他に滑り止めの高校など考えていなかった俺は、親父がガーガーうるさいのもあって、仕方なしに東部台高校を受ける事にした。偏差値五十五ぐらいの学校だったので、特に気張る必要もない。
受験当日、俺は試験を受けながら、全教科で三分の二ぐらい正解すれば合格するだろうと思っていた。
国語のテストだけは全問書いて提出し、残りの科目は、三分の二しか答えを書かなかった。とっとと試験を済ませ、一番初めに試験場を出た。
結果は予想通り、合格だった。特に嬉しいという気持ちもなかった。受かって当然だという自負があったからである。
続いて公立である河越南高校受験の日が近づいてきた。
そのタイミングでファミリーコンピューターのソフトである「ドラゴンクエストⅡ」が、ちょうど発売された。
小学校五年生になった弟の龍彦が、家の金を盗んだのか、どこからかドラクエⅡを仕入れてきた。俺は兄貴の権限を活かし、龍彦からドラクエ2を取り上げた。
もう試験は一週間を切っている。
これをやってしまったら、ヤバい……。
自分でもそれは理解していた。タイトル画面を見るだけなら……。
気になって勉強どころではなかった。はやる心を抑えられない。
早速ファミコン本体にセットして電源を入れてみる。聞き覚えのあるオープニングテーマ曲と共に始まるタイトル画面。俺は食い入るように見た。
気付けば俺は、コントローラーを両手に持ち、ゲームを始めていた。
面白い…。面白過ぎる……。
受験勉強などそっちのけで、俺はドラクエ2に没頭した。冷静に考えれば、試験のあとでゆっくりやれば良かったのだ。でも、俺は馬鹿だった。
試験当日…。ドラクエ2の世界の中でどっぷりとはまった俺は、徹夜でゲームをして、朝を迎えた。さすがに眠い…。しかし、今日が試験の日なのである。
学校に一度集まり、南高を受ける同級生たちと一緒に試験会場へと向かう。
頭の中は朦朧としていた。
そんな俺の状態などお構いなしに、試験は始まる。
国語の試験……。
もともと国語の得意だった俺は、簡単に問題を解いて、さくさくと進めていく。全問の答えを書き込み、一通り見直しをした。うん、問題ない。俺は机の上に突っ伏して寝た。
数学の試験……。
計算をしている内に、意識が朦朧としてきた。まぶたを指でつまみ、強めにつねる。痛みで少しは目が冴えてきた。何とか答案用紙に答えを埋め、時間ギリギリで終わらせた。
英語の試験……。
そろそろ限界だった。簡単そうな問題だけを最初にこなし、やっかいな問題をじっくり考えた。気がつくと、試験時間は終わり、三分の二ぐらいしか答えを書けていない事に気がついた。
社会の試験……。
もういいや…。答案用紙に名前を書いた時点で、そのまま寝た。
理科の試験……。
社会と同じく名前だけ書いて寝た。
そのあと面接もあったが、意識朦朧で適当に先生方の質問に答える。面倒だったのだ。
試験を無事終えてから、俺は完全に落ちたなと自覚していた。
テレビで今日の試験の問題を放送していた。俺は国語を思い出しながら、チェックしてみた。うん、国語は全問正解しているな……。
途中でそんな事をしても、何の意味のない事に気づいた。少なくても社会、理科はゼロ点なのだから……。
たまたま滑り止めで受けていた東部台高校…。どうやらここに行くはめになりそうだ。
河越南高校合格発表日がやってきた。
見に行かなくてもいい。すでに結果は、分かっているからである。
「おい、今日はどうだ?」
親父が声を掛けてくる。面倒だったので、適当に答えておいた。
「国語は満点とれた自信はあるけど、他の教科がねえ……」
「受かりそうか?」
「五分五分だね」
嘘だった。あの状態で受かっている訳がない。
「早く行って来いよ」
世間体ばかり気にする親父。見ていて滑稽だった。家にいても仕方がないので、発表を見に行く事にした。
「やっぱ、ないか……」
番号の張り出された掲示板には、俺の番号はどこにもなかった。まあ、当然である。
「神威、どうだった?」
一緒にこの高校を受けた同級生が、声を掛けてくる。相手の表情を見る限り、こいつは受かったんだろうと、すぐに分かるような笑顔だった。
「駄目だったね」
「うそ? だっておまえの成績なら……」
「まあ、いいじゃん。こんな事もあるさ」
喜びはしゃいでいる同級生たちに黙って、俺は一人寂しく帰った。
途中で家に電話を入れる。一応、落ちた事を報告しなければ……。
「おう、どうだった?」
電話に出たのは、珍しく親父だった。
「駄目だった……」
シンプルに言うと、しばらくの間、沈黙が流れた。
「馬鹿野郎。テメー、よくも俺に恥を掻かせやがったな。テメーなんぞ、死んでしまえ。馬鹿が…。帰ってくるんじゃねえ」
言いたい事だけ言われて、電話をガチャ切りされた。だいたいそう言われるだろうと、予想はついていた。ついていたのに、こんな悲しい気持ちになるのは何故だろう……。
俺は、家にこっそりと帰って着替え、有り金の四千五百円を持つと、家を出た。
電車に乗って、宛てもなく数駅先のところへ適当に行った。
適当に知らない街をふらつき歩き、知らない公園のベンチで寝た。
腹が減ったが、金はそんなに余裕ないのである。我慢した。
次の日、昼になってピザの食べ放題の店に行く。あらかじめビニール袋を用意してあったので、俺は腹一杯にピザを詰め込んでから、ビニール袋にこっそりとピザを入れた。
そんな生活をして五日間が過ぎた。金もなくなってしまい、ただ、街をふらつき歩いた。デパートの食料品売り場へ行き、試食品コーナーを何度も往復して腹を少し満たした。公園の水道で、冷たいのを我慢しながら頭と顔を洗った。
でも、そろそろ限界だった。電車賃もない俺は、トボトボと長い道のりを家の方向へ向かってひたすら歩いた。自分が惨めで、泣きそうだった。腹も減ってくる。
今頃、家では大騒ぎしているだろうか。おばあちゃんが亡くなってから、家のご飯はおばさんであるユーちゃんが作ってくれていた。親父はたまに、ユーちゃんの作ったご飯を勝手に食べ始め、ユーちゃんが文句を言うと殴った。そのような場合だけで、それ以外、親父と一緒に飯を喰う事などまったくなかった。
やっとの思いで、家に辿り着く。すっかり夜中になっていた。台所へ向かい、残ってあったご飯を胃袋一杯に詰め込む。親父に見つかるのが嫌で、俺は従業員住み込み用の建物に行き、空いている部屋に入った。
しばらく使われていない部屋だったので、埃がすごかったが、公園のベンチで寝るよりはマシだった。
家に帰った次の日の朝。俺はあっ気なく親父に見つかってしまい、散々殴られボコボコにされた。自分が情けなくて涙が出た。
高校に行くまでの春休み中、俺は親父の命令で、家のクリーニングの仕事を毎日手伝わされた。操り人形のような毎日を送りながら、俺は中学生活を終えた。
この時に俺は、絶対、家業など継ぐものか…。そう心に固く誓った。
了
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