慈恩の日々

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「ジュリア=キャメロンあなたも作家になろう」・より

2011-12-14 01:24:22 | モーニングノート・書く人生
(ジュリア=キャメロン/あなたも作家になろう・より)

「僕は書くことが大好きで作家になりたいんだけれど、才能があるか不安なんだ」

「才能なんて気にするんじゃないわ、ただ書くのよ。演出家のマーティン・リットは『僕は才能なんて気にしない。ただ仕上がりが気になるだけだ』といっているわ」

他の職業では尋ねられもしない質問が作家については持ち上がることを、私は興味深く思う。

例えば、「証券マン・小学校教師・化学者として成功する見込みはあるか」という質問は存在しない。

ほとんどの職業の場合、その職業に対する興味があるなら適正があり、成功のチャンスも高くなると考えられているが、作家は別と思われている。

しかし、実際は、作家として生計を立てたいと願い書こうとしているなら、成功の見込みは高くなる。これは単純で哲学的な法則だ。

ゲーテは「できると思うことは何でも始めよう。行動には魔法のような祝福と力が備わっている」と言った。私は、若い作家にゲーテの言葉を教えた。

─(略)─

「ああ、つまり、作家になるにはとにかく書けって言うんだね」

「それが私の方程式よ。書き始めた瞬間、作家として成功する確率は百パーセントに跳ね上がるの。だってあなたはすでに作家なんだから。書いているんですもの」

「でも、出版されるかどうかわからないじゃないか」

「書き続けるなら、いつか出版されるわ。でも、出版されることばかり気にするなら、あなたは書かないかもしれないわね」

「だって、もし永遠に書き続けて、それでも出版されなかったら?」

「そんなことは今までないわ。少なくとも、一作書くたびに出版の可能性は高まるわ」

若い作家はうんざりしていた。彼は、なにはともあれ、ただ書かなくてはならないことがわかったのだ。

「原稿を人目にさらすのが恐いんだ」

「みんな恐いのよ。コツは書き続けること、そして読んでもらうことね。書くのをやめないこと、反響を期待しないこと、書く勢いを落とさないことよ」

「勢い」という言葉が、宙に浮いた。彼が書く勢いをつけるため、外側の合図をほしがっている気持ちはよくわかった。

彼は信じていなかったが、私はそのときがくることを確信していた。

彼が真剣に取り組むことこそが、その引き金になるのだ。ここ三十年、真剣に取り組んだことがきっかけでチャンスが向こうからやってくるのを私は自分から体験したし、他でも見てきた。

成功するはずがないと言われていた遠征に出かけた登山家ウィリアム・ハチソン・マレーは、努力に関してこんな名言を残している

「独創性や、創造性に関しては、基本的な真実がひとつある。すなわち、無数のアイデアやすばらしい計画をころしているのは、無知なのだ。人間が真剣に取り組む瞬間、神の摂理も動き出す」

魂の文章術より

2011-12-09 00:11:43 | モーニングノート・書く人生
「自分の愛するものを信頼しなさい。

そして信頼しつづけること。

そうしたら、それはちゃんとあなたを導いてくれる。」

それに、安全かどうかということもあまり心配する必要はない。

自分がしたいことをやりはじめるならやがて本当の安全にたどり着くのだから。

実際、たくさんのお給料をもらったってそのうちのどれほどが安全だというのだろう?

