2025/01/05 sun
前回の章
真奈美の存在がどんどん大きくなっている。
影原美優の件で、女は懲りたんじゃないのか?
あんな無様で意味不明な惹かれ方をして……。
またリングへ復帰するんじゃなかったのかよ?
俺はいつもこうブレている……。
別に鍛錬を辞めた訳ではない。
昨日の遅れを取り戻そう。
部屋の目の前にあるトレーニング室で、ベンチプレスを始める。
回数を決めず、腕が持ち上がらくなるまでこなす。
より負荷を掛けてやりたい。
まだ佐川急便へ行くまで三時間はある。
俺は着替えを済ませ、ジムへ行こうと下へ降りた。
「あー」
一階の玄関のところに甥っ子の然がいた。
みんな出掛けているようで誰もいない。
まだ二歳くらいの然が、勝手に外へ出たら危ないだろう。
俺を認識しているのか、然は足にしがみついてくる。
ジムへ行きたいんだけどな……。
まあ今日はいいか。
然を抱っこして外へ出た。
「あー」
「然、やめろ。ほっぺたを抓るな」
仕方ないのでクレアモール沿いにあるデパートの丸広へ連れて行く。
ここの屋上には子供が喜びそうな小さな遊園地があった。
アンパンマンに興味を示しているようなので、お金を入れる。
意味も分からず興奮する然。
六年前、もし俺が百合子との子供を産んでいたら、こうやって可愛がったのだろう……。
「然、電車乗りたいか?」
「あー」
「分かった分かった…、ほっぺたを抓るなよ」
本当に子供は癒しだ。
時間が経つと、駄々を捏ねだす。
ジュースを買い与えると大人しくやる。
もし子供が俺にいたら、どんなに幸せだったのだろうか……。
二千五年の地獄の中にいたような感覚。
二度とあんな思いはごめんだ。
それなのに俺は、影原美優を似たような目に遭わせた……。
業が深過ぎるのだ。
そろそろ戻らないと佐川急便の準備もある。
帰り道抱っこをしながら戻る途中、然はトロンとした目になり、あっという間に寝てしまう。
家に戻ると、弟では無くなった貴彦の嫁のあみっ子が大慌てで然を探していたようだ。
大泣きしながら然を抱き締める。
伯母さんのピーちゃんは、俺をジロリと睨み付け「何を勝手に然を連れて歩いてんだ!」と怒鳴りつけてきた。
「勝手に連れ出したのは悪かったよ。ただ、俺が下に降りたら、然は一人で玄関のところにいたんだぞ? 外へ飛び出していたら、どうするんだよ?」
「おまえには関係無い! 然に関わるな!」
酷い言われようだ。
俺はあの時…、子供をおろす時ピーちゃんへ泣きついた。
「自分の事は自分で責任取れ」
そう突き放された。
時が経ち、家の敷地内にある従業員住み込み用の建物は取り壊され、新しく建て直した。
一階をテナント募集にしたので、俺は患者からの要望もあり『岩上整体』をそこでやろうと考えた。
邪魔をしたのはピーちゃんだった。
そしてその後、貴彦が今経営している『北風と太陽』をやる事になった。
「俺が行くイタリアンのオーナーは、兄貴が行った浅草ビューホテルなんか比べものにならないほど凄くて、年商一億の店だからね」
親父が『岩上クリーニング』の社長になり、家業を辞めた貴彦はそう偉そうに行って家を出て行った。
しかし調理師の免許も取れない内に退職。
同棲していた朝美が妊娠し、家に泣きついて帰ってきたのだ。
俺の整体は断り、貴彦のカフェはやらせる。
何故なのか不思議だった。
そのあとすぐだ。
加藤皐月からピーちゃんと貴彦が、内緒で養子縁組をして、すでに俺や徹也とは兄弟で無くなったのを知ったのは……。
貴彦へ問い詰めるも、平気で白を切られた。
「兄貴はさ、血の繋がった弟と、あの守銭奴、どっちの言い分を信じるんだよ」
堂々と嘘を言い放つ貴彦を見て、俺は縁を切った。
以前貴彦が怪我をして部屋に引き籠もっていた時、俺は月に二十万程度の小遣いをあげた。
当時ダンサーだった朝美が新宿でイベントがあるから来てくれと俺を誘ってきた時、彼氏である貴彦を誘えと伝えた。
「たーちゃん、お金無くて部屋にいるって言うから……」
俺はさらに貴彦へ小遣いをやり、新宿プリンスホテルの部屋代まで出してやった。
この日は朝美の誕生日だというので、最上階のラウンジシャトレーヌでの飲み代もあげたほどである。
「兄貴はさ、金を稼ぐのはうまいけど、遣い方を知らねえから俺が遣ってやってんだ」
同級生の前で偉そうな顔で調子に乗って話す貴彦の顔面を蹴飛ばし、それ以来小遣いをやるのをやめた。
百合子と俺の部屋にいた頃、バレンタインデーで俺の部屋を通過して朝美は親父に「お父さーん、チョコレートです」と無視された。
別にチョコレートが欲しい訳ではなかったが、あれだけ世話をしてこういう行動をコイツは取るのかと思った。
今では貴彦の嫁になり、長男である俺に遠慮せず自分の家面していた。
俺はコイツらに激しい憎悪がある。
目の前が暗くなっていく。
三人で然を勝手に連れ出した事を責めるのを見て、この手で殺したくなった。
都合良く良いところ取りの屑共が。
何が岩上家の長男だ……。
積年の怨みが募る。
右の拳を固めた。
おそらく俺が本気で殴れば人間など壊せる。
どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むのか?
