すそ洗い 

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2006年5月からの記録
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風間博子さんが出版社と著者を名誉毀損で訴えている

2017年08月01日 | ヒトゴロシ




埼玉愛犬家殺人事件解明されなかった真実



 死刑囚の風間博子さんが、出版社と著者を名誉毀損で訴えている。
 風間さんの名を聞いて、ピンとくる読者は少ないだろう。1993年に起きた埼玉愛犬家殺人事件で起訴され、2009年に最高裁で死刑判決が下された、確定死刑囚だ。
 風間さんが訴えているのは、昨年12月に出版された『仁義の報復 元ヤクザの親分が語る埼玉愛犬家殺人事件の真実』の著者の高田燿山氏と、発行元の竹書房だ。
 埼玉愛犬家殺人事件の犠牲者は、4人。そのうちの1人は、暴力団の高田組の組長代行だった。その親分格に当たるのが高田氏である。同事件では、風間さんの元夫の関根元氏も起訴され確定死刑囚となった。高田氏は事件当時、自分の子分を殺したのが関根氏だということを独自に突き止め報復を試みたが警察に止められた、といった内容が同書には書かれている。
 関根氏は本年3月27日、東京拘置所内で多臓器不全によって、75歳の生涯を閉じた。死の直前まで面会を続けていた、彼の弁護人であった村木一郎氏は、私に伝えてくれた。
「関根さんはまだ本を読める状態でしたので、差し入れました。東京拘置所の病舎で何もすることのない関根さんはすぐに読み終えて、内容の杜撰さに笑っていたのが印象的でした」
 心臓に水が溜まる「心タンポナーゼ」を患い関根氏は治療を受けていたのだ。殺害を行ったと自ら認めている関根氏が、自分のことを書いた著書を笑うというのは、相変わらずの不貞不貞しさだが、「杜撰」という点は、この事件を徹底的に調べた私も同感だ。
 たとえば、こんな記述がある。
「『関根の自宅の庭には死体が埋まっている』というのは、以前からまことしやかに噂されていた。狭い街であり、話には面白おかしく尾ひれもつくものであろうが、やはり火のないところに煙は立たないものだ」
 その噂が事実なら、捜査当局が遺骨を掘り起こしているはずだ。また、遺体を焼却した場合もあるとして、こう書かれている。
「コールタールを入れて高温で焼けば、ドラム缶自体も激しく損傷する。何度もドラム缶を買い換えていれば、『真夏なのに、いつも臭い焚き火をしている』と、近所で変な評判にならないはずはない」
 肉を焼けば匂いがすることを、関根氏は知っていた。だから、遺体の肉はサイコロステーキほどに細かく解体して川に流している。骨だけを粉になるまで、廃油を注いだドラム缶で焼いたのだ。
 関根氏が「ボディを透明にする」と語っていた通り、遺体をほとんど消滅させたのが、この事件の本質である。その記述が不正確であるのだから、他も推して知るべしである。
「真実」と銘打っていたとしても虚偽を書くことそのものは、違法にはならない。筆者の信用が落ちるだけだ。

