川越警察署に到着すると、入口付近に車を停車する。さおりを車の中で待たせ、私一人で川越署へ向かう。途中で警官とすれ違ったので声を掛ける。
「おまわりさんー。」
「はい?」
「夜中に家の前、停めといたらやられちゃったけど、これきった奴、出してくんないかな?」
「すいません、それでしたら署内の方でお願い出来ますか。」
「はいはい。」
素っ気ない対応の警察官。別にはなっから期待してないので苛立ちはしない。でもこの件に関しては納得いくまで、警察にとことん噛付いてやる。私なりの方法で…。静かに入口へ向かう。
署内へ入ると、まだ八時前なので、警官の数もまばらだ。近くにいる警官に声を掛ける。
「おまわりさん、駐禁きられたんだけど。」
「すいません、そちらの交通課の方で聞いて下さい。」
「はいはい。」
入って右手に交通課があったので近付く。中には二名しか警官がいなかった。
「おう、駐禁の支払いで一万五千円持ってきてやったぞ。早く外せよ。」
出来る限り、ガラ悪く怒りを込めて言った。
「車は?」
偉そうな態度と言い方の背の高い警官が応対する。
「表にあるよ。」
あごでさおりの車の方向を指す。
「すぐに外すから。」
一緒に外に出て、車に向かう。私と警官の姿を見て、さおりが車から出てきた。
「この車はあなた名義ので?」
「違うけど、俺の女のだ。昨日、俺が借りた時に駐禁きられたからさ。」
「車両証明書は?」
「あるよ。嘘なんかいちいちつかねえって、ほれ。」
警官の態度のでかさにイライラしてくる。書類を確認すると、背の高い警官はワッカを外しに掛かる。今度はさおりも一緒について来て署内へ入る。
「じゃあ、こちらに座って。あ、一人だけでいいから。」
さおりが行こうとしたので、手で制して私が椅子に腰掛けた。
「金も点数もくれてやる。だからこれをきった奴出せ。」
「今は出勤してないから。はい、この書類に名前とか書いて。」
「書いてやるから、きった奴に連絡しろよ。」
名前、住所、電話番号を記入し、警官に突っ返す。財布を取り出して一万五千円抜いて、テーブルの上に放り投げる。
「これで文句ねーだろ?早く連絡つけろよ。」
「だから出勤してないし、お金もここじゃ受け付けてないから。」
「随分と横柄な態度とる奴だな。いいか?こっちは代金を払いに来てやった客なんだよ。勘違いして殿様商売みてえな口、利いてんじゃねーよ。ムカついてんだよ。ここじゃ受け付けない?じゃあ、どうすんだよ?」
「この用紙を持っていって、銀行か郵便局で振込みするようになってるから。」
「コンビニじゃ出来ないのか?」
「そう、出来ない。銀行か郵便局だけだから。」
「笑わせてくれるよな。」
「何がだ?」
「よく罰金を支払わないなんて偉そうにおまえら言ってるけど、金をもらうのに支払う窓口が限定され過ぎてる。みんな、あんたらみたいに暇人ばっかじゃないんだぜ?仕事抜け出してワザワザ金払いに行くんだ。コンビにとかでも支払い出来るのなら、まだ負担掛からないけど、現状の警察の対応だとちょっと横柄過ぎるだろ。少しはそっちも改善する余地あんだろ?自分たちの要求ばっか偉そうに言って、受付口は狭い。ふざけんなって。それより、ワッカつけた奴は?何課にいるんだよ?」
「いや、本署の人間じゃないから。」
「じゃあ、どこだよ?」
「交番の人間だ。」
「交通課でも何でもねーじゃねーか。舐めてんな。どこの交番よ?」
「神明町交番だ。」
「名前は?」
「ここに書いてあるだろ。」
切符を見ると、鹿倉正義と書いてある。こいつが…。怒りで体が震える。
「あー、あとねー。」
「何だよ、まだ何かあんのか?」
「ここに職業欄が記入してないから書いて。」
「色々やってんだよ。何、書けばいい?」
「一つでいいから書いてくれ。」
