○「小学生には使わせるな」、『言語の本質』の著者が懸念するChatGPT後の学校教育。
ChatGPTとどう向き合うべきかで教育現場が揺れている。子どもの言語習得を専門とし、『言語の本質』の著者でもある慶応義塾大学環境情報学部の今井むつみ教授は、大学生の利用に関しては問題ないとの見解を示す一方、「小学生に使わせるのはやめたほうがいい」と語る。生成AI(人工知能)は、子どもの教育にどのような影響を及ぼすのか。ChatGPTがもたらす未来はどんなものになるのか。詳しく聞いた。
ChatGPTが教育に与える影響については様々な議論があります。学生が使うことに関してはどのようなスタンスを取られていますか。
それこそ最初は学生に教えてもらいました。ChatGPTって面白いですよね。学生の利用については、私は止めないけどソースは明らかにするようにと言っている程度です。「高校生に英語を教える際、ChatGPTをどうやって使えばいいか」といった課題を出したりもしています。
大学生が利用する分には、まずいと感じたことはありません。ただし、小学生に使わせるのはやめたほうがいいと考えています。熟練の先生が考え抜いて使わせるなら別ですが、気軽に使うとマイナスの効果が大きい。一番良くないのは、自分で考える代わりにChatGPTの答えを写してしまうことです。
1つの考え方として、「ChatGPTにやらせればいいじゃないか」という人もいるかもしれません。例えば英語なんかはChatGPTに任せて、他のことをやればいいと。
極論かもしれませんが、あり得る考え方ではありますね。
けれど「記号接地」という観点から看過できません。人間の学習においては経験とひも付けながら、ことば(記号)を身体感覚に「接地」していくことが非常に重要です。記号接地ができないと全然先に進めない。
例えば、100分の99に近い整数は何でしょうか。もちろん「1」なのですが、「99」とか「100」と答える中学生がかなりいる。小学生で分数というものを「記号接地」できないまま、学年が進んでしまったことが原因です。
ChatGPT以前に教育を受けた人たちはいい。ただ、仮に小学1年生からChatGPTを使っていると、記号接地がどういうものか分からないまま大人になってしまう可能性があります。もし作文をChatGPTに任せていたとしたら、まともな文章を書けなくなるかもしれません。
熟達者にしか対抗できない。
別の懸念もあります。ChatGPTはもっともらしい嘘をつきます。もともと人が間違った情報をネットに書いているのです。ChatGPTがそれを学習材料にして答えを出している場合もある。その回答を、さらに別の人が信じてしまうかもしれません。いわば誤情報から誤情報のメリーゴーラウンドが起き得るわけです。
ネット自体がそうした要素をはらんでいますが、より規模が大きくなる。
そうです。だからすごく難しい時代になると思います。ChatGPTの登場で、素人でも専門的な知識にアクセスできるようになったと思いがちですが、私の考えは逆。ChatGPTを本当に使いこなすには、今までよりもっと専門知識が求められるはずです。
本当にそれらしいことを返してくるので、直感的に違和感を覚えられるような熟達者の知識が必要です。そうでない分野で使うと得られるものより危険性の方が大きいかもしれません。
最近、文部科学省が出した小中高校向けのガイドラインには「ファクトチェックをせよ」と書かれていますが、現実的ではありません。その道の熟達者でないと難しいことを、学校の先生に求めているわけですから。
直感というのは、どのように養われるのでしょうか。
熟達者の直感は決して、いちかばちかのコイントスではありません。100%正しいわけではないけど、かなりの確率で瞬間的に正しい方向性が分かる。それが熟達者の証でもあります。どうやって身に付くかというと、長年にわたる訓練の蓄積。知識と行動が混然一体となっている状態です。
「仕事があってご飯が食べられればいい」ということではない人たちっていますよね。私はバレエの鑑賞がすごく好きなのですが、なぜあそこまで身体を鍛え上げられるのかと思います。
こうした人たちはChatGPTを使うかもしれないけど、マインドセットや学び方が変わることはないはず。熟達者しかChatGPTには対抗できなくなるように感じます。