
インタビュアーから「結局ガミ(キム・ミニ)は何から逃げていたのですか?」と質問されても、「私はその答えをあえて用意していない」みたいなことを言って無粋な質問から“逃げて”いたホン・サンス。Youtube等でやたらとペラペラ語りたがる映画監督が増えているなかで、しごく真っ当な態度といえるだろう。じゃあ本当に答えはないのか?というとそうとも言いいきれず、ベルリン国際映画祭で銀熊賞にも輝いている本作だけに、ちゃんと“答え”を見つけた人が他にいる、ということなのだろう。
あくまでも個人的な想像で書かせていただく。翻訳家の夫と結婚してから5年間片時も夫の側を離れたことがないガミ。そのガミが夫の出張中に訪ねる3人の女たち(離婚して同性のパートナーと暮らしている先輩ヨンスン、独身生活をエンジョイしている先輩スヨン、ガミの昔の恋人だった映画監督と結婚した友人ウヨン)が、ある共通の想いを抱いていることに、皆さんもきっと気づかれたにちがいない。
「愛する者は何があっても一緒にいるべき」と語るガミ以外の3人は、すべてソウルという都会から離れた田舎で暮らしている。ベジタリアンのヨンスンはおそらくレズビアンで、料理下手なスヨンは一度関係を持った若い男のストーカー行為を迷惑がっている。ガミの恋人をその昔寝とったウヨンは(おそらくホン・サンスの分身であろう)夫である映画監督の講演活動に不満タラタラだ。
雌鳥を痛めつける雄鶏の話、聖書に出てくる“知恵の実”をガミにすすめるヨンスンとウヨン、ガミが見つめる映画のワンシーン....それらのメタファーから(潮騒の中で安全地帯のようにとり残された砂浜のように)ポッカリ浮かび上がってくるもの、それこそが(監督ホン・サンスが各々勝手に想像してくれと語った)本作のテーマではないだろうか。フェミニズムに加担したつもりもないのであろうが、現代の時流に沿った作品であるのは明らかだろう。
つまり、女に対して常に優位に立とうとする男たちのマウント根性に嫌気がさしその“束縛”から解放された、もしくは解放されたいと願っている女たちの物語なのである。女優キム・ミニと片時も離れることなく公私ともにいつも一緒に行動している監督ホン・サンスによる、(ホン・サンスか捨てた元家族に対する謝罪を織り交ぜながら)アダムの肉体から生まれたイブたちの自立を(都合よく?)うながした1本なのであろう。
逃げた女
監督 ホン・サンス(2021年)
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