岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

小説、各記事にしても、生涯懸けても読み切れないくらいの量があるように作っていきます

8 ブランコで首を吊った男

2019年07月15日 15時02分00秒 | ブランコで首を吊った男/群馬の家

 

 

7 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

深夜、公園の赤いベンチで、自分のすぐ隣で座る四十歳の気持ち悪い男が、肩に手を置いている現実。そんな状況すら彼女は把握できていないのであろう。それほど疲労しきって...

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~静香の章~

 スヤスヤと眠る隆志。
 寝顔を見ていると、昼間駄々をこねて困らせているのが、嘘のように感じる。
 この子は、私が生んだ子供。
 お腹を痛めて産んだ、ただ一人の息子。
 この子がいる限り、私は何があっても生きていかないといけなかった。
 だって、それが私の使命なんだから…。
 主人のところを家出して、十日間が過ぎようとしている。
 今は親元に身を寄せている。
 あの場所に引っ越してきてから、嫌な印象しか残っていない。
 隣に住む住民の亀田。
「悪い人だ」
 隆志が亀田を指差し言った台詞。
 あの時は怒ったけど、この子は幼いながら直感で感じたんじゃないかなって思っている。
 本能的に、この子は守ろうとしたんじゃないかな、私を……。
 私は優しく微笑みながら、寝ている隆志の髪を撫でた。
「ママ……」
 ゆっくり隆志は目を開く。
「なあに?」
「パパは?」
 隆志の言葉が私の胸を打った。
 あの人と私は、夫婦でも他人同士。
 でも、この子は違う。
 私とあの人の遺伝子、両方が流れている。
 いくら母親寄りと言っても、やはり父親は必要だ。
 あの人の浮気疑惑……。
 私は確認もせずに、隣の住民の意見を聞いただけで、飛び出してしまった。
 あの時は、確かに限界でおかしくなりそうだった。
 でも、よくよく考えてみると、所詮、私のエゴなんだって気付く。
 この子の為にも戻らないと……。
「今日、帰るわよ」
「ほんと?」
「うん、パパにすぐ会えるよ」
「わーい」
 隆志の喜ぶ顔を見て、今まで一人で悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。
 夫婦なんだから、もっと体当たりで話し合おう。
 もっと私は頑張らないといけない。
「ねえ、隆志。何であのおじちゃん、悪い人って言ったの?」
 私は以前、唐突に言った隆志の言動が気になっていた。
 実際に亀田はとんでもない男だった。
 思い出すと、全身鳥肌が立ってくる。
「だって、あのおじちゃんさー…、いつも後ろで、おじいさんが怖い顔で睨んでいるんだもん」
「おじいさん?」
「うん、灰色の服着たおじいさんだよ」
 私は言葉を失った。
 あのビデオに写った霊の事をこの子は言っているのかしら……?



 今、私はアパートの前にいる。
 隆志はアパートが見えるなり、一目散に階段を駆け足で上っていった。
 よほど父親が恋しかったのだろう。
 でも、主人は仕事で、まだいない。
 電話の一本でもしておけば良かったかな。
 あの人、ちゃんとご飯食べているのかしら?
 私が二階に上り終わると、隆志が駆け寄ってきた。
「あら、ママを待っててくれたの?」
「ママ、隣のおうち、くちゃい」
「え?」
「くちゃい」
 隆志は臭いと言いたいのだろうか?
 我が家に近づくと、妙な臭いが鼻をついた。
「何、これ……」
 私がハンカチを取り出している間に、隆志は隣の亀田の部屋のドアの前まで歩いていた。
「隆志……」
 背伸びしてドアノブに触れる隆志。
「勝手に触っちゃ駄目よ」
 隆志はドアを開けようとしている。
「隆志……」
 言っている最中にドアが少し開き始めた。
 私はため息をついた。
 できる事なら、亀田とは顔を合わせたくなかったのに……。
「キャーーーー……」
 ドアが三分の一ほど開くと、私は大声で悲鳴を上げていた。
 亀田がドアノブに縄を括りつけ、首を吊っている姿が、目に映る。
 最後に見てからまだ十日しか経ってないのに、亀田は腐り始めていた。
 私は気絶しそうになるのを懸命に堪えた。
 亀田から湧き出る異臭で、呼吸すらままならない状況だ。
 泣いている息子の隆志を抱きかかえると、一目散にその場から逃げ出した。


