一〇七七 〔その青じろいそらのしたを〕 六、三〇、
その青じろいそらのしたを
金のあるやつらはみんなそなへが厳しいし
どこに工面に行かうにもみちがない
……ぬるんだ風ともひとつなにか音の渦巻……
このえん樹の木だ
甘いかほりといっぱいの蜂
そのコロイダーレな影のなかを
月光いろの花がしづかに降る
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一〇七六 囈語 一九二七、六、一三、
罪はいま疾にかはり
わたくしはたよりなく
河谷のそらにねむってゐる
せめてもせめても
この身熱に
今年の青い槍の葉よ活着け
この湿気から
雨ようまれて
ひでりのつちをうるおほせ
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流 . . . 本文を読む
一〇七五 〔わたくしは今日死ぬのであるか〕 六、一三、
わたくしは今日死ぬのであるか
東にうかんだ黒と白との積雲製の冠を
わたくしはとっていゝのであるか
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来しました。
本書は『宮沢賢治イーハトーブ館』にて . . . 本文を読む
一〇七四 〔青ぞらのはてのはて〕 一九二七、六、一二、
青ぞらのはてのはて
水素さへあまりに稀薄な気圏の上に
「わたくしは世界一切である
世界は移らう青い夢の影である」
などこのやうなことすらも
あまりに重くて考へられぬ
永久で透明な生物の群が棲む
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装景家と助手との対話 一九二七、六、一、
さうさねえ、
土佐絵その他の古い絵巻にある
禾草の波とかゞやく露とをつくるには
萓や丶丶丶すべて水孔をもつものを用ひねばならぬ
思ふにこれらの朝露は
炭酸をも溶し含むが故に
屈折率も高くまた冷たいのであらう
苗代の水を黒く湛えて
そこには多くの小さな太陽 . . . 本文を読む
一〇七三 鉱山駅 一九二七、六、一、
鉱石もぬれシグナルもぬれ
工の字ついた帽子もぬれれば
山の青葉も坑夫のこどもの
黒いかうもり傘もぬれる
五葉山雲の往きかひ
またなかぞらに雲の往きかひ
あわたゞしく仕舞はれる古い宿屋の鯉のぼり
峠の上のでんしんばしらもけはしい雲にひとり立ち
その雲と桐ばたけの . . . 本文を読む
一〇七二 峠の上で雨雲に云ふ 一九二七、六、一、
黒く淫らな雨雲(ニムブス)よ
……もし翻訳者兼バリトン歌手
清水金太郎氏の口吻をかりて云はゞ……
わたくしはこの峠の上のうすびかりする灝気から
またこゝを通るかほりあるつめたい風から
また山谷の凄まじい青い刻鏤から
わたくしの暗い情炎を洗はうとして
今日の旅 . . . 本文を読む
一〇七一 〔わたくしどもは〕 一九二七、六、一、
わたくしどもは
ちゃうど一年いっしょに暮しました
その女はやさしく蒼白く
その眼はいつでも何かわたくしのわからない夢を見てゐるやうでした
いっしょになったその夏のある朝
わたくしは町はづれの橋で
村の娘が持って来た花があまり美しかったので
二十戔だけ買ってう . . . 本文を読む
一〇七〇 科学に関する流言 五、一九、
今日ちゃうど二時半ころだ
高木から更木へ通る郡道の
まっ青な麦の間を
馬がまづ円筒形に氷凍された
直径四十糎の水銀を
二っつつけて南へ行った
それから八分半ほど経って
同じものを六本車につけて
人が二人で運んで行った
いやあの古い西岩手火山の
いちばん . . . 本文を読む
一〇六九 〔すがれのち萓を〕 五、一五、
すがれのち萓を
ぎらぎらに
青ぞらに射る日
川は銀の
川は銀の
恋人のところからひとりつゝましく村の学校に帰って
彼女は食品化学を勉強してゐるのである
一点つめたくわたくしの額をうつものは
青ぞらから来たアルコール製の雨である . . . 本文を読む
一〇六八 〔エレキの雲がばしゃばしゃ飛んで〕 五、一四、
エレキの雲がばしゃばしゃ飛んで
一本の杉の枯れた心が
避雷針とでもいふやうに
二露里に亘る林のなかに立ってゐる
こんもりと新芽をふいた白樺の下に
一つの古いそりが置きすてられる
……岩手山麓地方の
ブッシュタイプに就て研究せよ……
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一〇六七 鬼語四 五、十三、
そんなに無事が苦しいなら
あの死刑の残りの一族を
おまへのうちへ乗り込ませやう
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あるい . . . 本文を読む
一〇六六 〔今日こそわたくしは〕 五、十二、
今日こそわたくしは
どんなにしてあの光る青いあぶどもが風のなかから迷って
わたくしのガラスの室の中にはいって
わたくしの留守中室の中をはねあるくか
すっかり見届けたつもりである
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一〇六五 〔さっきは陽が〕 五、十二、
さっきは陽が
草地から来たのに
こんどはひかる雲の裂け目から来やうとする
今年もすっかり
手がひゞ入ってしまった
みだれた雲と
たくさんの羽虫
風は吹くけれども山鳩はなくのである
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◇ . . . 本文を読む
一〇六四 〔失せたと思ったアンテリナムが〕 五、十二、
失せたと思ったアンテリナムが
みんな立派に育ってゐた
キンキン光る青朱子のそら
あすこの花壇を
それでぎらぎらさせられるのだ
風の向ふの崖の方で
わづかな蝉の声がする
いったいわたくしは
いつ蜂雀に夏を約束したのか
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