岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

あなたと逢えて良かった

2010年05月05日 05時39分00秒 | 2010年執筆小説

あなたと逢えて良かった

2010年05月05日より執筆開始

 

【プロローグ】

 

 時代はバブル全盛。右へ習えの方程式。

 無知だった私が偶然入社した不動産業。

 そこで上司に教わった魔法の金錬術。

 気付けば莫大な富を築き、自分の会社を持つようになっていた。

 他の者との決定的な違い。それは稼いだ金を湯水のように遣わなかった事である。周りの連中は本当に馬鹿だった。いつまでもこんな金錬術が続く訳ないのだ。それをいつまでも無尽蔵に入ってくると勘違いし、日々金を遣う事だけに頭を使う。酒は体を壊す。

 もちろん私だって酒は付き合い程度に飲んだ。飲み屋の女へ貢ぐ同僚たちを白い目で冷ややかに見つめながら、表面上だけは作り笑顔でその場を取り繕う。

「昨日は十万も遣っちゃったよ」

「俺なんて、バービーで十五万だぜ。おかげであの店の子、昨日で三人目だよ、食ったの」

 いくら遣ったかを自慢する馬鹿な連中。金なんて遣おうと思えば誰だって遣えるのにな。それに何人の女を抱いたからモテた。そんな感覚でいるが、しょせん金の切れ目が縁の切れ目。飲み屋の女共がおまえの相手をしてくれるのは、あくまでも財布の中にある金があるからという事実に気付きもしない。

 その点でいえば、私は本当に運がいい。上司に連れて行ってもらった飲み屋で出逢った美しき女。名は『千冬』。私が三十歳の頃だった。

 透き通るような白い肌。背中までしなやかに伸びた髪の毛。光の宿った瞳に見つめられると、こちらのすべてが見透かされたような錯覚を覚えた。

 そう…、私は千冬に一発でまいってしまったのだ。

 他に色目を使ってくる女など一切相手もせず、ひたすら千冬だけを見て、必死に口説いた。ほとんど毎日のようにその店へ通う。

 彼女は人の話を聞くのが抜群にうまかった。大した事を話していないのに、千冬が聞いていると、何だか自分でもの凄い事を話しているような気になってくる。

 出逢って一ヶ月も経った頃、千冬から食事の誘いをもらう。

 もちろん私は飛び跳ねてはしゃいだ。

 次のデートは、彼女が手作りのお弁当を持ってきてくれ、ピクニックへ行った。

 千冬の弁当を一口食べた瞬間、こういう女と一緒に暮らしてみたい。そう願う気持ちに歯止めが利かなくなっていた。

「君と一緒になれるなら、裏切られたって構わない。約束する。君に苦労など掛けない。だから私と一緒になってほしい」

 彼女は優しく微笑みながら、一筋の涙を流した。私は人目もはばからず、その場で千冬の唇を貪り、その日の夜結ばれた。

 鬼のように仕事をこなし、終われば真っ直ぐ帰宅。そして妻になった千冬のうまい飯を食べる日々。

 本当に幸せで夢のような毎日だった。

 妻と比べれば、他の女など汚らわしい生き物にしか見えない。

 惚れた妻と多くの時間を共有し、真面目に仕事をする。そんな当たり前の事に、マンネリズムなどまるで感じなかった。常に一瞬一瞬が私にとって新鮮な時間なのだ。

 だから自分で独立し会社を持つ事になっても、生活リズムは変わらなかった。

 一日一回は絶対に言う台詞。

「千冬…、ありがとう。あなたと逢えて良かった」

「もう、あなたは本当に大袈裟ね」

 そう言って妻は、いつもおかしそうに口へ手を当ててクスクス笑っていた。

 

 

【一章 レインボーマン】

 