風間博子死刑囚による名誉毀損訴訟


 風間さんが訴えたのは、自身に対する名誉毀損についてだ。事件のもう一人の主要人物として、死体を見せつけられた恐怖から、死体損壊遺棄のみを行ったという、中岡氏(仮名)がいる。同書には、こんな記述があるのだ。
「風間は夫に従うふりをしながらも、その実暴力を振るう夫を軽蔑し浮気を重ねていた。手下の中岡やブリーダー、オーナー、さらにはホストとも頻繁にラブホテルに行っていたのである」(同書には、中岡氏は仮名ではなく事件当時の実名で書かれている)
 風間さんが多くの異性と性関係を持っていたという同様の記述は3カ所以上ある。風間さんと関根氏は、事件当時、捜査当局による行動確認がされていた。そうした事実があれば、被告に不利な情報であるから、法廷で語られているはずだ。また、逮捕後には風間さんの高校時代の恋愛事件まで書き立てたマスメディアが、これを書かないはずがない。だが、そのどちらもない。
 事件の犠牲者は4名であるが、判決が風間さんを加害者だとしたのは、3名。4人目の女性に関しては、関根氏が単独で殺害、風間さんは無関係とされた。だが同書では4人目についても共犯だったと書かれており、これも名誉毀損に当たると風間さんは指摘している。
 第1回公判は5月25日に、東京地裁で開かれた。自身が起こした民事の公判に、確定死刑囚が出廷することはできない。風間さんは文書を提出し、竹書房の弁護人が答えるという形だ。第2回公判は、8月4日に開かれる。
 埼玉愛犬家殺人事件そのものを今一度振り返ってみよう。事件の最も雄弁な証拠である遺体は、ほとんど消滅させられた。物的証拠としては、焼け残った骨片とともに、被害者のものであった腕時計、鍵、キーホルダー、ライター、義歯などが見つかった。だが、誰がどのように殺害を行ったかを示すものではない。
 起訴から判決に至るまで、供述のみが頼りであった。その骨格をなしたのは、最初に任意での取り調べに応じた、中岡氏の供述。それによって関根氏と風間さんは殺人罪で起訴されることになった。
 今から6年前、私は公判資料に接することになった。そして、関根氏と風間さんの公判に証人として出廷した際に、中岡氏が次のように言ったことを知る。
「博子さんは無実だと思います」
「人も殺してないのに、何で死刑判決出んの?」
 同じ趣旨の発言を、浦和地裁(現さいたま地裁)と控訴審の東京高裁で計5回している。
 4名もの犠牲者が出ている重大事件で、起訴のもとになった供述が公判で覆された事実を、なぜ知らなかったのか。当時の新聞の縮刷版を捲ってみると、自分の情報収集の怠慢ゆえではないことが分かった。その事実は全く報じられていなかったのだ。
 公判があったことさえ、報じられていない新聞が多い。毎日新聞埼玉地方版と埼玉新聞は、中岡氏が出廷した公判の記事を載せている。取り調べの期間中に、検事の特別の計らいで、妻と2人きりで会う機会をもうけてもらったという中岡氏の証言が紹介されている。だが、同じ法廷でされた、風間さんが無実だという証言はそこにはない。
 そこを出発点として私はこの事件を調べ続け、この6月、『罠―埼玉愛犬家殺人事件は日本犯罪史上最大級の大量殺人だった!』(サイゾー)を上梓した。


