完全フィクション

実在する人物・団体とは一切かかわりがありません。

ADHDとかASDとか

2025-02-13 09:43:29 | 日記
目の見えないひと(盲人,メクラ)に、「根性で見ろ」って言わない。
耳の不自由なひと(ツンボ,聾)に「気合でどうにかしろ」って言わない。
足の不自由なひと(いざり,かたわ)に、「気持ちの問題だ」って言わない。
でも、発達障害には「気持ちの問題だ」「根性がないからだ」「気合が足りない」って言う。
※『食物アレルギーのひとに「気持ちの問題だ、喰ってみろ」って言わない』と書こうと思ったけど、世の中にはそういうのが少なくないのでやめておいた…。

で、そういった生きづらさみたいな、発達障害を抱えていてツライことみたいな、そういうのって理解しにくい。聴覚過敏や光過敏みたいなものもそうだけど、外側からわからないので伝わりにくい。
そして、発達障害も感覚過敏も、その日の状態によって「良い日」「悪い日」があるから、余計に気持ちの問題にみえてくる。
ある発達障害児の母親が子供に「〇〇ちゃんがすごく調子が良い日があるでしょ。それがみんなの普通の状態なの」って言ってたんだ。腑に落ちる言葉だけど、その言葉をお母さんが子供に言う(言える)ようになるまでには、ものすごい葛藤があったんだろう。

それらを踏まえたうえで、「発達障害って我儘じゃん」なことを感じる。
うちの子が「自閉気味の多動症」ってやつだけど、傍からみたら「わがまま」にしか見えず、その我儘は自分勝手とか他人を思いやれないのではなく、「幼稚性」という我儘で、まぁ周りは迷惑だろうなぁと。
幸いにも、いまの小学校では懐の広い子が多くて、そこまでの苦難には遭っていない。
「興味の方向が偏っていて、過集中する」って、言い換えれば「幼稚で我儘」なんだよ。

カサンドラ症候群って言葉を、大人の発達障害は気にして欲しいね。


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