 上り調子だったあの夢のような頃。しかしバブルの崩壊と共に、景気は一気に反転する。

 辛うじて会社は持ちこたえたが、今までのような方程式が成り立つような時代ではなかった。

「大丈夫よ、あなたは」

 食事時、そう励ましてくれる妻。その笑顔にどれだけ癒され、勇気をもらった事だろうか。彼女の存在自体に感謝を覚える。

 妻は私より一回りも年が違う。三十八になった私。二十六になった千冬。

 結婚して八年になるが、若い妻がいつもそばに寄り添ってくれるのは非常に心地良い。

 千冬はあまり贅沢なものなど何一つ望まない慎ましい女だった。しかしたまに変なものを要求する事がある。

「ねえ、あなた……」

 私の左肩に頭を乗せた妻が、声を掛けてきた。

「ん、何だい?」

「レインボーマンってあったでしょ、昔」

「テレビでやっていたあのレインボーマン?」

「そうそう」

「それがどうしたの?」

「放送禁止になった曲があるって、あれ本当なのかな?」

「放送禁止? 何でそんな事を今さら?」

「ヤングマガジンってあるでしょ? あれで最近始まった『稲中卓球部』ってあるのね。それに『死ね死ね団』っていう変な気ぐるみを着たギャグがあるんだけどさ、この間同級生の美和っているでしょ? 彼女とお茶している時に、その話になって笑っていたの。そしたら美和が『死ね死ね団』って、あまりに問題視された歌だから、すぐ放送禁止になったんだって急に真面目な顔で言うからさ。どんな曲だったのかなあって」

「う~ん、私では分からないな。明日、会社に行ったら従業員に聞いてみるよ。パソコンに詳しい奴もいるから、ひょっとしたら当時の問題になった曲も手に入るかもしれないな」

「ほんとっ!」

「まだ確定した訳じゃないんだから、変に期待はしないでくれよ」

 本当にどうでもいい事を気にするんだな。そう感じたが、まあそんな変わったところさえ、気に入っているのだ。それに普段自分から話を振るなんて、滅多にない。できれば何とかしてやりたかった。

 翌日になって頃合いを見計らい、私は部下の最上へ声を掛けてみる。彼は何故不動産の会社へ来たのか分からないぐらい仕事が向いていない性格であるが、それを補うほどのスキルを持っていた。中学生の頃からやっているパソコン。どんどん便利になっていくこのご時勢で、彼のスキルは非常に役に立つ。それに最上は仕事とはあまり関係のない雑学の分野に対しても目を見張るほどの知識があるのだ。

「なあ最上君、ちょっと聞きたい事があるんだが」

「何です、社長?」

「いや、うちの家内がレインボーマンの『死ね死ね団』って曲の事を私に聞いてきてさ。それで物知りの君なら、何か分かるかなと思ってね」

「あーはいはい…、『インドの山奥で』って奴ですよね?」

「う~ん、残念だが、私はあまりそういったものを見なかったから、歌を唄われてもまるで分からないんだ」

「じゃあ簡単に説明しましょう。レインボーマンとは特撮の実写版と、漫画版もあるんですよ。複数の漫画家たちから描かれていて、中にはあの『タッチ』や『みゆき』で有名なあだち充もいるんですよ。それぐらいは知ってますよね?」

「ああ、カッちゃんとか双子の男の子の野球の話だろ?」

「ええ、でもファンから現在もあだち充版のレインボーマンの復刻本を強く希望されているんですが、作者自身が反対しているかららしいですよ」

「何故? 普通ファンの反響があるのなら、出版社だって本にするだろう?」

「まあ自分は作者じゃないからよく分かりませんが、おそらく内容に問題があるからじゃないでしょうかね。それで青春恋愛スポーツ漫画家として有名なあだち充は、レインボーマンを書く事で自身のイメージが崩れてしまう。そんな懸念をしたんでしょう」

 雑学王とも呼ばれる最上。ちょっと聞いただけで、こうまで詳細に渡って言葉が出てくるなんて大したものだ。何故不動産業で働いているのか不思議でしょうがない。

「ふ~ん…、どんな内容なんだい?」

「一般的な特撮ものって、仮面ライダーにしても戦隊ものにしても、シンプルでほとんど一話完結じゃないですか。敵が出てきて悪さして、正義がそれを最後に倒すって」

「うん、確かに」

「でもレインボーマンってちょっとその点からして違うんですよ。一話完結ストーリーじゃなく、一つ一つの話がどんどん繋がっているんです。それにヒーローなのに、常に孤独で知り合いが悲惨な目に遭っているケースが多く、変身して力を使い果たすと『ヨガの眠り』という仮死状態になり…、あ、これは座禅を組んで全身石化状態になるんですけど、一度そうなると五時間はそのままなんです。ウルトラマンなんてカラータイマーが鳴ると、空へ飛んで次の回には回復しているじゃないですか? でもレインボーマンは違うんですよ。その石化状態のままでも物語が進行していくんですから」