20年の時を経た殺害現場に足を運んだ
 中岡氏の証言を、その中では詳しく紹介している。浦和地方検察庁熊谷支部の資料室で妻と2人きりにしてもらって何をしたかと弁護士に問われて、『創』に書くにはふさわしくないと思われる下品な言葉で、セックスしたことを中岡氏は明言している。取り調べを検事として担当した岩橋義明氏は、公判に証人に呼ばれ、中岡氏と妻を2人きりにしたことを認めている。供述を得るための利益供与であることが疑われるが、これも報じられていない。
 取材を進めていく過程で、中岡氏の発言が報じられなかった不条理が身に浸みた。まず、死刑が確定している風間さんと関根氏には、もう会えない。風間さんに関して言えば、面会や文通が許されているのは、親族と弁護士、東京拘置所が認めた5名の友人だけだ。
 アメリカで死刑の残っている州でも、確定死刑囚の交通権はそこまで制限されていない。だからこれは制度の問題とも言えるが、中岡氏の証言がその時に報じられていれば、会えたのだ。そもそも、裁判は終わっている。中岡氏の同様の証言は5回あったのだから、直にそれを聞くことだってできたはずだ。
 風間さんには、彼女が殺人をしていないと信じる支援者がおり、彼女の主張や現在の様子を伝え聞くことができた。関根氏については、村木弁護士から聞いた。風間さんの弁護人にも何度も会った。膨大にある公判資料を読み込んでいく。いずれも隔靴掻痒の取材だ。
 時間をかけたことで、中岡氏や岩橋氏と話すことはできた。風間さんの連れ子であった長男、関根氏との子である長女とも何度も話した。
 20年の時を経た現場にも、足を運んだ。関根氏と風間さんが共同経営していたアフリカケンネルは埼玉県熊谷に、ペットショップと犬の繁殖を行う犬舎を持っていた。ペットショップは熊谷の中心地、八木橋百貨店の向かいにあった。店舗が並び立つ中で、今ではそこだけが歯が欠けたように駐車場となっている。
 そこから南に2キロほど。田畑に囲まれて犬舎があった。土地の名前から万吉犬舎と呼ばれた。朽ち果てながら、建物が残っている。
 群馬の片品にあった中岡氏の自宅で、遺体の解体は行われた。国鉄から買った貨車2台を改造した家で、地元では「ポッポハウス」と呼ばれていた。今では何もない原っぱにコンクリートブロックだけが残っている。
 事件の発端は、犬の売買を巡るトラブルであった。ローデシアン・リッジバックの牝牡2匹を、1100万円で関根氏から買った山上氏(仮名)が、その値段が高すぎることに気づき返金を求めたのだ。1993年4月20日、アフリカケンネル所有の車庫で、山上氏は殺害された。ペットショップから3キロほど離れた場所にあり、関根氏の持つジャガーXJ―Sやダッジバンなどの高級車を置いておく屋内車庫である。
 その時、車庫にいたのは関根氏と中岡氏。殺害の時には中岡氏は出かけており、帰ってきて死体となった山上氏を見せられて脅され、事件に巻き込まれたというのが中岡氏の供述であり、判決もそれを認めた。

 山上氏の殺害を知って、関根氏を強請ってきたのが、高田組組長代行の高城氏(仮名)だ。1993年7月21日、高城氏は自宅で殺害され、一緒にいた付き人の青年は車中で殺害された。
 風間さんは逮捕以来、一貫して殺害は否認しているが、死体損壊遺棄を行ってしまったことは認めている。
 山上氏の事件の時に、中岡氏が運転するアウディに、自分のクレフで付いていったことを、風間さんは認めている。アウディを東京の八重洲駐車場に入れると、中岡氏はクレフに乗って熊谷に帰ってきたのだ。
 アウディは山上氏の車である。共謀の上、風間さんは証拠隠滅を担ったのだというのが検察の主張で、判決もそれを認めた。
 中岡氏は東京に住む元妻や愛人と車の貸し借りをよくしており、キーを共有していて顔を合わせることなく受け渡しできることを、風間さんは知っていた。そのための車の移動だと思った、というのが風間さんの主張だ。
 高城氏殺害の際には、関根氏に「迎えに来てくれ」と言われ、高城宅に行き、遺体となった高城氏に接することになったというのが風間さんの主張。自分が運転するカリーナバンの助手席で、後部座席にいた関根氏と中岡氏によって、付き人の青年が紐のようなもので絞殺されたのを見たとも言っている。
 中岡氏の運転するクレフに先導されて、関根氏に命じられるまま、2人の遺体を載せたカリーナバンを風間さんは運転する。
 片品のポッポハウスに着くと、風呂場で遺体の解体を始めた関根氏に呼びつけられ、「切りやすいように手を持ってろ」と命じられて従ってしまうが、すぐに「もういい」と言われ、その場を離れた。
 遺体の載った車を運転したこと。一時でも遺体の解体に手を貸してしまったこと。それが、風間さん本人も認めている死体損壊遺棄の罪である。
 私は当初、風間さんの主張を信じる気にはなれなかった。殺人を犯そうとする者が、共謀していない者を現場に呼び寄せたりするだろうか? という疑問がどこまでもつきまとった。
 だが取材を進めているうちに浮き上がってきたのは、関根氏は通常の犯罪者心理で推し量れるような、ありきたりの殺人者ではないということだ。
 この事件の9年前にも関根氏の周囲には3名の行方不明者が出ている。埼玉県警は大規模な捜査を行ったが、証拠は出てこずに立件されていない。死体損壊遺棄のみを手伝ったという共犯者が、時効が成立しているということで詳細な供述を行っている。肉をサイコロステーキほどに切り刻むという手法は、この時すでに確立していた。
 冒頭に上げた『仁義の報復』では、コールタールで遺体を焼くのがヤクザのよくやる方法だと語られている。それよりもずっと熟達した手法を関根氏は開発していたのだ。


