SEX AND THE CITYによろしく

アラサー男のゴーイングマイウェイなブログ。

日常とか野望とか妄想とか書いてます。

酒の味は

2023-09-14 20:10:05 | 日記
今日も仕事帰りにサウナに入った。

さっぱりした気分で車に乗ると、カーラジオから、洋楽が流れてきた。

英詞だったから、意味は分からなかったけど、ジャズっぽくて、少し寂しい雰囲気のボーカル。

チェット・ベイカーみたいな感じ。

サックスがソロを奏でる。

いい感じ。

今日も職場で嫌なことがたくさんあったし、明日も嫌なことがたくさんある。

でも、こういうささやかな幸せが俺を満たす。

いいんだよ。仕事なんて。

最高の一瞬を味わうための準備体操みたいなもんだ。

嫌なことすら味になって、ラジオから洋楽が流れて、俺は幸せを味わう。

今日も一日が終わっていく。

さぁ、家に帰るとしよう。



飛べない鳥

2023-09-13 16:04:55 | 日記
昨日の夜から緑の果物を食べ始めた。

そうキウイである。

食生活は僕の人生においてかなり大きなウェイトを占める。

毎日、朝納豆、ヨーグルト。昼は炭水化物抜き。とやってきて、夜に何かできないかと思ったのである。

そこでヒットしたのがキウイだった。

調べていると分かるが、ここには書ききれないほどの効果があることが分かる。

信じられないほど健康効果のある果物だったのだ。

しかも、値段は1個98円だった。

安い。

金のかかるし、効果があるかよく分からないサプリメントの何倍も魅力がある。

そして、意外なキウイの効果は、不眠が改善されるというものだった。

特に眠れなくて困っているわけではないが、睡眠の質を上げることは大切だ。

夜に食べるといいらしい。

ちなみにキウイの語源となったキウイという鳥は、飛べないらしい。

はたしてこのキウイチャレンジは翼を授けてくれるのだろうか。



古文の授業は聞いておけ

2023-09-10 20:42:21 | 日記
国破れて山河在り。城春にして草木深し。

銭湯でシャンプーしてて、ふと浮かんだ。

古文なんかで習う『春望』という漢詩の一節である。

意味としては、国が戦争で焼け野原になっても、山や川は変わらない姿を保っている。季節は春になり、ボロボロになったお城にも、草木が力強く芽吹いている。ということである。

どれだけ俺が悩んでいたり、辛いことがあっても、変わらず太陽は昇るし、太陽は沈む。

同じように、明日が俺にとってどんな明日であっても、この銭湯は変わらずに営業を続けるだろう。

改めて自分の小ささを知る。

最近、職場の人間関係が悪い。

ずっと人の悪口ばかりが蔓延している。

きっと俺がいない時には、俺の悪口もたくさん出ているだろう。

人間関係のパワーバランスがとても歪で、とても気を遣う。

人間関係の気持ち悪さ。

仕事自体は好きだけど、本当にやだなぁって思う。

でもさ、そんな職場の小さな世界が全てじゃない。

国破れて山河在り。の山河のごとく、明日もこの銭湯は変わらずに営業をしている。

誰もが自分らしくいられる。

その偉大さ、大きさに比べたら、悪口なんて大した問題じゃない。

仕事のミスだって大きな問題じゃない。

人から嫌われてもいい。悪口いわれてもいい。馬鹿にされてもいい。評価されなくてもいい。出世しなくてもいい。

だってさ、それ、俺の大切なものじゃないから。

シャンプーしながら、自然の大きさ、世界の広さを感じた。

シャンプーしながらって所が実に俺らしくてクスって笑った。
















午後の紅茶を飲み干して

2023-09-10 15:28:10 | 日記
地球には重力というものがある。

重力はありがたい存在で、人が土地に根を張り、生きていくことを可能にした存在である。

また根無し草という言葉もある。

まさに俺の20代は根無し草だった。

とにかく彷徨った。
迷走した。
いつも満たされなくて、ふわふわしてて、ジタバタしていた。

いつも『ここじゃないドコカ』を探していた。

そんな俺もようやく土地に根を張ることができた。

重力のおかげである。
ここで変わらない生活を続けることの尊さを初めて知った。

ようやく地に足ついたのである。

俺はここでの生活に満足していた。

死ぬまでこうして生きていよう。それでも幸せだと思っている。

重力の安心感は半端ない。

今、20代を振り返ると、『勇気がなかった』と一言で表現できる。

重力に逆らって好きな場所に飛び出す勇気も無ければ、土地に根を張る勇気も無かった。

中途半端だった。

だから、ふわふわしていた。

今、29歳になり、『ここじゃないドコカ』を探すことは少なくなった。

地に足をつけて生活をしている。

帰るべきところがある。

その環境になってようやく気づいたことがある。

いまなら飛び出しても、きちんと戻ってくることができる。

いまなら、重力に逆らって好きな場所に行くことと地に足をつけて生活することが両立できる。

仕事、世間の目、恋愛、結婚、将来、人間関係、病気。

いろんなしがらみに対して勇気が無くてがんじがらめになっていた俺は、ようやくそのしがらみにケジメをつけて、自由になった。

重力を突き破って、宇宙へ行き、そして地球に帰ってくる。

例えだが、それができる。

さぁ、俺はどこに行き、何を見たいのだろう。

誰と知り合い、何を話すのだろう。

条件は整った。

あとは飛び出す勇気だけである。
そして、たくさんのことを見て知って感じてまたここへ帰ってくる。

そんな循環をしていければいいと思う。

そんなことを思う穏やかな日常の午後。




遠き山に日は落ちて

2023-09-10 11:53:57 | 日記
成田悠輔という学者のスピーチ映像をみた。

そこで言ってることになるほどなと思った。

『投げられた石にとって、上がることがいいことでもなければ、下がることが悪いことでもない』

僕らはみんな投げられた石だ。

人生が上向いてるのか、下がっているのかよくわからない状態に人生の大半を費やす。

そんな中を理由もわからず生きていく。

だから、そんなに自分を追い込むような人生を送る必要はないんじゃないかと思った。

上がる時は上がり、下がる時は下がろう。

人生の波を自然に受け入れて生きよう。

これから先、僕にも没落する日がくるかも知れない。

でも、ニコニコと没落していこう。