 詳しく話すのはいいが、こいつの悪いところは話が長い点だ。

「最上君…、悪いんだが、『死ね死ね団』という件だけ説明してくれないかね」

「あ、はあ…、死ね死ね団は主人公ヤマトタケルの敵組織の名前です。社長の言う『死ね死ね団の曲テーマ』という曲なんですが、これはチビッ子に見せるには本当問題ですね」

「問題?」

 確かに組織のネーミングセンスもマズいが、放送禁止になるなんてどのぐらい酷いのだろうか。

「死ね死ね団って日本を陥没させ、日本人抹殺が組織の目的なんですね」

「はあ? だってチビッ子用の特撮ものなんだろ? それが何で?」

「昔、戦争で日本人って他国を侵略して奴隷扱いした時期ってあったじゃないですか。その虐待にあった外国人が復習しようという設定で、死ね死ね団は生まれたんです。つまり日本人を滅ぼせ。まさに恨みの権化ですよね。現に未だ反日運動を繰り返す諸国も実際にあるじゃないですか」

「まあ…、で、その死ね死ね団のテーマとは何故そんな問題に?」

「『死ね』とか『死んじまえ』という言葉が数十回に渡って出てくるんですよ。日本人の事を黄色い猿と称してやっつけろとか、邪魔っけだとか」

「それで放送禁止に?」

「いえ、放送禁止になんてなっていませんよ。正確には放送を自粛しているって感じですよね。再放送もされていないので。放送していた頃というのが千九百七十二年だった時代なんで、あ、昭和四十七年ですよ。だから時代が味方したんじゃないですかね。今なら必ず問題になっていると思いますが。一年間高視聴率のまま終わった特撮ですね」

「君は聴いた事あるかね?」

「死ね死ね団のテーマですか? う~ん、うろ覚えで何となくぐらいですけどね。自分が当時三、四歳の頃やってたものですから。ひょっとして社長、曲を聴いてみたいとか?」

「レコードでも持っているのかね?」

「いえ、持ってはいないですけど…、ちょっとお時間もらえます? ネット上でデータがあるか、少し調べてみますよ。もし見つかれば、CDに音楽ファイルとして作れますし」

 そんな事が可能なら、妻の千冬も大喜びするかもしれない。どうせ放っておいても、最上はボーっとしているか、パソコンをいじくっているだけなのだ。ここは好きにさせるか。

「明日までに見つけたら、ご褒美にうまい昼食でもご馳走するよ」

「本当ですか? じゃあ、何とかしますよ」

 そう言うと、最上は驚くほどの速さでキーボードを叩き出した。この集中力を少しは仕事で役立ててくれたら、うちの業績ももっと良くなると思うのだが……。

 

 その日、家に帰るといつも通り千冬は玄関で出迎えてくれる。

「お帰りなさい、あなた」

「ただいま」

「お風呂にする? それとも食事?」

「軽く一杯飲んでから、お風呂に入りたいな」

「ビールでいい?」

「ああ」

 上着を預け、ネクタイをほどきながらダイニングへ向かう。テーブルの上には夕刊が一部置いてある。

 千冬は上着を掛けると、冷凍庫から凍ったグラス、そして冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出し、ゆっくり注ぐ。

「たまには君も一杯どうだね?」

「愛しの旦那さまがせっかく仕事から疲れて帰ってきたのに、つまみの一つも出せないんじゃ、主婦失格じゃないですか。あとで付き合いますから、ちょっと待っていて下さいな」

