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まり子には皆目見当もつかない。
考える内に段々腹が立ち、最後まで手前勝手な輝子に親としての無責任さを胸中で語る。
まり子の心は悲しみではなく、むしろ恨めしが大半を占めた。
輝子の着ていた白いワンピースは、居間に掛けられた額縁の油絵と同じだった。
唯一父親が描き残した若き日の輝子の肖像画だ。
輝子は生前毎日その絵ばかりを眺めていた。
いかにも懐かしむように虚ろな眼差しを向けていた。
まり子はそんな輝子を軽蔑していた。
母親としての最低の役割さえ放棄し、病的なくらい無気力で冷たかった。
常に周囲の人間を無視するように殻に閉じ籠ってばかりいた。
結局一度も心を通わすことなく、輝子を好きにもなれらかった。
後悔に似た感傷はあっても母親を亡くした痛みはない。
十七歳の少女にはかえってそれが悲劇ではなかったか。
この家の人間模様はすでに崩壊していた。
なのに今更憔悴し、しょげかえる信宏が、ひどく偽善に思われどうにも腑に落ちない。
何かしっくりいかない割り切れないものがある。
輝子の死は、花嫁衣裳に身を包んだ花嫁のように、何故か幸せそうに見えた。
あんなに安らいだ顔は肖像画の中でしか見たことがないのだ。
それにしても自殺という人生の終わり方は、逃げ口以外のなにものでもなかった。
自分は捨てられたのだと改めて実感した。
残された人間のことなど何も考えない、最も卑劣なやり方だと、まり子はそう思った。
さしずめ、先のことを考えると気が重い。
家には兄と自分との二人きりになる。
この時点で良子の存在は頭の中にはなかったが、忍び寄る不気味な気配は感じていた。
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小説「羊の群」より
God Bless You ❣