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時間にしたらほんの一瞬だった。
なのにその幸福感と充実感は、今まで味わったこともないくらい甘美に広がる。
それは涙が出そうなほどの喜びの回復だった。
信宏は急いで部屋に戻る。
自分の胸に手を置く。心臓が動いていた。
当たり前のことが嬉しかった。
自分は生きている、そういう実感だった。
血液は脈動し体中を巡っている。久しぶりの躍動感だ。
まり子が一瞬にして信宏を蘇生させた。
いいや、厳密に言えばそれはまり子自身ではなく、人を愛おしく思える気持ちが人を生かした。
それを信宏は知った。この気持ちこそが奇跡だった。
自分のような罪深く冷酷な人間にさえ、芽生えることのできる命を育む尊く純粋なもの。
それこそ生きるために最も必要な力なんだと思えた。
いや、体験を通しての実感だった。
信宏はこれを、愛などと陳腐な名で呼びたくなかった。
何故ならこの力は死と隣合わせに存在し、肉体の快楽とは遠く隔たっていたからだ。
何故なら元来自分の中にあったものではなく、突然心に現れ、人の思惑を超越して予測もなくやってきたからだ。
まるで天から与えられた魂の呼吸、やっと深く息ができたような感覚に似ている。
信宏はこの世に初めて生まれてきたような気さえしていた。
そして、それが錯覚と言うにはあまりにも瑞々しく新鮮だった。
この日以来、信宏の世界は色が塗られ輝き始めた。
しかしその六日後、怖ろしく信じ難い事件が起きた。
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「羊の群」より
God Bless You ❣