多摩爺の「時のつれづれ(長月の48)」
丸くなるな、星になれ!
一般国民には選ぶ権利がなく、見ているだけといえば・・・ それまでのことだが、
1週間後の12日に告示され、27日に投開票が行われる自民党の総裁選挙と、
今週末の7日に告示され、23日に投開票される野党第一党のトップを決める代表選挙に、
立候補者が続々と声を挙げ、メディアへの露出も多くなり、否が応でも注目せざる得なくなった。
まっ、それはそれとして・・・ 最近、ちょっと気になっているのは、
高学歴アイドルを、こういった話題の報道番組で見かける機会が多くなっていることである。
コメントを聞いてみれば・・・ けっこう真面なことを云ってるように思うが、
よくよく聞いてみれば、半分は全くもってその通りだと思うものの、
もう半分は、思い込みが強すぎるあまりに議論が噛み合わず、トンチンカンなやりとりが目立ち、
イメージを悪化させてるような気がして・・・ ちょっと可哀想になってきている。
問題視された政党は、すでにガバナンスコードを見直し、金と人事を切り離しているにも拘わらず、
いつまで経っても派閥を敵視し、絶対悪だと決めつけて問いかける論調の裏に透けて見えるのは、
私の思い過ごしかもしれないが、小学校や中学校で、学級委員(級長)を決めるときみたいに、
目を瞑って手を挙げて、だれが好きか嫌いか、だれと仲が良いか、だれが賢いか、
出たとこ勝負で、だれにするか決めろと云ってるような気がするが・・・ 如何なものだろうか?
仲が良い、気が合う、考え方が同じ、頭が良い、仕事が出来る・・・ 下心がないとは言えないが、
そういった人の回りに、人が集まってくることに特別な理由はなく、むしろなり行きであって、
政治の世界では・・・ それを派閥と云ってるが、
それを絶対悪だと決めつけたら、政党政治そのものを否定することになってしまうだろう。
然は然り乍ら(さはさりながら)・・・ 若い人たちが政治に興味を持ち、
自らの思いを述べることが、悪いこととは思っていない。
将来、彼女がどういった道に進むかまで心配しても仕方がないが、
先の都知事選挙で落選した、キャスター出身で批判と非難を繰り返していた女性候補の後任が、
空いてることを思えば・・・ いずれリクルートされそうな気がしている。
若い人が政治に関心を持ち、政治家を志すことは良いことだと思うし、
そうなることを見越して、あえてもの申すなら・・・ いまのように思い込みが強すぎると、
それこそ、都知事選挙で落選した、女性候補のカーボンコピーになってしまうだろう。
最終的には、多数決でものごとを決める・・・ 民主国家である限り、
反対する声は、多かれ少なかれ存在するので、批判することや、非難することはありだと思うが、
あくまでも私の個人的な見解になるが、批判や非難はしても・・・ 攻撃はしない。
また、どうしても批判や非難をするのであれば・・・ 対案をだして議論に臨むことこそが、
民主国家の民主国家たる、あるべき姿だと私は思っている。
唐突だが、あるビール会社のCMに、
「丸くなるな、星になれ!」というキャッチコピーがあったと思う。
私はこの言葉が好きで・・・ 変化することを恐れず、
時代の要望に応じて進化しようとする若者に期待したいと思っている。
いまの彼女の思考は、私の思考とは相容れないように思うことから、
すぐに政治家を目指して立たれても、現時点で支持することは困難だが、
だからといって・・・ 政治に興味を持ち、声を挙げる若者をコケにするつもりはない。
頭が良いのは分かった、口が立つのも分かった、容姿端麗は・・・ 言わずもなである。
足りないのは、虫の目、鳥の目、魚の目で捉える経験値だけだろう。
様々な角度から複眼的に見つつ、喫緊の課題に集中する・・・ 虫の目
高いところから俯瞰的に全体を見てバランスを調整する・・・ 鳥の目
時の流れに惑わされず、先を読み次への着手を怠らない・・・ 魚の目
アバウトな要望ばかりで、いささか申し訳ないが、
「ガンバレ! 若者」
「丸くなるな、星になれ!」との言葉を、送らせてもらいたい。
最後に、報道番組において、コメンテーターが発する声については、
さまざまな背景や経緯があって、賛否が分かれることは承知しており、
私自身にも、少なからず思い込みがあることを記させていただき、
本件についてコメントを頂戴しても、議論するつもりはないので、ご理解いただければありがたい。
「相手を攻撃する人」相手の弱点をあげつらう人、
ひとに対するものの言い方をわきまえない人間。
アメリカの「debate」なる、「屁理屈で相手を打ち負かせ」みたいな教育が日本に入ってきたときから違和感を持っていました。
耳が遠い私、若いコメンテータの独りよがりな早口、キンキン声を苦々しく思っています。
仰ってること良く分かります。
賛否が分かれるような話題を、メディアが取り上げる場合は、双方の意見を持つコメンテーターを起用して、論争させてほしいですね。
どちらかの意見を述べるコメンテーターだけを起用すると、論調が次第に過激化してしまい、
世論を誘引することにつながるので、気をつけて見なきゃならないと思っています。
情報提供するメディアが、誘引の片棒を担ぐと、かつての大本営になりかねません。
そこだけは注視しようと思っています。