断末魔を上げさせ、この場で俺に吐いた台詞を死んでからも後悔しろ……。
黙ったまま近付く。
その時然が目を覚まし、泣いた。
我に返る。
暴力で物を言わせてどうするつもりだ?
この場にいたら、俺は間違いなくおかしくなる……。
「どけよ」
乱暴にピーちゃんをどかすと、部屋へ戻り仕事の準備をした。
車に乗って佐川急便へ向かう途中、何度も涙が溢れ出た。
俺は…、何で人間扱いされないのだろう……。
憎悪だけが根底に静かに積もっていくのを感じた。
暴力からは何も生まれない。
破壊からも何一つ生まれない。
俺の感情で動けば、どれだけの人に迷惑が掛かる?
ピーちゃんの汚いものを見るような目つき。
俺は生涯忘れないだろう。
貴彦も殺してやりたい。
自分じゃ何一つできないクソガキが偉そうにしやかって……。
法とかモラルとかすべて無関係なら、今すぐこの手で殺してやりたい。
これまでに無い怒りが全身を包む。
駄目だ、こんな心境で仕事へ行っては……。
自我崩壊する一歩手前。
仕事を休む?
馬鹿が……。
甘えるなよ。
俺はそんな身分じゃない。
「……」
何をやっても駄目。
人からは忌み嫌われる。
すべて放り出したい気分だった。
携帯電話が鳴る。
福田真奈美から。
こんな心境なのだ。
今彼女と話せる気分ではない。
そういえば誕生日が近いとか言っていたな……。
せっかく連絡をくれたのだ。
出るか……。
「はい、岩上です」
「あ、岩上さん。真奈美です。こんばんは」
凍りつくような心に届く一筋の光。
「こんばんは」
彼女なら普通に話せる。
俺はこらから佐川急便の仕事へ入る説明をした。
五月二十一日が、福田真奈美の誕生日。
あと四日。
金銭的に余裕が無いので、正直に伝える。
「何を言ってんですか。高価なものなんかよりも…、私、岩上さんの料理食べたいです。この間のお弁当、とても美味しくて…。迷惑じゃなければ、また食べたいです」
こんな俺の料理を欲しがってくれる……。
嬉しくて泣きそうだった。
電話を切り、タバコに火をつける。
どれだけ俺は現金にできているのだ。
先ほどまで殺したいとなった心境から一転し、今は幸せさえ感じている。
どちらにせよ職場へ行ける精神状態になった事は変わりない。
すべて福田真奈美の存在のおかげだ。
あの子も、こんな金も無い中年男の何がいいのか。
群馬の先生は俺が今後愛に苦しむと言った。
試練の連続だとも言った。
もしそうだとしても、今ぐらいは天使のような彼女に縋りたい。
こんな感情の起伏がジェットコースターのような人生は懲り懲りだ。
いい加減幸せになりたい……。
一心不乱に働き、汗を流す。
福田真奈美は、自分の誕生日に俺の作った料理が食べたいと言った。
そもそも料理人になった事もない俺が、何故こうまで料理に拘っているのだろう。
お袋が家を出て行き、自分で好きなものを食べたいと包丁を握ったのが小学校三年生の頃。
一日百円の小遣いでインベーダーゲームをやりたいのを我慢し、近所の金子八百屋で茄子一山を買った。
茄子を半分に切って、油で素揚げするだけのシンプルな料理が食べたくて俺は初めて台所に立った。
それを見た親父は「女みてえな真似しやがって」と殴られた。
当時の俺は泣きながら、それでも茄子を作ったのだ。
いつからだろう、料理を勉強する訳でもなく気付けば色々感がるようになったのは。
おそらく全日本プロレスを目指す頃だ。
金も無く、それでも身体を大きくしなきゃいけない俺は、必然的に自炊しなければならない環境だった。