なぜ犯行現場に妻を呼んだのか
 関根氏は中岡氏に、これまでに殺したのは30人以上だと語ったという。関根氏には虚言癖があったから、これを鵜呑みにすることはできない。だが、その熟達ぶりから見て、9年前に疑われた殺人も、それが初めてだとは思えない。
 関根氏は、海外に目を転ずれば多くの記録のある、シリアルキラーなのだ。彼らは、自分の犯行を完全にコントロールでき、決して逮捕されないという確信を抱いており、実際に捕まらないことも多いと、アメリカ連邦捜査局(FBI)の心理分析官であったロバート・K・レスラー氏は言っている。
 そのような関根氏にとって、たとえ共謀していなくても、性格を熟知している風間さんが現場に来ることは、犯行をやり遂げるのになんの障害でもなかったのだろう。
 次に浮かぶのは、なぜ風間さんを犯行現場に呼んだのか? という疑問だ。
 2人が結婚したのは1983年。ずっと風間さんは関根氏によるドメスティックバイオレンスに苦しめられていた。特に風間さんの連れ子に対する関根氏の虐待は凄まじかった。裸で玄関のコンクリートに正座させ、膝の上にブロックを3つも4つも載せるのがしょっちゅうだった。
 事件の前年の92年12月、アフリカケンネルに税務調査が行われる。離婚して不動産名義を風間さんに移し、別居もしたほうがいいと、風間さんは弁護士からのアドバイスを受ける。
 風間さんはそれを関根氏に告げ、課税を逃れる偽装離婚だと信じさせ、年が明けた1月、離婚届を出し籍を抜くことにこぎ着けた。関根氏は実際に別居し、風間さんには望んでいた自由な時間がやってきた。
 それまで関根氏は風間さんに対して、財産目当ての結婚だと言ってはばからなかった。犠牲者となった高城氏は、関根氏の十年来の友人であった。「離婚してこのままだと、自分の手元には残るものがない」という不安を、関根氏は高城氏に漏らしている。
 風間さんにとってこれは偽装離婚ではなく、自分から本当に離れていこうとしているのだと、関根氏は気づき始めたのだ。共犯という軛で繋ぎ止めるために、犯行に巻き込んだという見方が成り立つ。事実、それ以降、風間さんは再び関根氏の支配下に入り、やがては同居に戻ってしまう。
 殺害を言いだしたのは風間さんだとして、共謀を主張したのは、逮捕された後の関根氏である。自分は金銭的な解決を考えていた、と関根氏は言っている。脅されて事件に巻き込まれたことになっている中岡氏が共謀のことなど語れるはずもなく、共謀については関根氏の供述しかない。これを採用して風間さんを殺人の共犯だとした判決は、一方で関根氏の供述を「その内容が著しく変遷しているのであって、極めて不自然であり、結局、その弁解内容全体が全く信用できないものと言うほかはない」と評している。
 3人の殺害について風間さんが唆したとして殺人の共犯を認めた判決だが、関根氏と男女関係にあった4人目の女性については、風間さんは無関係とした。つまり、風間さんに唆されなくとも関根氏は殺人を行うということを、判決は認めているのだ。



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