一つでいい…、今、私は小説を書いているから小説家と言っても、嘘にはならないだろう。ここはちょっと苛めてやるか。
「実は小説も書いてんだよ。金も払うし、ゴールド間近だったけど点数もくれてやる。この事をノンフィクションの小説として書いても面白いよな。あんたの名前も実名で、その横柄な態度もすべてそのまま書くだけなら楽でいいや。な?」
「それは好きにして構わないけど、罰金は期日までにちゃんと払って下さい。」
「あれ?急に口の利き方が変わったじゃん。」
「そ、そんな事はない。」
「まー、いいや。もうあんただけじゃネタにならないから。とりあえずその神明町交番の連絡先を教えてくれ。一万五千円も払ったんだから、ネタを作りに行かないとな。」
心理戦で段々私の方が有利な状況になってきた。さっきまでのイライラが消えていく。背の高い警官に電話番号を聞くと、川越警察本署を出て行く事にした。途中すれ違う警官に声を掛ける。
「おまわりさん。」
「はい?」
「面白い小説が出来そうですよ。」
「は?」
通りすがりの警官は不思議そうな顔をしていた。車の中で、さおりに話し掛ける。
「さおり、見ててちょっとはスキッとしたか?」
「うん。」
「同じ罰金を払うにしても、ここまで苛められれば警察も少しは考えるだろ。まだ実際にやった鹿倉正義って奴をこらしめるようだけどな。」
すべての警察官が嫌いという訳ではないが、理不尽な奴が多過ぎる。以前、お世話になった巣鴨署の元口さんみたいないい人もいるが、そんなのは稀である。
さおりと家に帰って早速、神明町交番に電話をする。五回ほど鳴ってから回線が切り替わった音がして、ようやく電話に甲高い女性の声が聞こえた。
「はい、こちら川越警察です。」
神明町交番に連絡したのに、転送で本署に繋がった。随分とふざけたシステムだ。
「もしもし。」
「あれ、川越の本署だよね?」
「はい。」
「神明町交番に電話したんだけど。」
「この時間、誰も電話に出られない状況だと、こちらに転送される事になってますが…。」
「へー、随分と面白い事、言ってくれるじゃないか。」
「え?」
「え、じゃないって。付近の地域を二十四時間体制で街の治安を守るのが交番の役目だろ?何かおかしい事、言ってるか?」
「いえ、おっしゃるとおりです。」
「それが今現在朝の八時。その時間で電話に出ないから本署に繋がる…。おかしいんじゃないか?夜の十一時とかは、わざわざ近所でもない俺の家の方まで出てきて駐禁とかしてるくせに、本来警官がいなければいけない場所には誰もいない。誰が聞いてもおかしいよな?」
「少々お待ちになって下さい。」
どう考えても私の意見は正論だ。確かに駐車禁止の場所へ車を停めたのだから、駐禁をとられたのはまだ理解する。でも交番の人間がわざわざ近所からの苦情もないのに、夜中に家まで来て駐禁をきるという行為がおかしい。挙句の果てにこの時間、電話にも出ないなんて何の為に交番があるのか。そんな事しか出来ないのなら交番なんていらないし、税金の無駄だ。待たされている間、どうやって攻撃してやろうか色々考える。
「すみません、お待たせしました。神明町交番に変わります。」
何か特殊な回線でも使って連絡でもしたのだろうか。
「もしもしー。」
「あんたが鹿倉さんかい?」
「ええ。」
「そうかい。俺が誰だか分かるかい?」
「い、いいえ…。」
「昨日の夜中にあんたがわざわざ駐禁をきってくれた者だよ。」
「それについてはですね。」
「うるせーよ、自分の家の前できられたんだ。わざわざ神明町からはるばる来てご苦労な事だな。法律で決まってる以上、理不尽だが金も点数もくれてやるよ。それが義務だからな。」
「私は法律に従って、間違った事はしていません。」
「ああ、法的には間違ってないんだろうよ。ただな、あんたの身内が同じ事しても、俺にやったように同じ台詞吐けるんだな?」
