前回に続いて、今回も「灸法」を見ていきます。前回は、その作り方などを紹介しましたが、今回は実際の行い方について見ていきます。
お灸の艾炷の大小は、その人の体質の強弱によって使い分けるべきである。強壮な人は、大きい方が良い。お灸を行う数も、強壮な人は多い方が良い。一方で、虚弱で痩せている人は、小さくして、耐えやすいようにすべきである。
熱さの痛みに耐えられない人は、多い回数をしてはならない。また身体が大きいのに、熱さに耐えられない人へのお灸は、気血を減らし、気がのぼせるなど大きな害がある。痩せて虚弱である人が、お灸した当初、熱さに耐えられない場合は、艾炷の下に塩水を多く付け、あるいは塩のりをつけて5~7回程度行って、その後は通常通りに行うべきである。このようにすれば、熱さに耐えられやすい。それでも耐えられない場合には、最初の5~6回はもぐさを早く取り除くべきである。このようにすれば、後に行うお灸の熱さに耐えられやすい。
気が上りやすい人は、一時に多くのお灸をしてはならない。
『明堂灸経』には、頭と四肢にはお灸を多くしてはならないという。肌や肉が薄いからである。つまり、頭と顔の上と四肢にお灸をするならば、小さいものが良いのである。
石川謙校訂『養生訓・和俗童子訓』岩波文庫・168頁、拙僧ヘタレ訳
まずこちらは、お灸を行う場合、その人の身体の強弱をよく考えるべきだということです。生来持った体質がありますが、それを無視して行うと、逆に効果が失われると考えられていたようです。また、熱さに耐えられるかどうかというのも理解出来ます。拙僧も、どうしても熱い物を扱うことが少なかったときには、様々なときに躊躇しましたが、慣れてくると、扱うのも難しくなくなります。
お灸もかなり熱くなりますから、そういうのに耐えられない人は苦労ばかりが目立つのです。なお、塩水を増やしたり、塩のりを使うという方法があるというのは、興味深いですね。ただし、少し調べた程度では、この意味はよく分かりませんでした。
お灸の時に用いる火は、水晶を天日に輝かし、艾を下に置いて火を受け取るべきである。
または、火打ち石でもって、あるいは白石や水晶を打って火を出すべきである。火を取ったら、香油を灯に付けて、艾炷にその灯の火を付けるべきである。
あるいは、香油で紙燭を灯して、灸炷をまず身に付けておいて、紙燭の火を付けるべきである。
松・柏・枳・橘・楡・棗・桑・竹というこの8本の火は避けるべきである。用いてはならない。
石川謙校訂『養生訓・和俗童子訓』岩波文庫・168頁、拙僧ヘタレ訳
それから、これはお灸を付ける際の火についての注意です。今なんて、火をどのように付けたかなんて気にならないと思うのですが、本書ではどの火を用いるかを定めています。その際に、火打ち石というのは分かるのですが、最初の水晶を天日に輝かすというのは、今風にいえば、レンズや鏡を使って火を付けることと同じような気がします。
当時、既にそのようなことが知られ、しかも一般的に用いられていたわけですね。拙僧的には、当時の火を付ける技術の方が気になりましたが、本来はお灸についての話しです。よって、次回は、お灸を行う際の注意点を特に取り上げてみたいと思います。
※この連載記事は、「かつて養生に関わる説でいわれていたこと」を、文献的に紹介しているのみであり、実際の医学的効能などを保証する目的で書いているのではありません(それは、医師ではないので出来ません)。その辺は能く能くご理解の上、ご覧下さいますようお願い申し上げます。
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