「魂の文章術──書くことから始めよう」ナタリー・ゴールドバーグ

神は芸術を好む

2011-11-19 01:04:23 | モーニングノート・書く人生
※「ずっとやりたかったことをやりなさい・ジュリアキャメロン:著」より



神は芸術を好む

それは両親が無視していること

神は芸術を好む

だから私は作品を創る

それこそ

神が私にしてもらいたがってることだから



「新しい美の誕生は おそらくこのような交換の根底に働く〈幻想人〉の〈夢想〉から生まれてきた

原人の直立衝動から 現時点のあらゆる文化の創造的衝動の根底に持続するものが このような意味での〈幻想〉であるとすると

それはもはや歴史上のリアリズム文学などを超えた〈共時的〉なものとなる」



ストレスの発散としての作品

2011-10-15 18:15:17 | モーニングノート・書く人生
いわゆるストレスというものにも自分を圧縮させるものと原動力になるものがあって

それは捉え方次第でポジティブにもネガティブにもなる

ノートに描いているとそのような自分にも気づきますが固まっていたそれらのエネルギーが溶けて流れ出す感じです

書いていると選択肢が見えて自分が被害者でないと実感できる

ただネガティブなことばかり書いてると引き寄せの法則でそれらに焦点が合わさってしまうので基本的に前向きな物事に転換して書くのがポイントみたいです

そういうことを考えると今メディアの表現媒体でも作家や作者のネガティブなストレスから吐き出した作品というのがわかってきて

それらの刺激の強い否定的なものに何故か人間は反応してしまうところがあって、それを評論家や受け手が新しい表現だといって評価してしまうところがあるみたいです

そういったネガティブなものが読者アンケートで支持を得られ、否定的な側面が送り手も受け手も強化されていくとやがては社会そのものにも及んでしまうので、作家の人生にも読み手の人生の今後にも否定的な影響を及ぼすと思うと考えようによっては人気投票も怖いところがある
(刺激の強い暴力的なものが一定の支持を得られてしまうのも人間種のマゾヒズムに由来している)

それは体に悪いジャンクフードの店舗が世界全土に進出しているのに似ていて、それらに限って中毒的なところがあり注意深くありたい

そういったものを見分ける基準としてそれらと相対したときに自分がどう感じるか、安心するか、に注目すればいいのだけれど自分の中に完璧な平和という基準を養えているかどうか、ですよね



――緩慢な死の原因の大半は、楽しいことか、楽しいことの結果だ。そして楽しいことの大半は、身体を満足させることだ。それはあなたがたの社会が原始的だというしるしだよ。「あなたがたの生命は、だいたい身体的な楽しみを求め、経験することを中心に成り立っている。」
「神との対話③」

モーニングノート

2011-10-05 13:45:56 | モーニングノート・書く人生
宇宙は外に出掛けていってリンゴの樹を揺さぶると、何故かオレンジを落としてくれる

とある本に書いてあったそんなことを思い出しました

確かジュリアキャメロンの「ずっとやりたかったことをやりなさい」にあったと思うのですがシンクロニシティの妙とタイミングの完璧さについて述べてたんだと思います

この3日は結構自分的に濃かったというか歩きづめでヘトヘトだったんですが何だかこうやって書いてるとその疲れも忘れるかのようです

いい感じに疲れたので冬眠するかのようにぐうぐうねたり。自分は定期的にひきこもる癖があるのですがその時期を越えると認識が何やら変わっている

ここ最近はパンク修理をはじめ自転車修理とかやってたんですがいじりまわしてるうちに、何だか自分的に機械いじりとか好きらしいのもわかりました

結局町の自転車屋さんで修理してもらったんですけどね(実にいい感じの頑固親父に対応してもらう。そこにドラマがあった)

ネットで情報収集してると色んなノウハウや難しい専門用語が溢れてるけれど親父の手慣れたタイヤ交換を見てるうちに何だか自分でも出来そうでやはり実践に勝るものなし、です

愛用の自転車もサドルとか劣化したしススも錆びもつってやらないとな…とそんなこと思います。ええ

タイヤも劣化して磨り減るものだけど交換するのも微妙に楽しく、チューブも見てみるといい感じにひび割れていていつパンクしてもおかしくない状態だった

パンクしてからホームセンターに行くのも面倒なので(自動車は乗らないエコ自転車派)予備タイヤもあるとこころづよいですね

いい機会だから自転車用品も色々見てみたりして。15㎜レンチなんて持ってなかったけれど、修理親父の使い込まれたレンチを見てる内に何やらムラムラした何かが自分の中で目覚めるのだった。一本あると便利だろう

といった感じに文章かいてますが冒頭で述べましたジュリアキャメロンの本。その中でモーニングページというのがあるのですが(記述によってはモーニングノートだったりどっちだ)手書きで3ページ内容を取捨選別せず書き進めるといったものです

自分もつづけていて100冊は特に誰にも見せるあてもなく書きましたがその影響は物を考える面や書く面であったのかもしれない。自分でも気づかない内に水面下で形づくられる結晶のように

多分クリエイターの人がものをつくれなくなる要因に考えすぎることや良いものをつくろうとコントロールしすぎるところにあるのだろうけれどモーニングノートはその効果を弱めるのだと思います

世間の反応を気にせず自由に書ける空間。それがあるだけでも心理的に違ってくるようです