「はい、私は法律にもとづいて行動したまででして…。」
「法律法律ってうるせーよ。そんなに法律が好きなら警官なんぞやらずに、弁護士でも検事でも裁判官にでもなりゃーいいだろ?」
「今はそういう事を話している訳ではありません。」
「そうくるか。じゃあ、本題言う前に一つ質問だ。何で今の世の中がおかしくなってるか分かるか?」
「え…。」
「みんなが義務も果たさないで、権利ばっかり主張してるようになったからだよ。」
「そ、そうですね。」
「権利なんてもんは義務を果たして初めて生まれるもんだ。それをみんな、権利って言えば全部物事がスムーズにいくと思ってる。みんな、楽したいからな。」
「ええ。」
「今回の件で言えば、俺は罰金も払うし点数も削られる。それが与えられた義務だもんな。」
「そうです。」
「じゃあ、義務果たしたらこっちの権利を言うよ。黙ってやって、卑怯な奴に見られるのも嫌だからな。」
「な、何ですか?」
「鹿倉正義。正義の味方の正義で、まさよしって読むんだろ?」
「そうです。」
「実は小説を今、書いているんだよ。そこでノンフィクション小説として、あなたのやった事すべてを実名で登場させ、細かいところまでリアルに書いてやるよ。覚悟しな。」
「それはやめて下さい。」
「やめて下さいだ?ふざけんな。今までおまえら警察が何かしようとして、みんなそう言っても、規則は規則だからって全部ゴリ押ししてきたんだろ?自分の時だけ、そんな都合よくいくなんて思うなよ。」
「プライバシーの侵害です。」
「へー、そんな言葉知ってたんだ?じゃあ、こっちは言論の自由だ。嘘を書く訳じゃない。真実を追究して世の中に問いたいだけだ。」
「やめて下さい。」
「やめねーよ。おまえらだってそうしてきたんだ。俺もさっき、それで駐禁を食らったんだ。あんたにな…。それでフィフティーフィフティーってもんだ。」
「名前を載せるなんて、お断りします。」
だんだんと楽しくなってきた。どの辺まで苛めるか、それは私の心境次第でどうにでもなる。
「分かったよ。百歩譲って、正義の味方の正義の正を精子の精で精義ってしよう。どう読むかは読者に任せればいいんだからな。それなら、あんたじゃないから何も問題ない。」
「やめて下さい。」
「都合いい事ばっかり言ってんじゃねーよ。俺は義務をちゃんと果たして、権利を追求するんだ。何が間違っている?あんたの大好きな法的にだって、何も間違った事はしてないはずだろ?」
「……。」
「俺は前向きに一万五千円払って、いいネタを仕入れたと思うようにしたんだ。駐禁になったって、落ち込んでてもしょうがないからな。」
「あの…、あなたのお名前は?」
「神威だ、神威龍一だよ。よーく覚えておきやがれ。」
「神威さん、あなたが大変常識的で、正義感が強いのはお話を聞いてよく分かりました。大変地位もある方だと思いますし…。」
「は?俺なんか家の前で駐禁食らうような小者だって。」
「いえ、話していて分かります。」
「へー、今度はよいしょか?」
「違います。ですから社会にその思いを役立てて欲しいのです。」
「話の筋道を変えないでくれ。俺が言いたいのは、法的とかそんなんじゃなくて、道徳心の問題を言ってんだ。自分の家の前で車をたかだか一時間ちょい停めて違反にされたら、ムカつくだろ?引越しとかで一時間停めて違反とられるのか?真昼間にT字路のど真ん中に停めて、明らかに迷惑な駐車をする奴だっているだろ?そういう車、昼間に散々見てきてるけど、何故すぐ駐禁に来ないんだ?鹿倉さん、あんたのやってる事は法的に間違ってないかもしれないけど、傍から見たらおかしいんだよ。」
「確かにそう言われますと…。」
「じゃあ、俺に謝れ。」
「え?」
「実名で書かれるの、嫌なんだろ?だったら俺に謝れ。そうすれば実名で書くのはやめてやる。」
「すいませんでした…。」