当時先輩の坊主さんも無職で、毎日の用に俺の家に泊まりに来ていた。
必然的に坊主さんの分も食事を作る。
どうせ人に作るなら、できるだけ美味しく……。
多分その辺が原点なのだろう。
浅草ビューホテルでの経験。
トップラウンジ『ベルヴェデール』の料理長の浅沼さん。
あの人に可愛がられた俺は、この料理を作る場合はこうしろ、これは何々に気を付けて作れと色々教わった経験が大きい。
だから俺の料理は必然的にイタリアンが多いのだ。
バーテンダーは酒の調合士。
どの酒とどの酒を混ぜれば、どのような味になるかを熟知しなければならない。
料理も似た部分があった。
素材が同じなら、大切なのは調味料の組み合わせ。
元々人をもてなすというのが好きだった俺は、ホテル業を経験しより一層追及した。
新宿歌舞伎町での裏稼業。
あそこでの生活も大きい。
何故ならホテルで得た接客知識を裏稼業でも実践するよう心掛けたからである。
店員の勘違いしたぶっきらぼうで偉そうな接客よりも、丁寧で礼節ある接客のほうがどう考えても客は喜ぶ。
だから当時の俺は、色々な客からも可愛がられたのだろう。
料理とサービスは一体。
人をもてなしたいという心が同じだから。
そう…、俺は福田真奈美をもてなし、彼女の喜ぶ顔が見たいのだ。
身も心も料理に捧げよう。
帰ったら真奈美の誕生日用に作る料理の仕込みを始めようじゃないか。
仕事が終わるのが待ち遠しい。
帰り道スーパーへ寄って、今の俺が作れるもので最高のものを。
仕事が終わり、帰り支度を済ませる。
いつも上尾まで送る小田中と住谷が、俺の車のところで待っていた。
考えてみれば一か月半以上、彼らを車で送っている。
少し苛立ちを覚えた。
燃料代は当然俺が負担。
それなのに二人とも、ジュース一本ご馳走してくれた事がない。
あえて遠回りをして上尾まで車で送っていくのだ。
一ヶ月でガソリン代も一万円以上多く掛かるようになった。
無料で送り続け、別に見返りを求めた訳ではないが、この二人はそれに甘んじているだけ。
福田真奈美と幸せになりたいんじゃないのか?
もっと自分の事を考えないといけない。
「ごめんなさい、これから別に寄るところあるんで、これからは上尾へ送り届ける事ができなくなりました」
残念そうな顔をする小田中と住谷。
しょうがない。
俺だってこんな事に金と時間を使うぐらいなら、真奈美との事を考えたい。
「いきなりそんな事を言われても…、駅まで歩いて帰れと言うんですか? 今日だけでも待っていたんだから送っていただかないと……」
小田中は意味不明な事を言い出す。
俺はタクシーの運転手でもないし、いつまでもこんな人に親切にしても意味が無い。
これまでは俺のただの善意によるものだ。
「ごめんなさい、大事な用がありますので」
元々俺から言い出した事とはいえ、結局うまく利用されただけの話。
そのまま車へ乗り込み、佐川急便をあとにした。
これで人間関係が悪くなるのなら、それはそれでいい。
似たような給料をもらい、俺だけが奉仕する現状にはうんざりしていた。
俺は変なところでお人好し過ぎる。
過去を思い出せ。
全日本プロレスの合宿前、同級生の大沢が酒乱で酔って暴れ、警察に捕まった。
元々あいつが酒乱なのは分かっていた事。
暴れようが何をしようが大沢の自己責任なのだ。
何故あの時俺はあの馬鹿を助けに行った?
ヤクザに殴られ可哀想だったから?
ただの自業自得だろ?
あの時止めに入らなければ、俺はリングの上で未だ戦っていてもおかしくなかった。
自分の人生を犠牲にして大沢との関係は?
