力と罪と_廃都の女王_第三話 五代ゆう 早川書房
年端もいかない大人になるには早過ぎる子供が過酷な決断を迫られる様は(フィクションであっても)見るに忍びないものだ。
マリウスはミアイルの話をアッシャにし、『ナタール川の白鳥』のリクエストに応えうなだれる。
事が起こる前ならすべき助言が決まっていたリギアも現段階において新しい人間になって明るい道を堂々と生きていくか、これまでのことをみんな背負って歯を食いしばっていくのかはアッシャ自身が決めなさいと。
何事もなく数日が過ぎた深夜、
「お師匠」
「お師匠。あたし、魔道師になる。このまま」
「もう町娘には戻らない」
「想像してた形じゃなかったけど、竜頭兵を殺せると思って、有頂天になってたのはあたしなんだ。お師匠がなんと言おうと、あたしがやったことは、あたしがやったことだ。どうしたって、それは変わらない。あたしが忘れたって、みんなは忘れない。あたしだけが忘れて幸せになるなんて、そんなのは嫌だ。間違ってる。あたしはあの娘の家を奪ったのに、あたしは何も知らない顔で、新しい家で新しい人間になるなんて、それなことはできない」
「ひとつだけ、約束して」
ヴァレリウスの道具として何でもやる決意を述べてから
「けど、それは、あたしや、あの村の女の子みたいな人間をこれ以上増やさないためにするんだって、約束して。あの竜王とあいつが使う怪物どもに、これ以上みんなを痛めつけさせないためにするんだって、誓って。嘘でもいいから、今、この場で。ーーーー」
誓ってくれないなら、己れも師匠も燃やしてこの世から消えたい気持ちを吐き出して、
「ーーあたしは、あたしのままで生きたい。あたしの力を、役に立つように使ってくれる人がほしい。だからお願い、お師匠」
導きを乞う言葉を続け、呟くようにお願いを続けられてヴァレリウスは折れる。
水晶玉は大事ない。大きいのと小さいのがふたつ。
ひとつはお師匠の、小さいふたつはあたしの。ちゃんと紫の布にくるまれて封じの札が貼ってある。それと香と香炉。何種類かある粉の包みを間違えないように揃えておかなければならない。
白い胴着とごつい長靴は騎士様が新しいのをくれた。革を編んだ腰帯はあの洒落者の王子様、じゃない、吟遊詩人がくれた。白鳥のしるしに組み合わされた模様が織り込まれていた。意図の分からない自分ではない。言われるまでもなく、あの日のことは決して誰にも話はしない。
魔方陣を縫い取った布と羊皮紙、特別な配合をした墨をこぼさないように気をつけて。箱の中にきちんと並んだ瓶や包みの数々を、そわそわと何度も数えなおす。
清めた食べ物。塩を混ぜた水。香料入りの色のついた蝋燭。これまではお師匠がやってくれていたけれど、今度からはみんな自分でやる。
いざという時に自分で対処できるように、細かいことからいちいち覚える。自分から言い出して、お師匠がそれを受け入れてくれた。決めた以上、手加減はしないとはっきり言い渡された。頷いた。望むところ。
ーーあたしは、魔道師になる。
そして、仕度をするアッシャは城二階の回廊からのあの娘の視線に気付く。ヴァレリウスに呼ばれ、その場を後にするアッシャの背を、視線はいつまで追う。ヴァレリウスが結界を開いて閉じ、暗い地下の訓練場へアッシャを導いてからも、暗い扉を貫いて、永劫離れることのない剣のように。
子供は子供らしく年相応な振る舞いをできる世の中であるよう努め実践することが大人の勤しみ。それが叶わぬ格好になってしまったがリギアの悔やみ、マリウスの痛み、ヴァレリウスの戒めらはアッシャに纏われ・つけられることで彼女を守らんと…。三人の大人達がいなければ立ち直れなかった可能性が大であったから、大人の役割は、よろしくない事態にならない様にするだけでなく、縦しんばよろしくない事態になってしまった時にこそ文字通り大人の対応を心からすることなんだと。
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廃都の女王―グイン・サーガ〈137〉 (ハヤカワ文庫JA) | |