「分かったよ。じゃあ、実名ではやめてやる。これでこっちもスッキリしたから、もういいや。じゃーね。」
自分勝手に話を終えて電話を切る。鹿倉に言ったとおり、だいぶスッキリ出来た。さおりも私を見てニコリと微笑んでいる。
「ちょっとはスッキリしたか?」
「うん。」
「とりあえず言いたい事は言えたし、駐禁はしょうがないよな。」
「警察官も少しはこれで懲りてくれればいいけどね。」
「どうだかな。鹿倉一人だけじゃないからな、警察は…。」
あとは出勤する前に郵便局に行って、金を警察に振り込んで終わりだ。この調子で一気に西武新宿の件も片付けてやりたいところだった。有馬記念がああいう当たり方をした事といい、変な運気が私に向いてきたのを感じる。
仕事で新宿へ向かっている間も、頭の中で今後の事を整理してみた。自分の理論というか、屁理屈とも言われそうではあるが、一部の国家権力にも通じた。罰金と点数をとられたのは痛かったが、警官を謝らせたという自己満足が心地良かった。
会社でも駐禁の話題で盛り上がった。田中は自分の事のように喜んでいた。
「自分も以前、酷い形で駐禁やられた事、あったんですよ。だから話を聞いててスカッとしますよ。」
「実際、警察って理不尽な事、かなり多いじゃん。歌舞伎町浄化作戦なんて、どっかの馬鹿がうたってるけど、実際は自分の都合いいようにしたいだけじゃん。」
「都合いいって言いますと?」
「そうか、田中はまだ歌舞伎町に来て、間もないんだよな。簡単に言うと、俺は歌舞伎町に長い間いるし、ある程度の状況も分かる。俺の知り合いは六月ぐらいから本格的に始まった浄化作戦で八割方、警察に捕まってほとんどが今、執行猶予で三年から四年になっている。世間でよくいう前科一犯ってやつだ。」
「ぜ、前科ですか?」
「そう言うと聞こえが悪いだろ?」
「はぁ…。すごい悪人って感じがします。」
「そうだ。前科一犯って聞くと、ほとんどの人が悪いようにとる。でもさ、その執行猶予になった連中がどんな事して、前科一犯になったと思うよ?」
「人を刺したとかですか?」
「馬鹿、俺の知り合いの八割が、そんなに人を刺したら大変な騒ぎになるだけだろ?」
「それはそうですね。じゃあ、何で…。」
「例えば今じゃ随分と少なくなったが、歌舞伎町には裏ビデオ屋ってあんだろ?」
「ええ、知ってますよ。自分、競馬当たるとよく買いに行きますから。でも今はビデオよりもDVDですけどね。」
「それを売ってる奴って悪い奴か?」
「うーん、難しい質問ですけど、自分のよく行く店の人は結構気さくでいい人ですよ。これが自分の好みに合うんじゃないって、よくアドバイスもしてくれるし、自分的には悪い奴とは思えないですよね。」
「だろ?そういう裏ビデオの売ってる人が法的に違反はしてるかもしれないけど、前科一犯になってるんだ。」
「罰金とか注意ぐらいでいいと思いますけどね。」
「でもそれが簡単に言うと歌舞伎町浄化作戦なんだ。あとは風俗とか…、ソープは違うけど店舗型のヘルスとかも結構やられた。あとはゲーム屋とかね。」
「酷いですよ。だって歌舞伎町って男が金を使って遊びに来る歓楽街じゃないですか?」
「その通りだ。浄化作戦を考えた奴に言ってやりたいよ。この街をそうまでしてまで、カジノを作りたいんですかってね。だいたいこの国はおかしいよ。不況だ何だって言いながら、最近じゃ政府は何をした?」
「え?」
「新札を作ったろ?」
「はい。」
「今、新しい札を作って何の意味がある?」
「さあ?」
「おまえ、新五千円札見た事あるか?」
「いえ、千円と一万円札なら見た事ありますけど…。」
「普通に考えて不況って事は、全体的に金が無い事だよな?」
「ええ。」
「みんながまだ見た事ない新札を偽造して、金儲けしようって奴が沢山いたっておかしくないだろう?」
