 私は整体を開業し、日々患者さんを施術していた。
 ある日、よく来る常連患者さんと酒を飲む機会があり、色々とお互いの事を話し合った。その患者さんは、私よりひと回り上である。しかし、生活感がまったく感じられなかった。ちょうどいい機会だと思い、結婚をしているのか聞いてみた。
「そういえば、波田さんってご結婚されているんですか?」
「あ、私ですか。実は今、独り者なんですよ」
 実は今という言い方が妙に引っ掛かった。
「失礼ですが、離婚されたっていう事でしょうか?」
「……」
 波田さんはそこでしばらく黙ってしまった。
「すみません。失礼な事を聞いてしまって……」
「いえ、実は女房、自殺してしまったんですよ」
「……。そうだったんですか……」
 波田さんは、とても暗い表情になっていた。当時を思い出しているのだろうか?深い悲しみ。それは私がいくら考えても到底及ばない。沈んだ瞳は、辛さを物語っていた。
「普通に仕事して帰ってきたら、部屋で首を吊っていたんです……」
 そう言って波田さんは黙々と酒を飲み続けた。

 波田さんと知り合った同時期に、ネット上を通じて知り合いになった小説家がいた。その人も偶然な事に波田さんと同じ年で、私よりひと回り年上である。
 価値観が合うというか性格が似ているので、よくお互いの近況を話し合った。不思議に思ったのが、奥さんの話がまったく出てこない点である。失礼を承知で聞いたが、波田さん同様、過去に奥さんが首を吊って亡くなったと、その小説家は静かに言った。
 同時期に知り合ったひと回り年上の二人。
 その二人とも、奥さんが首を吊って亡くなったという事実。
 私はここまで書いて『首吊り』というキーワードが繋がっていくのが怖くなった。
『ブランコで首を吊った男』。この作品は、どうやらこの辺で執筆をやめておいたほうがよさそうだ……。
 私はそうしたほうがいいと本能的にそう感じ、この作品について関わるのをやめた。

 後日、例の霊媒師から言われた事があった。
「まだ数年後でしょうけど、あなたはいずれ『天使の羽を持つ子』、そしてさらに先の話ですが、『神の棲む家』という作品を書くでしょう」
 当然心当たりはあった。己の過去を振り返り、自分と向き合う為の作品が『天使の羽を持つ子』。本当のテーマは私の根底に深く根付いている憎悪の浄化である。以前この題名で作品に挑戦した事があったが、原稿用紙千六百十枚まで書きながら途中で頓挫した。自分をテーマにしてしまうと、いくら書いたところでキリがない事に気付き、『新宿クレッシェンド』の続編である『新宿プレリュード』以降の作品などと話が被ってしまう恐れがある。よって今は断念していた。
 そして『神の棲む家』……。
 過去二度に渡って輪廻転生をテーマに書いてみた事がある。一つは『群馬の家』であり、原稿用紙百五十二枚まで書きながら何故か途中で断念。次に『その先に見えるもの』と題名を変え、原稿用紙で九十二枚まで書くも、今の自分ではまだこのテーマを書くには早過ぎると感じ、また断念する形となっていたのだ。
 まだまだ他の作品を書き続けている内に、自然とこの二作品は勝手に生み出されるのだろう。そんな気がする。
 いずれにせよ、『天使の羽を持つ子』と『神の棲む家』は、まだ今の俺では完成までもって行けないのだ。まだまだ精進が必要である。

 ここまで書いて原稿用紙三百十三枚。更新した日時は三月十三日……。
 奇妙な偶然に、妙な薄気味悪さを覚えた。
 何か嫌だな……。
 私はもう少しだけ加筆する事にする。

 現在、霊媒師のところへ行った彼女とは別れ、今も俺は小説を書き続けている。そんなある日、幼馴染の同級生とバッタリ出くわした。
 その幼馴染と食事へ行った時の事である。
「ねえ、岩上。あなたの従兄弟で○○さんっていたでしょ?」
「ああ、それが?」
「私さ、○○さんが岩上の従兄弟だなんて子供の頃知らなかったんだけどさ。変な噂を聞いたの」
「噂? 何の?」
「いや、ちょっと言いづらいんだけど……」
「何だよ? ここまで言っておいて」
「いや、○○さんの…、あ、岩上のおばあさんでもあるんだっけ。その旦那さんの話なんだけど……」
「……」
 幼馴染の話を聞いた俺は非常にショックを受けた。またこれで一つ何かが繋がった。そんな気がする。ここでそれを書こうとは思わない。この話は俺が心の奥底にしまっておき、墓場まで持っていく事にしよう……。
 もうこれ以上、この作品に関わるのはやめたと決めたはずである。やるせなさを感じた。

 この後、余談ではあるが、私の処女作である『新宿クレッシェンド』は、霊媒師の予言した通り、二千七年の夏に『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリ』を運良く受賞し、現在、全国書店やインターネットにて発売されている……。

―了―

 

 

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作者 岩上 智一郎

・『ブランコで首を吊った男』を2006年4月6日より執筆開始
2006年4月18日の13日間で原稿用紙132枚として完成

・続編の『何故、この俺が…』を執筆
2006年5月8日より執筆開始
2006年5月14日の7日間で原稿用紙124枚として完成

上記二作品を合作として編集
・『ブランコで首を吊った男』
2007年7月23日より執筆開始
2007年7月24日の2日間で原稿用紙301枚として加筆

・『ブランコで首を吊った男』
2008年5月29日にさらに加筆し原稿用紙310枚として完成

・『ブランコで首を吊った男』
最終調整日時2009年3月13日
原稿用紙313枚として完成だったが、上記日付と原稿用紙枚数が同じで薄気味悪くなり、316枚まで加筆して終わりにする

 

 

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