五代ゆう | |
早川書房 |
年端もいかない大人になるには早過ぎる子供が過酷な決断を迫られる様は(フィクションであっても)見るに忍びないものだ。
マリウスはミアイルの話をアッシャにし、『ナタール川の白鳥』のリクエストに応えうなだれる。
事が起こる前ならすべき助言が決まっていたリギアも現段階において新しい人間になって明るい道を堂々と生きていくか、これまでのことをみんな背負って歯を食いしばっていくのかはアッシャ自身が決めなさいと。
何事もなく数日が過ぎた深夜、
「お師匠」
「お師匠。あたし、魔道師になる。このまま」
「もう町娘には戻らない」
「想像してた形じゃなかったけど、竜頭兵を殺せると思って、有頂天になってたのはあたしなんだ。お師匠がなんと言おうと、あたしがやったことは、あたしがやったことだ。どうしたって、それは変わらない。あたしが忘れたって、みんなは忘れない。あたしだけが忘れて幸せになるなんて、そんなのは嫌だ。間違ってる。あたしはあの娘の家を奪ったのに、あたしは何も知らない顔で、新しい家で新しい人間になるなんて、それなことはできない」
「ひとつだけ、約束して」
ヴァレリウスの道具として何でもやる決意を述べてから
「けど、それは、あたしや、あの村の女の子みたいな人間をこれ以上増やさないためにするんだって、約束して。あの竜王とあいつが使う怪物どもに、これ以上みんなを痛めつけさせないためにするんだって、誓って。嘘でもいいから、今、この場で。ーーーー」
誓ってくれないなら、己れも師匠も燃やしてこの世から消えたい気持ちを吐き出して、
「ーーあたしは、あたしのままで生きたい。あたしの力を、役に立つように使ってくれる人がほしい。だからお願い、お師匠」
導きを乞う言葉を続け、呟くようにお願いを続けられてヴァレリウスは折れる。
水晶玉は大事ない。大きいのと小さいのがふたつ。
ひとつはお師匠の、小さいふたつはあたしの。ちゃんと紫の布にくるまれて封じの札が貼ってある。それと香と香炉。何種類かある粉の包みを間違えないように揃えておかなければならない。
白い胴着とごつい長靴は騎士様が新しいのをくれた。革を編んだ腰帯はあの洒落者の王子様、じゃない、吟遊詩人がくれた。白鳥のしるしに組み合わされた模様が織り込まれていた。意図の分からない自分ではない。言われるまでもなく、あの日のことは決して誰にも話はしない。
魔方陣を縫い取った布と羊皮紙、特別な配合をした墨をこぼさないように気をつけて。箱の中にきちんと並んだ瓶や包みの数々を、そわそわと何度も数えなおす。
清めた食べ物。塩を混ぜた水。香料入りの色のついた蝋燭。これまではお師匠がやってくれていたけれど、今度からはみんな自分でやる。
いざという時に自分で対処できるように、細かいことからいちいち覚える。自分から言い出して、お師匠がそれを受け入れてくれた。決めた以上、手加減はしないとはっきり言い渡された。頷いた。望むところ。
ーーあたしは、魔道師になる。
そして、仕度をするアッシャは城二階の回廊からのあの娘の視線に気付く。ヴァレリウスに呼ばれ、その場を後にするアッシャの背を、視線はいつまで追う。ヴァレリウスが結界を開いて閉じ、暗い地下の訓練場へアッシャを導いてからも、暗い扉を貫いて、永劫離れることのない剣のように。
子供は子供らしく年相応な振る舞いをできる世の中であるよう努め実践することが大人の勤しみ。それが叶わぬ格好になってしまったがリギアの悔やみ、マリウスの痛み、ヴァレリウスの戒めらはアッシャに纏われ・つけられることで彼女を守らんと…。三人の大人達がいなければ立ち直れなかった可能性が大であったから、大人の役割は、よろしくない事態にならない様にするだけでなく、縦しんばよろしくない事態になってしまった時にこそ文字通り大人の対応を心からすることなんだと。
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