2023年1月に東京・狛江市の住宅で90歳の住人女性が、両手首を結束バンドのようなもので縛られ、顔から出血している状態で見つかった。住宅内には物色された形跡があり、女性はその場で死亡が確認された。
この事件は、当時続けざまに発生していた広域強盗事件について、世間の注目を集めるきっかけとなった。捜査の過程で、闇バイトを介して集められた実行犯が、フィリピンにいる指示役らの指示を受けながら事件に及んでいたことがわかってゆく。彼らは秘匿性の高いアプリ、テレグラムを用いて連絡を取り合っていた。指示役が「ルフィ」と名乗っていたことから、一般には「ルフィ事件」の名で広く知られることになる、「狛江強盗致死事件」である。 8月21日から9月6日まで、東京地裁立川支部(杉山正明裁判長)でこの事件の裁判員裁判が行われた。被告人は、実行犯のひとりで、当時19歳の大学生だった中西一晟(21)。2件の広域強盗事件、そして1件の偽造免許証行使事件で起訴されていた。
2023年1月19日の昼時、Aさん(90=当時)方に押し込み強盗し、死亡させた冒頭の事件において、犯行グループは大きく「指示役」「実行役」「自動車調達役」の3つに分かれており、中西被告は「実行役」として事件に関わった。事件の概要を検察・弁護側双方の冒頭陳述や一部調書から振り返る。テレグラムのメッセージは部分的に復元されており、生々しいやり取りが明らかになった。 「指示役」はテレグラムで「キム」「ミツハシ」「シュガー」と名乗る3名。ミツハシは、改名前は「ルフィ」を名乗っていた。「実行役」は永田陸人(逮捕当時21)をリーダーとして野村広之(同52)、中西被告(同19)、そして加藤臣吾(同25)。「自動車調達役」は福島聖悟(同34)。 石川県生まれの中西被告は、不仲な両親のもとに育ち、家を出ることを望み、東京の大学に進学。中野区に一人暮らしをしていたという。共犯の一人、加藤とはネトゲで知り合い友人関係にあった。事件前年の2022年8月、加藤が被告の住むアパートに居候するようになる。当初は家賃を半分払うと言っていた加藤だが、一度も家賃は払われず、それどころか被告は生活費を使い込まれ困窮していた。そんな同年12月、加藤から“闇バイトの指示役”として「シュガー」の存在を教えてもらいコンタクトを取ったことから、一連の犯行に加担することになった。
翌2023年1月12日木曜日。被告は「シュガー」からテレグラムで押し込み強盗の誘いを受ける。 〈明日 案件あるんですけど〉 〈人数4人揃えようと。22時くらいに揃う予定です。経験者もいる。どうしますか〉 〈2千万案件です(中略)こちらも人数揃えていく、奥さんだけのときを狙っていきます。人数揃えないといけないのでできるだけ早く返事が欲しいです〉 〈2時にピンポンしようと思ってるんで〉 日付が変わり1月13日金曜日の夜中、テレグラム名キム・ヨンジュン(以下キム)が『詐欺ババア成敗隊』トークグループを立ち上げ実行犯を招待。ターゲットの情報や当日の段取りを送信してゆく。シュガーの誘いに応じた中西被告もグループのメンバーとなった。しかし、運転手役としてアサインされていた男がその前日、千葉・大網白里市の強盗事件で逮捕されたことから、計画は一旦白紙となる。
1月14日土曜日。「シュガー」から被告に再度、押し込み強盗に誘うメッセージが送られ、16日月曜日に「キム」がトークグループ『水曜日ババア案件』を改めて作成。被告をはじめとする今回の実行犯らを招待し、こう送信した。 〈水曜、都内のタタキ案件。14時突入。投資案件で金集めたババアを一気に叩きます。タレコミによると金は地下にあり、少なく見積もっても2,500万。ババアどもの話では3,000はある。まず家の前のカメラを潰します〉 〈服は上下、捨てれるようなものを用意してください。殺しはしませんが全部捨てます〉 〈いちおみんな経験者なのでわかってるはずです。電話つないだまま行ってください、的確に指示します〉 「キム」のいう“水曜日”は1月18日であり、指示を受けた実行犯メンバーらも当日に向け、段ボール箱を購入するなど準備をしていた。宅配業者を装って突入するためである。ところが実際は、直前に実行が延期され、翌日の1月19日木曜日に事件を起こした。
中西被告は一連の事件において罪状認否で「強盗部分のみ認める」と述べており、Aさん死亡に関わる行為については否認していた。一方で、実行犯リーダー、永田陸人は全てを認めている。彼は狛江の事件だけでなく、同じグループが起こした広島など他県の広域強盗事件にも実行犯として関わっており、10月18日から裁判員裁判が行われている。これに先立って中西被告の公判にも証人として出廷し、犯行を1日延期した理由を語った。 「私たちは段ボール箱や伝票などを準備して、実行のために用意された『突撃車』に乗り換えAさん宅の周辺を下見しました。下見の段階でAさん宅の人数を認識していたところ、何周か家の周りを回って、突入しようとした際、車が一台なくなっていた。人がいないかもしれない。強盗ができないのでやめよう、となりました。指示役のキムからは『空き巣でもいいから行け』と言われましたが、私がキムと話した結果、空き巣に入ってもバールを持っていないので金庫を開けられない、意味がないとなり、翌日に延期することになりました」(永田の証言) 延期を進言した永田はその後、ホームセンターでバールを購入。メンバーらは翌日の木曜日の昼時に事件を起こした。
〈落ち着いて、迅速に的確にお願いします〉 「キム」がテレグラムにこう送信した10分後、中西被告と野村は宅配業者を装ってインターフォンを押し、ドアが開いたところで、永田と加藤が後ろから突入した。在宅していたAさんを縛り、脅しながら金の在処を聞き出し、金目のものを奪うために家中を捜索するという段取りである。 ところが実行犯らは何度問い詰めても、Aさんから金の在処を聞き出すことができない。テレグラムを通話状態にして、イヤホンを装着していたメンバーらは、常時、指示役からの連絡を受けていたが、野村と通話状態にあった「ミツハシ(改名前ルフィ)」の追い込みは凄まじかったと永田は語る。 「金の在処を吐かせようと、Aさんを蹴ったり踏んづけたりしましたが、Aさんは何もおっしゃりませんでした。そのタイミングあたりで、私もそうですが、指示役も焦ってたようで、ミツハシが怒鳴り散らかして『指飛ばせ!』とか『刃物持って来い!』とか怒鳴っていたので、野村にバールを持ってくるように指示して『やれ』と言いました」 こうして野村にAさんをバールで殴打させた永田は、みずからもAさんを殴打。脅しながら金の在処を問いただすも、Aさんが答えなかったため、暴力が続けられたという。しかし永田には“本当に大金の在処を知るという「ターゲット」がAさんなのか”という疑問が湧いてきたという。中西被告や野村は「金は絶対にある」と言い張るが、家中を捜索しても、現金は見つからない。そのため永田はAさんを撮影し、指示役にデータを送信したところ、指示役からは「別人だ」との返答があった。 彼らの杜撰極まりない犯行によりAさんは命を奪われた。最終的に4人は現金を発見することができず、指輪1つ、腕時計3つをつかみ取り現場から逃走した。これらの盗品はのちに逮捕の決め手となった。 永田はこの翌日、逮捕されることになる。これは、直後に起こしたさらに杜撰な別件犯行が原因だった。
デイリー新潮編集部
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