「そりゃそうですね。自分も神威さんぐらいパソコン使いこなせたら、偽札ぐらい作って金儲けしてみたいですよ。」
「馬鹿、そんな事したら人として最低だ。まあ、それは置いといて、偽札のニュースが最近頻繁に流れるだろ?あれだって馬鹿な愉快犯をあおってるだけだ。」
「はぁ…。」
「それで国の対応はというと、もしどんな形であれ、偽札を持っていたら没収してお終いだろ。てめーらで巻き起こした事を罪も無い国民に尻を拭かせているだけだ。」
「そうですよね。俺、何かムカついてきました。」
「当然の感情だ。当たり前だよ。今の日本人は平和ボケで頭が茹だっている奴が多過ぎるんだ。浄化作戦だってそうだ。確かに法的に違反している商売が、歌舞伎町は多いかもしれない。でも…、だからこそ歌舞伎町は日本一の歓楽街って言われるんだろ?」
「そうですねー。」
「確かに裏ビデオやヘルスで捕まって罪を償うのはいいけど、明らかにやり過ぎなんだ。街のバランスがおかしくなってしまった。」
「へー、今もですか?」
「今がだよ。こんな殺風景な歌舞伎町は初めて見たよ。普通の商売、例えばおそば屋さんとかうなぎ屋とかが、どんどん潰れてんだぜ。」
「何でですか?」
「おまえ、仕事してて腹減ったらどうするよ?」
「まあ、出前頼みますけど…。」
「昔はみんな、そうだったんだよ。それがこれだけ色々パクられてみろよ。それで商売が成り立ってた飲食店はどうなる?食い物屋だけじゃない。ダスキンの人やヤクルトおばちゃんだって、みんなブーブー言ってる。商売にならないだからな。」
「はー。」
「そんな現実を俺はこの目で嫌ってほど見てきたんだよ。俺から言わせれば、歌舞伎町浄化作戦なんて、単なるパフォーマンスにしか見えない。」
「パフォーマンスですか?」
「ああ、俺の家って川越だろ?」
「はい、遠いですよね。」
「西武新宿線の端と端だからな。だから地元の人間なんてほとんどこの街には来ない。」
「それはそうですよ。」
「来ないって事は、この街に金を落とさないって事だ。」
「まあ、そうなりますね。」
「だから自分には関係ないからこそ、好き勝手な台詞を言える。」
「例えば?」
「近所のおばさんと道でバッタリ会った時の事だけど、俺が新宿に働きに行ってるの知ってるから、歌舞伎町すごいのって聞かれたんだ。当然すごいというか酷いって言ったけどな。そしたら税金も払わない悪い奴らはどんどん捕まえた方がいいって言うんだ。」
「普通はそう思いますよ。」
「ああ、自分には関係ないからな。でも、さっき言ったように飲食店とかが潰れてると言ったろ?」
「はい。」
「もし、それが自分の身内だったらどうする?そんな自分は無関係だからどんどんやっちゃえなんて言えるか?」
「そんなの言えないですよ。言える訳ないじゃないですか。」
「田中がいつも行く裏ビデオ屋がもし、やられたら?」
「モザイク入りのAVなんてもう見れないですよ。どうやって買うか考えちゃいますよ。俺、実はヘルスでモーニング抜きっ子って言う店のむつきちゃんていう子を指名してんですけど、もしそこが警察にやられたら、かなりムカつきますね。」
「そうだろ?男にしか分からない事かもしれないけど、ヘルスなんて金を払って女に抜いてもらう場所だろ?言い方は悪いけど。そこで働く子も客も金で割り切る事で成り立っている商売だ。」
「そうですね。でもむつきちゃんって、ちょっと年いってるけど、すごいいいんですよ。この間も…。」
「ちょっと待て、今は違う話題をしてんだから聞け。それで婦女暴行とか減ってる面もあると思うんだ。必要悪だとしてね。」
「俺はそんな事しないですよ。」
「誰がおまえがやったなんて言ったよ。例えばの話を話してるだけだ。」
「はぁ…。」
「女にもてない奴でも性欲はある。」
「俺は別にもてないって訳じゃ…。」