 こんな妻を見ていると、至福の極みとはこういう事を言うのだろうなと実感する。鼻歌を口ずさみながら野菜を刻む千冬。白のエプロンがとてもよく似合う。

 冷蔵庫からお新香を取り出し、テーブルへ出すと、今度はホウレン草のゴマ和えを用意している。料理の腕も抜群で、レパートリーも豊富な彼女。何でこんな女性が、あんな飲み屋で働いていたのだろう。変な虫がつく前に、私が口説き落としておいて本当に良かった。心から思う。

「お、この漬物、すごくぬかが利いていておいしいじゃないか」

「そう? この間、久しぶりにママに会ったのよ」

「ん、ママって? 君のお袋さんかい?」

「馬鹿ね…、私のお母さんは四国でしょ。それに実の親をママなんて呼ばないわよ。近所にある『スナック 月の石』ってあるでしょ。あそこのママが何年も掛けて、ぬか漬けをしているから、この間少し分けてもらったの」

「ふ~ん、そうなんだ」

 つい、そっけない返事を返す。妻の話す『月の石』のママは少し変わっているので、できればあまりお近づきになりたくない。

 この間、千冬に頼まれ帰り道にスーパーへ寄った時の事だった。試食コーナーで、簡単にできるナポリタンのコーナーがあり、妙に人が群がっていた。何だろうと思い覗き込むと、『月の石』のママが手づかみで試食のナポリタンを貪りながら口の周りを真っ赤に染めて「ケヘヘ、ああ…、ナポリ~、う~ん、ナポリタ~ン」とうっとりしていたのだ。何度か町内会の会合で、何度かあの店を利用した事はあったが、あの姿を見てからどうも脳裏にチラつき、苦手意識を覚えてしまう。

 とてもうまいキュウリの漬物だが、あのパイナップルみたいな頭をしたママのぬか床だと知ると、少し複雑な心境である。

「はーい、お待たせ。ゴマ和えできました」

「ありがとう。ほら、君も座ってたまには付き合いなよ」

「じゃあ、ちょっとだけ。カンパーイ」

 妻は軽くビールを飲み干すと、お風呂の湯加減を見に行く。千冬の後姿を眺めながら、そろそろ私たちの子供がほしいものだと、ぼんやり考えていた。

 何度か作ろうと頑張ってみたが、どうも子が宿ってくれない。私に原因があるのか、もしくは妻に原因があるのか。ハッキリ検査した事はなかった。それが分かったところで、どちらかのせいになって夫婦仲が冷めるのだけは嫌だったからだ。大切なのはこの暮らしを維持し続ける事。子供はその延長上の副産物に過ぎない。

 彼女が戻ってくると、私は最上との会話を思い出し、千冬へ伝えてみる。

「え、死ね死ね団のテーマが入るかもしれないの?」

「まだ分からないよ。でも、彼にしては珍しく気合い入っていたから、ひょっとしたらと思ってね。まあ実際にCDにできたなら、おいしい昼食をご馳走してやらないとな」

「一度聴いてみたかったの。美和と話していたら、無性にどんな曲なんだろって」

「美和って、あの霊感が強いって子じゃなかったっけ?」

「うん、あの子、昔っから本当に強いみたいで、一度あの子の家に遊びに行った時の話なんだけどね。二階の美和の部屋でお菓子を食べながらいると、彼女が急に立ち上がって、窓際まで行くわけ」

「へえ、それで?」

「しばらく外の一点を見つめたまま『女の子が泣いている……』ってボソッと」

「近所で親とはぐれた子供が道端で泣いていたの?」

「そう思って私も美和のいる窓際へ近づいたんだけど、どこを見ても誰もいないのね。しかも美和の家の敷地内って結構あるから、目の前は庭が広がっているだけだし」

「うん」

「どこに子供がいるの?って聞くと、全然人なんていない場所を指して『ほら、あそこで女の子が一人で泣いている。お母さんとはぐれちゃったって』。そんな感じで普通に言うから、私あの時は鳥肌立っちゃってね……」

