「江戸時代の墨絵や唄等に登場するカラスは、ハシボソカラスといって、昔から田畑を歩き土の中の虫や実を食べて生きていたカラスだったんだ。
しかし東京からすっかり田圃がなくなり、高層ビルが建ち並ぶようになると、ハシボソカラスは餌がとれず姿を消した。
それと入れ替わりにそれより体の大きい、由来森に住むハシブトカラスがこの都会にやってきた。
これが近年トラブルメーカーと悪名高い、都会のカラスの実態というか、歴史なんだ」
佐野は突然別の話を始めた。
誰からも嫌われ不気味がられている、真っ黒な姿をしたカラスの話を。
・・・・・・・・・・
「柔軟な発想と、慎重で用心深い知的動物のハシブトカラスが、何故都会に姿を現すようなったと思う?」
「それは彼らの暮らしていた森がなくなったからですか?」
「さすがだね、その通りだよ。
人間がカラスを都会に招き入れたことになる。
カラスは正直に生きているだけさ。
僕だってこいつらには迷惑している。
だけど常に問題の底に隠れている真実を、人間は直視すべきだと思うよ」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
「人が出した生ゴミが原因と言われているけど、即ちそれは都会の餌食がカラスを呼んだ。
それに皮肉にも、都会のビル街が伐採された森の構造に似ているのも要因だ。
肉食のハシブトカラスは、元来高い場所から狙いを定め獲物を捕らえるという習性がある。
それをそのまま生かすのに、高層ビルは森とさして仕組みが変わらない。
彼らは夫婦仲が良く、一生の間つがいを替えず共に子育てをするんだ。
むしろ歪んでしまった人間の失ったものを、このカラスは昔から変わらず守り続けてきた。
変わったのはカラスではなく、人間の方さ」
「そうだとしても、これ以上カラスが増え続けていいはずがありませんわ。
確かに人間は愚かなです。
莫大な資金を費やし絶滅寸前の動物を保護したかと思えば、増えすぎた動物は殺すという悪循環を繰り返しました。
こうした自然の摂理を曲げたのは、自分の野心ばかり考えてきた人間側ですわ。
でも、増えすぎた人間を殺すわけにもいきませんでしょう」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「もしもこのカラスが、色とりどりの鮮やかな鳥類だったら見方も同じとは限らない。
黒い容姿に、人間は端から毛嫌いしている節はないだろうか。
ふとそう思うところがあって、つまらないカラスの話などしたんだが、僕はそんな人間のエゴを言いたかったんだ」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
「羊の群」より
God Bless You ❣