昨夜、PCでいつものように遊ぼうと、アメーバピグの「自分」を起動させた。
オンラインの友達に、自分の存在を知らせる。
即、来てくれたのは、「伝ちゃん」だ。
伝ちゃんは学生さん。
両手にシンバルを持った風変わりな装いで、とても興味を持ってしまったんだ。
出会ってから、ちょこちょこ、お話をしている。
そして昨夜の会話中、「マリンバをやっていた」とつい言ってしまったのだよ。
マリンバってどこの国の楽器か?
そんな話になったんだが・・・
さあて・・・
中学の吹奏楽で小太鼓を叩いて、
高校と短大でマリンバを専攻。
毎日、毎日、練習をしてた。
授業をさぼってまで、校舎にあるレッスン室でマリンバを叩いていた。
たまに小学校に演奏しに行ったりもした。
聞いてもらう演奏をする練習だ。
子どもの前で「くまばち」を速弾きすると、盛大な拍手が湧く。
快感だったな。
独唱、独奏、何人かで演奏するんだけど、
マリンバが小学生の目と耳には、一番取り込みやすいものだったようだよ。
マリンバ三昧の高校生活。
(学校を出たらまた違ったことばかりやってたけどね)
さて、そこで、伝ちゃんの一言「マリンバってどこの国?」
チゴイネルワイゼンを演奏できるまでと、
あんなに、あんなに、マレットを握っていたのに、
マリンバってなんなのか、まったく知らなかった。
出る音にしか、興味がなかったんだ。
そこで、調べてレポート提出する宿題を出された・・・
「書くのは得意だよ」と、軽々しく発言したのも、きっかけになっている。
そう。
こうやってずらずら綴るのは得意。
子どもの読書感想文の下書きは、ほんの少しの時間で、ピッタリ3枚、最後の一升に「。」
今回はフリーでということなので、割り当てられた容量がいっぱいになるまで、
書き綴ろうと思っている。(うそうそ)
さて、マリンバという楽器について。
(中断)(車やさんが、車を取りに来たよ。ヒデさんの車、車検だ。お金~~)
(ワカメちゃんカットにした頭、玄関の外の風は冷たかった。マフラーすればよかった)(うぅ)
(再開)
私が通っていた中学校の音楽室には、鍵盤の細い、木琴か?って思えるような、
小型のマリンバが置いてあった。
高校受験のために親に買ってもらったマリンバは、それよりもずっと大きなもので、
木の幅も、倍ぐらいあるんじゃないかと思うほどの大きさだった。
その木は固そうなツヤがあり、ぶっ叩いてもびくともしないほどの堂々とした姿だった。
頼りがいのある楽器。そんな印象だ。
リビングが、マリンバで埋め尽くされてしまうほどの大きさには、威圧感もあったっけ。
通るたびに「練習しろよっ!」って、楽器に声をかけられてしまう。
楽器について、何も知らずにいた私が、今回いい機会を与えてもらい、
調べることになった経緯は先に書いたよ。
そして、ウィキペディアを開いた。
ひとつの文章で、真新しい大きなマリンバが届いた時の匂いを思い出した。
「音域は通常の4オクターブから80年代に5オクターブをヤマハが開発し世界に普及させた」
そうだ。ヤマハのマリンバだった。
開発されてすぐだったんだ。
世界に普及されてまもないマリンバだったのか。
そうか。
のびちゃんは、世界の先端を生きてきたのだね。
ところで、課題?
そうだ。課題は、どこの国から?(北の国から・・じゅ~ん・・・・、る~るるるる~」
明確には書かれていない。
打楽器だからね。
打楽器って、原始時代からあるんじゃないだろか。
まずは手を叩いたかもしれない。
太ももを叩いて音を出したかもしれない。
物を手で叩いて、物を物で叩いて、リズムができて、
声を出して、
踊って・・・
いや、声を出してるうちに、体が動いて、手を叩いたのかもしれない。
ルーツをたどるとそこまで遡ってしまうだろうね。
形が似ている物で、もしかしてここからか?っていうのは、アフリカの楽器らしい。
木の板を並べた下にひょうたんを置いて、音を共鳴せていた打楽器がある。
【アフリカのバントゥー語群で、「リンバ」は木の棒を意味し、「マ」が多くの数を表す接頭語であるから、
「マリンバ」は、多数の木の棒から成る楽器をあらわす】
そして・・・
【現在の形のマリンバが生まれたのは、19世紀後半、グアテマラであると言われている。
またメキシコ等南米でもマリンバが古くから演奏されており
メキシカン・マリンバとして民族音楽のスタイルを形成している】
その後、アメリカに持ち込まれるようになって、1910年代に製作が始まり、
シカゴのディーガン(Deagan) は、木製パイプを金属製パイプに取り替えたそうだ。
おお、今のマリンバの素材だね。
その後、鍵盤の配列をピアノ同様の配列になっていったんだって。
ピアノが弾ければマリンバも、すぐにメロディーが弾けるね。
以前はひとつの楽器を複数で叩いていたらしい。
それが、現在の独奏の演奏するスタイルへ徐々に変わっていったそうだ。
マリンバの練習には、よく、バイオリンと同じ教本が使われる。
音域が似てるんだ。
バイオリンの独奏曲を、マリンバで演奏するってのを、やっていたんだ。
だから、私は熱心にチゴイネルワイゼンを練習していたわけだよ。
そうやって、独奏楽器になるまでにも、時間の経過、移り変わりがあったんだねぇ。
学生の時に、時々通っていた打楽器の先生のお宅は、荒川区にあったんだ。
マンションの1室。
ご近所さんに迷惑にならないように、消音のマットをパイプにかぶせての練習。
音はポソポソっとしか鳴らなかったが、
それで、先生、私の演奏、わかって指導していたんだろうか・・・。
そんな部屋では小さい子供がウロウロし、若い奥さんがお茶を入れ・・・
再婚だ。
先生の元の奥さんの息子さんは、その当時もう大人で、宇都宮に住んでいて、
先生が東京からなかなか来られないもんだから、
その息子さんにマリンバを毎週習っていた。
荒川のマンションに行くたびに、
複雑な大人の事情を、知って知らぬふりして、息子先生に同情した高校生だったなぁ。
そんなマリンバの思い出さ。
さて、
何が一番の思い出かって・・・
それは、あんなに若い嫁さんと再婚して小さな子どもと幸せそうに暮らしている、
東京住みのオーケストラの打楽器奏者の・・・・
いつも情けない顔した、ヨレヨレの息子先生。
どうしてるかな。
やれやれ。