「彼女には幽霊が見えているって事?」

「うん…、私にはそうとしか考えられないんだけど」

「あまりその子との付き合いは、控えたほうがいいんじゃないかな……」

 夏の暑い空間の中、私は鳥肌が立っていた。

「あら、少し変わっているけど、とてもいい子よ」

「……」

「あ、あなた、お風呂いい湯加減だと思うんだけど」

「ああ、入ってくるよ」

 霊、オカルト…。そういった類のものは、昔から毛嫌いしている私。今回、千冬が興味を示したものだから、仕方なく笑顔で応対している。天涯孤独だったあの頃を思い出すと、胸がギュッと締め付けられるような感覚は今でもあった。

 何度か桶で湯をすくい、体へ掛ける。湯船に肩まで浸かり、ゆっくり目を閉じた。

 絵に描いたように幸せだった幼少時代。そこへ亀裂が入ったのが大学生になってから。知人の紹介で妙な宗教にハマった母親は、奇怪な行動をするようになった。昔ではありえなかった夫婦喧嘩をする両親。気付けば家の貯蓄はほとんどなくなっていて、私の学費さえ捻出できないぐらいになっていた。母親が、宗教に金を貢いでいたのだ。大学だけは卒業しておかないと。そう思った私は日夜アルバイトをしながら生計を立てた。しかし私の最終学歴は大学中退だった。

 何故なら夏の日差しが照りつける蒸し暑い日、家に帰ると、風呂場で裸になった両親が手首を切り、死んでいたから。お互いの手首の傷口を重ね合わせるようにして……。

『宗徳すまない』

 そう床のタイルへ血で書かれていたメッセージ。それを見て自殺だった事が判明。

 あとで分かったのが、金による苦渋の決断だったという事。母親はあちこちに借金を作ってまで宗教へ献上していたらしい。家を売り払わないと返せないような額だった。

「……」

 誰にも言えない過去の強烈なトラウマ。妻の千冬にさえ話した事がない。

 自己の快楽しか求めなかった母親。

 命を張ってそれを止めようとした父親。

 すべてを私から奪った宗教……。

 それ以来、霊やオカルトといったものまで忌み嫌うようになった。

 浴室のドアが開き、千冬が入ってくる。

「たまには背中ぐらい流すわ」

「ああ、よろしく頼むよ」

 しばらく千冬の裸体を眺めていた。二十六歳の女性として最高の肉体を誇れる瞬間。まるで飽きがこない肉体美。両親ができなかった幸せな家庭を私はこの千冬と築く。そういった思いは強い。

 背中を洗ってもらいながら、ふと視線を床へ落とす。風呂場のタイル…。両親が重ね合わさって亡くなった場所。

 あの現場を見た瞬間、私は羨ましさを感じていた。

 命を懸けてまで非常な最後をまっとうした両親に対して……。

 

 翌日になると、最上は口約通り『死ね死ね団』の曲データをどこからか探し出してきて、音楽CDを作ってくれた。

 パソコン一台でどのようにして作ったのかを聞いてみたが、最上の話す言葉は専門用語ばかりで何を言っているのかまるで分からない。まあ、これで千冬も喜んでくれるのだ。その過程などどうでもいいか。

 昼食時には最上を誘い、うなぎ屋へ連れて行く事にした。

「どうだ、ここのうなぎは?」

「おいしいですけど、できれば出前のほうが嬉しかったですね」

「何でだ?」

「パソコンいじりながら食事ができるじゃないですか」

 まったくこいつの頭の中身はどうなっているのだろうか。理解不能だ。

「なあ、最上君。何でうちになんか入ってきたんだ? 君ぐらいのパソコンのスキルがあれば、そっち方面へ行ったほうがよほど役立つだろうが」

「下手にSEの仕事へ行っても役割分担があるので、却って他業種でパソコンを好きな風にというほうが仕事をしていて幸せって事もあるんですよ」

「SE?」

「システムエンジニアですね。まあ自分の場合は、そっちへ行ってもプログラマーとして働かされそうなんで、あれだけやっていると頭の中がおかしくなってくるんですよ」

「なるほど」

 確かに周りの社員から、彼がいるせいで便利なデータを作ってくれ、仕事がより円滑になったとか、整理がしやすくなったという噂は聞いている。不動産の仕事としては向いていないが、縁の下の力持ち的な役割は果たしているのだ。

 家に帰ると早速千冬へ渡してみる。妻は大はしゃぎしながらCDを聴いた。

 

 

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