「だからおまえの事じゃないって。例え話だよ。それでそのもてない奴がヘルスとかに行って、性欲を満たしてもらう。それのどこが悪い?」
「別に悪くないじゃないですか。」
「そうだろ?でもこれは男にしか分からない話かもしれないけど、正論なんだよ。そういう奴を卑下してもいいけど、その代わりに抱かせてくれる女を紹介でもしてくれるのか。誰もそんな事、出来ないだろ?だったら自分の金で欲望を満たしてんだから、ほっといてやれよと俺は言いたい。」
「そうですよね。」
「そんな場所とかまで手当たり次第パクってどうなる?婦女暴行や痴漢とかが増える一方だと思うぜ。」
「奥が深い話ですねー。」
「まあ、また今度機会があったら続きは話そう。仕事、仕事…。さっきからオーナーが俺たちを睨んでるぞ。」
こちらに怒った顔で近付いてくるオーナー。私はさりげなくパソコンのキーボードを適当に叩いて、仕事しているフリをした。
「ヤバ…。」
「田中っ。」
「ひー。」
田中がオーナーに怒られているのを気付かないフリして、私は仕事を進めた。まあ彼には講習料代わりに、私の身代わりとなって怒られてもらおう。どちらかと言えば、話に熱くなって語っていた自分の方が責任あるが、オーナーに怒られるのも嫌なので知らん振りを決め込んだ。田中が必死に謝っている声が遠くから聞こえてくる…。私は心の中で祈る事ぐらいしかしてやれない。
その日、一日中田中はねちねち言われ、落ち込んでいた。可哀相なので、今度飯でも奢ってやろう。帰り支度を整えて会社をあとにする。今の私には変な勢いが味方してくれている。今日辺り西武新宿の一件で自分から動いたら、何かしらいい方向に行くかもしれない。西武新宿駅に着くと、そのまま駅員待機室へ寄り、峰はいるかと尋ねる。
「峰駅長なら小江戸号の方に行っています。」
あれからあのままで何も変わっていないが、時間が経てば自然に私の怒りが治まると思っていたら大間違いだ。峰に思い知らせてやる。
「ありがとう。」
私は最高級の笑顔で駅員にお礼を言った。小江戸号を待つ乗客たちはいつも通り、長い列を作って並んでいる。車内清掃が終われば、この人の列は電車に吸い込まれるように入っていく。私はあえて列に並ばず、常に最後尾にいるようにした。列の先頭の方に駅長の峰が忙しそうに切符をチェックしている。私は乗客が全員乗り終わるのを待ち、携帯で動画を撮れるように準備しておいた。ようやく手の空いた峰に近づく。
「先日はどうも。」
私が近付くと、峰は緊張が走ったような感じで身構える。さりげなく携帯を操作して、そっと動画を開始するボタンを押す。
「あれから何もないですけど、あなたはあれで終わったと思っているんですか?」
「いえ。」
「でもあれ以来、何も連絡すらないじゃないですか?あのまんまの状態で、もう関係ないやって思ってんですか?」
今、この話し合いがいずれいい証拠になるであろう。峰は携帯でこの状況を撮られているのを何も気付いていない感じだ。
「いや、関係ないとかそういう事ではなくてですね…。」
「じゃあ、何で連絡一本ないんです?おかしいじゃないですか。ほっとけばいいだろうぐらいに思ってるんじゃないですか?」
「そんな事は思いません。ただ関係ないとかいう事ではなく、我々こちらとしても謝ってそれぐらいしかお話は出来ないという事です。」
「あれがちゃんとした謝罪ですか?どこがですか?あれが西武新宿総意の謝罪という訳ですね。それがそちらの言い分と受け取ります。」
「言い分ですか?」
「言い換えれば、言いたい事って意味です。」
「言いたい事って私が言いたい事ではなくて…。」
「だからー、俺はあれだけ赤っ恥かかせられて、俺からわざわざ駅まで出向いてあの対応で…、それがそちらの謝罪だと言う事ですね。あんなもんで誠意を見せたと…。」
「いえ、それは…。」
