オッハー *(びっくり2)*
気持ちは若いが疲れが取れない齢に成ったと感じてます。
何のこれしき、荻の式、と冗談は出ますが身体の方が付いていかないのが現実になりました。 *(驚き)* 少しハッスルし過ぎですか
*(音符)**(音符)*
今日は何の日
8月3日 *(クローバー)*ハサミの日*(クローバー)*
「は(8)さみ(3)」の語呂合わせです。
この日は使えなくなったハサミの供養が東京・芝の増上寺などで行われます。
美容家であり、山野学苑創設者でもある山野愛子が提唱した記念日で、国際美容協会が中心となって1977(昭和52)年に制定しました。
福娘童話集より
*(レター)* 番町皿屋敷 *(レター)*
むかし、江戸の番町のあるお屋敷に、おきくという、美しい腰元がいました。
腰元とは、殿さまの身のまわりのお世話をする女の人です。
お屋敷には、いく人もの腰元がいましたが、殿さまの青山播磨(あおやまはりま)は、おきくが大のお気に入りです。
いつも、
「おきく、おきく」
と、可愛がっていました。
ほかの腰元は、おもしろくありません。
そして、
「ふん、なによ。おきく、おきくって」
「おきくも、おきくよ。いい気になっちゃってさ」
「ねえ、ちょっと、困らせてやろうよ」
と、悪い相談を始めました。
それは、殿さまが大事にしている、十まい一組の絵ざらを一まいかくして、おきくのせいにしてやろうというものです。
このおさらは、先祖からつたわる家宝で、一まいかけても、価値がなくなってしまいます。
ある日、ひさしぶりに絵ざらをながめようとすると、九まいしかありません。
さっそく、腰元たちをよびつけて調べると、
「そのおさらなら、おきくが一まい割ったのです」
だれもが口をそろえて言うので、殿さまは、おきくをきびしくしかりました。
「自分が割ったなら割ったと、正直に言えば許してやる」
「いいえ、わたくしには、まったく身に覚えがございません。何かのお間違えです」
「えーい! 寛大に許してやると言っておるのに、まだ言い逃れをするつもりか!」
「でもわたくしは、何も知りません」
「まだ言うか! 顔も見とうない! 出て行け!」
かわいそうに、おきくはその晩、屋敷の井戸に身を投げて、死んでしまいました。
さて、それからというもの、ま夜中になると、屋敷の井戸の中から、
「一ま~い、二ま~い、三ま~い、四ま~い、五ま~い、六ま~い、七ま~い、八ま~い、九ま~い、・・・ああ、うらめしやぁ~」
と、あわれきわまりない声で、おさらを数える声が聞こえるのです。
そして、お屋敷にはよくないことが続いて、殿さまも腰元たちも、次々と死んでしまいました。
※岡本綺堂作の戯曲。1916年(大正5)初演では、お菊が恋仲の青山播磨の気持ちを試そうと、自分で家宝の皿を割った事になっています。
*(びっくり2)* おしまい*(びっくり2)*
気持ちは若いが疲れが取れない齢に成ったと感じてます。
何のこれしき、荻の式、と冗談は出ますが身体の方が付いていかないのが現実になりました。 *(驚き)* 少しハッスルし過ぎですか
*(音符)**(音符)*
今日は何の日
8月3日 *(クローバー)*ハサミの日*(クローバー)*
「は(8)さみ(3)」の語呂合わせです。
この日は使えなくなったハサミの供養が東京・芝の増上寺などで行われます。
美容家であり、山野学苑創設者でもある山野愛子が提唱した記念日で、国際美容協会が中心となって1977(昭和52)年に制定しました。
福娘童話集より
*(レター)* 番町皿屋敷 *(レター)*
むかし、江戸の番町のあるお屋敷に、おきくという、美しい腰元がいました。
腰元とは、殿さまの身のまわりのお世話をする女の人です。
お屋敷には、いく人もの腰元がいましたが、殿さまの青山播磨(あおやまはりま)は、おきくが大のお気に入りです。
いつも、
「おきく、おきく」
と、可愛がっていました。
ほかの腰元は、おもしろくありません。
そして、
「ふん、なによ。おきく、おきくって」
「おきくも、おきくよ。いい気になっちゃってさ」
「ねえ、ちょっと、困らせてやろうよ」
と、悪い相談を始めました。
それは、殿さまが大事にしている、十まい一組の絵ざらを一まいかくして、おきくのせいにしてやろうというものです。
このおさらは、先祖からつたわる家宝で、一まいかけても、価値がなくなってしまいます。
ある日、ひさしぶりに絵ざらをながめようとすると、九まいしかありません。
さっそく、腰元たちをよびつけて調べると、
「そのおさらなら、おきくが一まい割ったのです」
だれもが口をそろえて言うので、殿さまは、おきくをきびしくしかりました。
「自分が割ったなら割ったと、正直に言えば許してやる」
「いいえ、わたくしには、まったく身に覚えがございません。何かのお間違えです」
「えーい! 寛大に許してやると言っておるのに、まだ言い逃れをするつもりか!」
「でもわたくしは、何も知りません」
「まだ言うか! 顔も見とうない! 出て行け!」
かわいそうに、おきくはその晩、屋敷の井戸に身を投げて、死んでしまいました。
さて、それからというもの、ま夜中になると、屋敷の井戸の中から、
「一ま~い、二ま~い、三ま~い、四ま~い、五ま~い、六ま~い、七ま~い、八ま~い、九ま~い、・・・ああ、うらめしやぁ~」
と、あわれきわまりない声で、おさらを数える声が聞こえるのです。
そして、お屋敷にはよくないことが続いて、殿さまも腰元たちも、次々と死んでしまいました。
※岡本綺堂作の戯曲。1916年(大正5)初演では、お菊が恋仲の青山播磨の気持ちを試そうと、自分で家宝の皿を割った事になっています。
*(びっくり2)* おしまい*(びっくり2)*