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教会の牧会学という授業で約一年半に一回の、メッセージの順番が遂にやってきました^_^
私はこの授業の中でしかほぼメッセージをする機会はないので、多分これでまだ人生4回目くらいかと思いますが、これまでどんなメッセージをしたか自分のことなのに記憶がうろ覚え…(笑)
何はともあれ、一年半に一回なので時間はタップリあったはず。前々から準備すればいいものの、直前にならないとやらない私。この性質をも感謝^_^;
今回は一週間前くらいから真剣に祈りだしたのですが、祈れど祈れど、どこの聖書箇所から話すべきなのか、まずはそこが捉えられず苦戦しました。
何人かにメッセージのためにどれくらい祈ればいいでしょうか?とアドバイスを求めたところ、帰ってきた返事は色々。1時間、3時間、5時間、かなり前から祈りだす…。
それぞれが導かれた通りなので違って当たり前ですが、今回私は3時間は祈ろうと思わされました。
で、小間切れではあるけど、トータル3時間は祈ったのですが、聖書の中のどの部分を語るように神様が今回私に導いておられるのか、なかなかはっきりと捉えられず(´・_・`)
結局、3パターンくらいの中で相当悩まされました。きっとはっきりどの言葉から語るか確信があれば、前日5時まで格闘する必要はなかったはず(笑)
どの聖書の箇所を選ぶかは本当にポイントであり、一番見極めるのに戦いがある部分だなぁと思わされました。
メッセージは神様の言葉を取り次ぐってこと。神様が語りたいと思っておられることを捉え語ること。言わば、私たちを通して神様が語るということだから、そりゃあ神様の敵であるサタンも必死に阻止しようとしてくるはず。
だから、メッセージはある意味戦いだと今回初めてそう思いました。
でも同時にメッセージ準備期間は、すごい祝福でした☆彡
あの捉えられなさや、まとまらなさ。自分は語れるような者なのか、メッセージを語るのには向いてないんじゃないかとか、自分自身揺るがされそうな葛藤ある時間を過ごしました。
でも、その中で、本当に神様が今回私に語るように導いてるのはどこで、どうやって語ればいいのですか、教えて下さい!って神様に切に聞く時間が、神様の側に近づく素晴らしい時間となりました。
その中に、かかった時間以上の価値ある学びがありました。
実際、前日夜12時から5時の間は他の聖書箇所でやる場合のことを考えていたので^_^;、今回のメッセージには何も生かされていないように見えます。
でも私にはあの葛藤の中、神様と過ごす時間が必要でした^_^そこでしか受けれない特別レッスンがありました。
結局、神様が今回私に与えて下さったメッセージ箇所は、マタイ5:14-16。
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。
また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
この言葉を、今回与えて下さった神様に感謝!