何もないじゃないか。
一度許しても、また酒乱で同じ事を繰り返し、呆れた俺は関係を切った。
俺が甘過ぎたのだ。
だからこんな佐川急便で金を得る為に深夜働いている。
もういい加減、まず自分の事を念頭に動かないといけない。
何故先輩の坊主さんや岡部さんとは未だ仲良く、信頼もしているのか?
考えるまでもない。
お互いを気遣い、ただ相手を利用するなんて事を一切してこなかったからだ。
損得勘定抜きで付き合える。
だからこそ年月が経とうとも、会えば普通に楽しく時間を過ごせる。
もっと人を見る目を養わないと。
差別でなく区別。
小田中と住谷は、一か月半以上車で送り届けても、缶コーヒー一本奢ってくれた事が無い人間。
だから俺は車で送り届けるのを止めた。
それだけの話である。
ミスター雁之助の興行へ連れて行った西尾を思い出してみろ。
ご馳走してチケット代も俺が払っているのに感謝のカの字もない。
挙句の果てに俺に対し「岩上さんは魂が薄汚れている」など抜かした。
まるで意味が無い善意はもういらない。
広く浅くでなく、狭く深く。
俺はそれでいい。
近所の花屋『花鐵』で後輩の雄太に薔薇の花束を注文する。
もちろん福田真奈美へプレゼントする為に。
後輩の雄太はとても奇麗な花束を作ってくれた。
明日は真奈美の誕生日。
料理の仕込みも三日前からしている。
メッセージカードも添える。
紙に何の料理を作るか箇条書きした。
■メニュー■
○究極ハンバーグ
○新最強唐揚げ
○和風パスタ
○ライスコロッケ(スップリ)
○豚肉の味噌漬けグリル焼き
○茄子のガーリックソース炒め
○ポテトサラダ
○フライドポテト
○お新香
○高級梅干
何だか凄い時間掛かったぞ……。
ハンバーグのソースの仕込みから数えると三日間。
でも、喜んでくれるかな?
先輩の須賀栄治さんから電話が入る。
「どうしましたか、栄治さん」
「智ちゃんさ、弁当もらってくれない?」
「え、弁当? どういう事です?」
「赤松食堂ってあるでしょ? あそこうちの親戚なのよ。…で、西武球場でも弁当作っているんだけど、雨で試合流れて、弁当が大量に余っちゃったの。そういう訳で取りに来てくれると嬉しいんだけど」
俺はスガ人形店へ向かう。
徒歩二分の距離なのですぐ到着。
「これなんだけどさ、四つくらい持って行けるでしょ?」
栄治さんは大きな弁当を四つ並べる。
中身を見ると、何だか凄い豪華な弁当だ。
「本当にもらっていいですか?」
「だって食べないと腐っちゃうからね。智ちゃんが持ってってくれると助かるんだよ」
「何だかすみません、栄治さん」
「あ、お兄ちゃんだー! 抱っこ」
栄治さんの娘のあかりちゃんが駆け足で飛びついてくる。
兄貴の昭夫さんの娘まで一緒に来た。
俺は両腕で抱きかかえる。
子供の成長は早いものだ。
甥っ子の然しかり、あかりちゃんにしても。
少し前はもっと小さかったのにな。
明日は真奈美の誕生日。
俺の栄治さんの家のように温かい家庭を築きたいなあ……。
さすがにこの弁当を一人では食べられない。
帰り道、家で働いていた伊藤久子のマンションへ寄る。
「伊藤さん、スガ人形の栄治さんから、こんなに弁当もらっちゃって。良かったら食べませんか?」
「あら、いいの? 智ちゃんが食べればいいのに」
「こんな大きな弁当四つもさすがに食えませんよ。お好きなのどうぞ」
一つをあげて、残りの三つはすべて俺が平らげた。
朝起きてルンルン気分で料理の続きを開始する。
おじいちゃんは品数の多い料理を作る俺を見て、不思議そうな顔をしていた。
すべては真奈美の笑顔の為に。
どんなに手間を掛けてもいい。
彼女がこれで喜んでくれるなら。
昼頃になり、叔母さんのピーちゃんが台所へ来る。
「私が使うから、どけ!」
本当この人は何様のつもりなのだろう。
俺は無視して料理を続ける。
「勝手に冷蔵庫のもの使ってないだろうな? この泥棒が」
ちょうどお皿を洗っている途中だったので、手の平を窪ませ水を溜めてそのままピーちゃんの顔へ引っ掛けた。
