〇 次々登場する新技術に追いつけない、ITエンジニアはどうすべきか。
技術だけに振り回されず、まずは経営課題に耳を傾けよう。
ITは日進月歩。情報量も爆発的に増え、ともすればトレンドや情報の海で溺れてしまいそうになる。これからの時代を生き抜くITエンジニアには、技術の目利き力や先見性も大いに求められよう。相談者の言う通り、全てをキャッチアップするのは現実的でない。とはいえ、何が当たるか/外れるかを見極めるのも至難の業である。
思い切っていったん技術から離れてみよう。技術のことは一切忘れて、経営課題に耳を傾けてみるということだ。経営課題とは、あなたの所属する組織が抱えている問題や課題、あるいは取り組むべきイシューや掲げるテーマである。
組織には多かれ少なかれ経営課題が存在する。組織の単位(範囲)は全社であっても、事業部門単位であってもよい。例えば下記のようなものだ。
- 「カーボンニュートラルを実現する、新しい製品を世に送り出したい」
- 「BtoCからBtoBにビジネスモデルシフトをしたい」
- 「顧客接点を増やし、客単価を上げたい」
- 「高齢者をターゲットにした、ユーザーフレンドリーなサービスを提供したい」
- 「人材獲得が困難さを増していることから、人手をかけないオペレーションモデルを実現したい」
- 「製品ラインアップが増え、サポートや保守のための人手とコスト増で悩んでいる。何とかしたい」
- 「とにかく、顧客からの問い合わせを減らしたい」
- 「ビジネスパートナーとの契約にかかるリードタイムを短縮したい」
- 「新人の育成と技術伝承がうまくいかない」
読者諸氏は、このような組織の経営課題を言語化および認識できているだろうか?」
まずは半径5メートル以内から、チームや課単位からでも構わない。周囲と対話して、そこから徐々に半径を広げ/標高を上げ、部の、事業本部の、経営の、顧客やステークホルダーの課題を言語化していってほしい。そのうえで、課題を解決するにはどんな技術が役立ちそうか、意識的にアンテナを立て情報収集や研究をする。
多くの企業組織にとって、技術はあくまで経営課題を解決する手段でしかない。その前提を見失うと、技術の押し売りになったり、「そんなことを研究して何になるの?」と悪気なく社内から冷ややかな目で見られ技術者が切ない思いをすることがある。経営課題や、経営のイシューに敏感になろう。経営の懐に飛び込もう。
そのためには、技術起点のみならず「課題起点」「イシュー起点」の発想も持っておきたい。
IT(人材)だけの「井の中のかわず」になるべからず!
定期的に「情報のシャワー」を浴び、短期と中長期の2つの視点で取り組む。
とはいえ、ITのプロフェッショナルを目指す以上、新技術のトレンドはキャッチアップしておく必要がある。いざ、経営陣や顧客に新技術について聞かれたときに「知りません」「存じません」では、技術者の名がすたるというもの。
広く浅くでもよいから、情報のシャワーを浴びる習慣は身に付けておきたい。毎日、インターネットのニュース記事に目を通す。月に何冊か(できれば目標冊数を決めて)新技術や世の中のマネジメントのキーワードに関連する書籍を読む。
その時間や余裕がなければ(あっても)、月1回または2~3カ月に1回程度は技術フォーラムやITフェアなどにも参加しよう。フォーラムやフェアは、ベンダー主催のものだけではどうしても情報や視点が偏る。ユーザー企業主催あるいはユーザー企業が集まる場にも参加しておきたい。
極端な話、ITを銘打っていないフォーラムやセミナーに顔を出してみるのもよい。「人事」「マーケティング」「経営企画」など、業務領域、つまりは経営課題直球のテーマの話を聞く。経営課題やイシューの事例や着眼点(問いの立て方)を知ることができる。なおかつ、今の時代はその課題解決に多かれ少なかれITが関わる。つまり、経営課題解決のために、どのようにITを活用すればよいのかを把握したり、ヒントを得たりできる。
一方で、情報のシャワーの浴びすぎには要注意である。それこそ、情報の海で溺れてしまう。ある程度の情報を仕入れ、良さそうな技術を絞り込んだら、取り組む優先度を決めていこう。
具体的には、「短期」「中長期」の2つの箱を書き、そこに短期的(すなわち目先の課題を解決したり、目先の要望を解決したりするため)に取り組む技術と、中長期的に取り組む技術をプロットしていく。何を短期テーマ、中長期テーマにするかは、経営課題と照らし合わせて考える。
中長期テーマとして選定する技術については、自分の所属部署全体に視座を上げて、自分だけでなく他の技術者を育成する観点を盛り込んでもよい。長い目で見て、この技術は知っておいた方がよい、身に付けておいた方がよい、という着眼点は、組織に地に足の着いた技術者を育成していくうえで極めて重要である。
また、中長期視点で自分が何の技術の専門家になりたいのかも考えていこう。トレンドを押さえつつ、軸(どこかの領域にとがった強味)がある技術者は長い目で見て強く、周囲からの信頼も獲得しやすい。
短期/中長期それぞれで取り組むテーマを決めたら、実行計画を策定しつつ、経営や上級管理職、もちろんメンバーなど社内各所と対話しつつ「なぜそのテーマに取り組むのか?」の理解と協力を取り付けていこう。
学習や研究もチームワークで取り組もう。
そうはいっても、一人で取り組むのはなかなかしんどい。これらの取り組みは、チームで実践していきたい。
- 情報収集をチームで分担する(テーマごとに担当者を決めて情報を収集しチーム内で共有する)
- 社内SlackやMicrosoft Teamsなどで、技術テーマのニュース情報を、担当を決めて(持ち回りで)ピックアップしチーム内で共有する
- 「筋が良さそう」と判断した技術については、小規模プロジェクトを立ち上げチームで研究する
- 読書会、ABD(Active Book Dialogue)などを実施。定期的に技術情報をチームでインプットする
- 専門家を招へいして講演してもらい、チームでディスカッションする
- どの技術を研究テーマにするか? チームで話し合い、優先度を決める
このように、チームで分担および協力して学習や研究が着実に進む仕組みを構築・運用しよう。
「一人でやらない」「一人で悩まない」
越境思考で、チームで、あるいは経営陣とともに議論しながら技術の目利きをしつつ研究をしていこう。
学習に投資し、学習や研究が計画的かつ習慣的に行われている職場は、成長意欲ある技術者のエンゲージメント(求心力)を高める。近年では「人的資本経営」の名のもと、企業の人材育成や知識、技術アップデートの投資を投資家や資本家目線でも促す潮流が急激に加速している。「ESG」の「S(Social)」の文脈で、学習や研究への投資に意欲的なグローバル大企業も増えている。組織的に学習や研究に投資する(させる)ことは、金融市場においても関心が高まっているのだ。この追い風を大いに利用しよう。
「エンジニアたるもの、自己研さんと自助努力で技術力をアップデートしていくものだ」
そのような意見もあろう。もちろん、自己研鑽と自助努力も大事だが、それだけでは変化のスピードが速く情報過多な時代を生き残ってはいけないし、何より経営課題の解決に資する技術者集団であり続けることは難しい。周囲の理解者を増やしながら、チームで技術の目利き・選定をしていこう。