~隆志の章~

 何で最近、パパとママは笑わなくなったんだろ。
 僕と一緒にいる時、ママは笑ってくれる。
 パパは、いつも疲れてそうな顔ばかり。
 前の家の時は、もっと笑っていたのにな。
 あそこのデパートのオムライス大好きだったのに、最近、どこにも連れてってくれない。
 こっちに来てから、近所のみよちゃんとも会えなくなっちゃった。
 隣の家の大ちゃんとも、遊べない。
 いつもお菓子をくれた髭のおじさんにも会えない。
 ジュースを買ってくれる太ったおばさんにも会えない。
 いつもママと一緒。
 それは嬉しいけど、他の子とも前みたいに遊びたい。

 夜になると、パパとママは喧嘩をしていた。
 前は二人ともニコニコしてたのにな。
 一回だけパパとママと一緒に、ハンバーグを食べに行った。
 シマシマの洋服を着た大きいお兄ちゃんが、ハンバーグの上に日の丸の旗を差してくれた。
 家でもママが、ハンバーグを作ってくれるといいな。
 アイスクリームの乗った緑色のジュースも、また食べたいな。
 こっちに来て良かったのが、公園ですぐ遊べるところ。
 公園に来ると、ママはニコニコ笑ってくれる。
 僕は、大好きな砂場で遊んで、ブランコも乗る。
 みよちゃんや、大ちゃんたちと、ここで一緒に遊びたいな。

 太ったメガネのおじちゃんが、ママに話し掛けてきた。
 何でこのおじさんの後ろに、怖い顔をしたおじいさんがいるんだろ。
 みんな、半袖なのにおじいさんだけ、いつも灰色の服を着ている。
 太ったおじちゃんの後ろで、いつもピッタリくっつくようにしているおじいさん。
 一回だけ僕と目が合った事がある。
 とっても怖かった。
 だって、僕、何もしてないのに、おじいさんが睨んでくるんだもん。
 でも、ちょっとだけ僕を見たあと、いつも太ったおじちゃんを睨んでいた。

 この間、隣に住んでいるメガネを掛けた太ったおじちゃんと、公園に行く時、すれ違った。
 とっても臭かった。
 パパと同じ男なのに、このおじちゃんの匂いは臭い。
 ママはいい匂い。
 パパもいい匂い。
 ホッペが怪人のようにガザガザなホッペで、いつも指でポリポリ掻いている。
 このおじちゃん、いつもママの事をジーって見ている。この太ったおじちゃんの顔を見ていると、何かの虫に似ているなあと思う。
 まだ灰色の服を着たおじいさんが、後ろでピッタリとくっついていた。

「このおじちゃん、悪い人だ……」
 そう言うと、ママは怒る。
 だけど、パパがたまに怒った時の目と、灰色のおじいさんの目が同じなんだもん。
 だから太ったおじちゃんは、悪い人なんだ。
 僕の事をおっかない目で見てくる。
 でも、太ったおじちゃんは、気付いていないみたいだけど、後ろで今だって灰色の服を着たおじいさんが睨んでいるよ。

 公園でママと遊んでいたら、格好いいお兄ちゃんと可愛いお姉ちゃんが腕を組んで入ってきた。
 とても仲が良さそうな二人。よく分からないけど、お姉ちゃんは僕に気がつくと、ジッと僕の顔をしばらく見ていた。
 僕もそのお姉ちゃんをジッと見ていたら、お兄ちゃんが「おい、美和。何してんだよ?そろそろ行くぞ」と声を掛けて公園から出て行っちゃった。
 公園を出てからもお姉ちゃんは、僕のほうを何度か振り返って見ていた。

 ママとパパがまた喧嘩をしている。
 朝起きると、僕はママに連れられて、お外に行った。
「隆志、ママのお母さんに会いたいでしょ?」
「うん」
「ママのお父さんは?」
「会いたい」
「そう」
 ママはとても嬉しそうに笑った。

 パパに会ってない。
 どこに行っちゃったんだろ。
 朝起きると、ママが僕の髪の毛を撫でていた。
「ママ……」
「なあに?」
「パパは?」
 僕がそう言うと、ママは黙っちゃった。
 しばらくしてからママは優しそうな顔で言った。
「今日、帰るわよ」
「ほんと?」
「うん、パパにすぐ会えるよ」
「わーい」
 もうじきパパと会えるんだ。

 パパのところに行くと、臭かった。
 太ったおじちゃんの匂いより臭かった。
 この匂いは、なんだろ。
 隣の太ったおじちゃんの部屋のほうに行くと、ママが大声で僕を呼んだ。
「勝手に触っちゃ駄目よ」
 ドアを開けようとしたら、すごい臭い匂いがした。
「隆志……」
 何の匂いだろ?ママが僕を呼んでいる。でも僕は、気になってドアを開けた。
「キャーーーー……」
 ママの大声。
 ドアの向こうから太ったおじちゃんが、灰色の服を着たおじいさんに首を絞められていた。

 

 

9 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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