「何すんだ!」
「少し、おまえうるさいよ」
耳元でガーガー怒鳴られるが、それでも無視して料理を続ける。
無事真奈美へ渡す為の弁当を完成し、そこで初めて俺は台所を空けた。
「勝手に人のものを使ってないだろうな?」
「何も使ってねえよ。おまえさ…、何もしていないのに人を泥棒呼ばわりしやがって。頭大丈夫か?」
「普段の行いが悪いから、そう言われるんだ」
「そんな事言ってるの、おまえぐらいだよ。いっぺん精神科で診てもらってこい。おそらく即入院って言われるだろうから」
また耳元で怒鳴り出したので、俺は手で押しのけ二階へ上がる。
これから彼女と会うのに嫌な思いは必要以上にする事もない。
会うのは夕方から。
少し寝る事にした。
翌日になり、俺は泣きそうだった。
錯乱しそうだった。
だからミクシィで記事を書いた。
しっかりと地に足をつけ、踏みしめて
二千十一年五月二十一日。
うん、もうちょっと自身を自覚しよう。
そして本当の意味で自分らしくいなきゃ。
決して振り回されず、目標をもっと明確に。
できるだけ汗を流し、食べて、体重を落とさないようにして。
しっかり地に足をつけ、踏みしめて。
もっとシンプルに。
それでリングへ向かおうじゃないか。
誰も意味など分からないだろう。
いきなり何を言いたいのだと、この記事を見た人は思うだろう。
まあ、いいや。
明日は飯島敦子先生の娘さんの友美ちゃんの誕生日。
福田真奈美の誕生日の翌日なんて、因果なものだ。
バトントワリング二回連続金メダリストである友美ちゃん。
俺は友美ちゃんに「何かプレゼントあげようか?」と聞くと「智一郎さんのサンドイッチ食べてみたかったんです」と言われる。
金メダルのお祝いもちゃんとしてなかったので、今回彼女のリクエストに応える形で速攻で作り、持っていく。
俺の得意なアメリカンクラブハウスサンド。
うん、本当サンドイッチ用のこのビニール袋は買っておいて良かった。
そういえば昨日今日と連続で天下鶏で飲んでいるな。
まあいい。
ヤケ酒だ。
オーナーの田辺が「智さんが連続で飲みに来てくれるなんて嬉しいですよ」と声を掛けてきた。
「いやあ、ここの焼鳥が本当に大好きなんですよ!」
俺は満面の笑顔で答える。
「あれ、そういえば智さん。昨日の花束どうしたんです?」
「ああ、あれは適当にあげちゃいました」
「え?」
不思議そうな顔をしながら田辺は客に呼ばれ、俺から離れる。
昨日渡すはずだったこのプレゼント…、実は一悶着あって結局渡せず。
その時友美ちゃんや恩師である敦子先生と一緒に飲んだ。
このビルのオーナーである敦子先生はたまたま娘の友美ちゃんと下の天下鶏へ飲みに来た時、俺とバッタリ遭遇。
それで今日友美ちゃんの誕生日だと聞かされたのだ。
サンドイッチを渡すと、友美ちゃんはとても喜んでくれる。
アルバイトの女の子が「岩上さん…、私も明日誕生日なんですよ~。料理食べたいです~」とおねだりしてきた。
馬鹿な俺は、もう一度家に帰って新・最強唐揚げとフライドポテトを作り、ついでに『新宿クレッシェンド』をサイン入りであげたら喜んでくれる。
三日間で三人の女性の誕生日が続き、何かしらのお祝いしてあげたのって初めてだ。
肝心の一人は、未遂に終わったけど……。
え、作ったあの料理や花束はどうしたかって?
そりゃあ、捨てるのもあれだし、適当に飲み屋行って、可愛い子いたからプレゼントしときましたよ。
この子に。
「何で?」って不思議そうにしていたけど。
うん、やっぱり俺は群馬の先生に言われた通り、愛に苦しみながら生きていくのだろう。
それで神様とやらに選ばれたから、まだまだ試練があるのだろう、きっと……。
また戦いの道へ行こうとしている俺。
雷電に袖を引っ張られ、何かしら絶対に邪魔が入るのだろうな。
何をしても、どう足掻いても、俺は多分きっとうまくいかない。
それだけは何となく理解できた。
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