「ですから、あれが謝罪なんですね。あれで西武としては充分謝罪したって事ですね。」
「はい、そうです。」
「もう何も話す事は無いと言う事ですね。」
「はい。」
決定的な証言がとれた。あえて相手を感情的にさせて、言葉を滑らせるようにもっていけた。卑怯なやり方かもしれないが、それだけ早くこの件を片付けたかった。
「分かった。このつもりなら西武新宿全部を巻き込んでやるよ。」
私は携帯をさりげなくしまい、無言のままこちらを見ている峰をあとにして小江戸号に乗り込んだ。さて、この映像をどうしよう。本川越駅に着くまでゆっくり考えればいいか…。どっちにしても解決は近いと感じた。さおりにメールを打つ。
「とりあえず西武新宿全部を巻き込む事にした。舐めやがって…。ま、とりあえずおまえは心配するな。うまい具合に持っていくから安心しな。」
電車に乗っている間、西武新宿の件を一から整理してみた。まずメガネの女との席を巡るトラブル。駅員を呼んだが、その時対応した助役の朝比奈の行動。続いて駅長の峰の言動が今回の原因だ。そのときの車掌だった石川さん。そして本川越駅駅長の村西さん、西武新宿駅長の間壁さんと助役の福島さん。この人たちがいたから大ごとにならずに済んだ。みんな自分のせいでもないのに、必死に駅としての対応の落ち度を反省し、私に頭を下げて謝ってくれた。こちらの心が苦しくなるぐらいに…。何日かしてようやく助役の朝比奈から電話があった。私は電話じゃ済まさない。直に駅へ行って話すと、二日後に会う約束をした。実際に会って話し合うと、朝比奈は頭を下げて謝罪し、峰は見苦しい言い訳が多く、結局私が怒って話し合いにならなかった。それから現在まで峰の方から何も連絡はなく、さっきの状況に至った訳だ。私は何に納得いかないのか。答えは明白である。峰や朝比奈が原因でこうなって、峰以外の駅員がみんな頭を下げている。自分のせいで周りが迷惑を被っているのに、何故、あいつはあんな態度でいられるんだという事だ。一度でいいから、ちゃんと謝ればすべて解決出来るのに…。
携帯で撮った先程の映像を繰り返し見てみる。
「あれから何もないですけど、あなたはあれで終わったと思っているんですか?」
「いえ。」
「でもあれ以来、何も連絡すらないじゃないですか?あのまんまの状態で、もう関係ないやって思ってんですか?」
「いや、関係ないとかそういう事ではなくてですね…。」
「じゃあ、何で連絡一本ないんです?おかしいじゃないですか。ほっとけばいいだろうぐらいに思ってるんじゃないですか?」
「そんな事は思いません。ただ関係ないとかいう事ではなく、我々こちらとしても謝ってそれぐらいしかお話は出来ないという事です。」
「あれがちゃんとした謝罪ですか?どこがですか?あれが西武新宿総意の謝罪という訳ですね。それがそちらの言い分と受け取ります。」
「言い分ですか?」
「言い換えれば、言いたい事って意味です。」
「言いたい事って私が言いたい事ではなくて…。」
「だからー、俺はあれだけ赤っ恥かかせられて、俺からわざわざ駅まで出向いてあの対応で…、それがそちらの謝罪だと言う事ですね。あんなもんで誠意を見せたと…。」
「いえ、それは…。」
「ですから、あれが謝罪なんですね。あれで西武としては充分謝罪したって事ですね。」
「はい、そうです。」
「もう何も話す事は無いと言う事ですね。」
「はい。」
「分かった。このつもりなら西武新宿全部を巻き込んでやるよ。」
周囲の駅構内の雑音が入って、かなり声が聞き取り辛いが、携帯はちゃんと私たちの会話を拾ってくれていた。世の中、本当に便利になったものだ。頭の中で本川越駅に着いてからのシュミレーションを思い浮かべてみた。
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